第10話 湯上がりのフルーツ牛乳
土曜日の夕方、家風呂が壊れた。タッチパネルにいくら触れても点火しないし、音声もしない。
修理の電話をかけると明日まで来られないと言うので、今夜は久々に銭湯に行くことになった。
この街に銭湯なんかあるのかと思ってたら、泰造が駅の反対側のはずれにあるというので、一緒に行くことにした。
泰造はすごいノリノリで、夏だし浴衣で行こうと言い出し、私も今年初めてアサガオの柄の浴衣を着て行くことにした。
泰造は気分が出るからと、家にあった洗面器に石鹸やらコンディショニングやらを入れて、見えないように上にタオルを乗せて持って行くことにした。
浴衣で洗面器を持って歩いてる親子は今どき珍しいのだろう。道行く人から、すげえじろじろ見られた。
「なんかコスプレみたいで恥ずかしいんだけど」
「でもなあ、銭湯は洗面器にシャンプーと石鹸とタオルを入れて持ち歩くのが基本だ。
で、小さな石鹸がカタカタ鳴ると、歌の『神田川』の世界だ。24色のクレパス買って、いつもちっとも似てないの、だ。絵心ないんかって、話だ」
「全然、意味ふ」
「まあ銭湯にも黄色くて底にケロリンと書かれた湯桶があるけどな」
「ならそれ使えばいいじゃん!」
「まあ、いいじゃないか。この方が風情があって。あ、銭湯の料金は今は490円だったかな」
「意外と高いんだね」
「俺の子供の頃は大人が120円で、中人と呼ばれる12歳未満が60円だった印象が強いな。でも実際には年々小刻みに値上げしてたんだが。
あと昔は女の人は髪を洗う時に、髪洗いって料金を別に払ってたんだ。10円かそこらだと思ったけど、
長い髪を洗うとそれだけお湯を使うってことなのかな。男湯は取られなかったけど」
「へー」
「あと湯上がりにパーマ屋さんでパーマかける時にかぶるような機械と椅子があって、母ちゃんがよくそこに座って頭を入れてたな。ドライヤーらしいんだけど」
「なんかすごいね、昔の銭湯って」
「あ、そうだ。会社の若い奴に、俺が子供の頃は銭湯が三円五十銭だって冗談で言ったら、すんなり信じられてしまった。そんなに年寄じゃないぞ」
「ははは」
「それで湯上がりには、腰に手を当ててフルーツ牛乳を飲む! 最高だ!」
「いいかもね」
そんな話をしてるうちに、銭湯のいい感じに鄙びた建物が見えてきた。
「神田川だと、一緒に出ようと言ってもいつも女の方が待たされるんだが、たぶん俺の方が早く出るな」
「私、長風呂だからね」
「女ってなんで長風呂なんだ?」
「わかんないよ、いろんなところを一生懸命洗うからじゃないの?」
「いろんなとこを一生懸命って、なんかエロいな」
「オヤジぶっ飛ばすよ!」
「じゃあ俺が先に出たら、ベンチに座ってフルーツ牛乳飲みながら待ってるからな」
「だから湯冷めするから先に帰ってろって!」
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