遮られた世界
スマホを手にアプリ上の地図を確認すると、これ以上の分岐点はなく、どうやらしばらく道なりに進むだけで良さそうだ。
ある意味迷う余地もないのだから安心だ。
スマホを片手に歩きはじめてしばらくは
観光地の名残でちょっとした商店が続いたが、次第に道には建物と人の気配がなくなり、少し前まではおそらく人が住んでいたであろう家や、荒廃した建物などが続いた。
それはまるでホモサピエンスが、アウストラロピテクスであった事を示す、人類の進化を辿る生体図を見ているように思えた。
その土地の、時の
、真夏の日差しをさえも遮る物は何もなかった。それにも関わらず、土の道は灼熱の太陽を反射せずに、草々は風のざわめきで熱を受け流して、汗の噴き出した顔には夏の香りを纏わせた大地の風が吹きつけた。そのおかげで茹だるような灼熱の暑さを感じる事はなかった。
その辺りまで来るとすっかり人の気配が無くなり、その自然の中を何匹かのトンボや、小さな虫たちが自由に飛び交っていた。
木が無いせいか、蝉の鳴き声ははるか遠くの方から聞こえる気がするだけで、時々顔のにくる羽虫を手で払いながら、それでも不思議と不快を感じる事はなかった。
もうあの分岐点から20〜30分歩いただろうか。今まで真っ直ぐに伸びていただけの道が突如視界から消えた。消えたというよりは、実際は左手に大きな曲線を描いた急勾配な坂道になっていて、まるで道が途切れたようにみ見えたのだ。そこをゆっくりと曲がると眼下に突然村が現れた。
『月の都』である。
どうやら辿り着いたようだと安堵して、スマホの位置情報を確認したが……。
「あれ?」
どうやら圏外のようでその機能は全て意味をなさなかった。良く考えてみれば、今来た道々に電柱らしきものは一つも無かった。(今は地中に電線が埋まっている時代だが流石にそれもなさそうだ。)何と無く不安になりながらも村の方へ下り坂を降りて向かった。
その美しくも異様な景色に目を奪われながら、時々立ち止まり唯一スマホの機能としては使えるカメラで写真におさめる。
まるで何年も昔にタイムスリップした様な風景。田畑を囲む様に立っている建築物は、
そのほとんどが茅葺き屋根でできていた。
当たり前だが村には何人かの人がまばらに歩いている。服装は現代的……というか小田舎のイメージで、小洒落たおばあさんもいれば、畑仕事帰りのモンペに前掛けをしたおばさんもいる。村の中央付近に流れる川には(あのバスの道沿いの川の上流なのだろうか?)大きな麦わら帽子をかぶったおじさんは川辺で釣竿を垂らしていた。
目に映る景色は現代とはおおよそかけ離れていた。まるで異世界に迷い込んだみたいだ。
その事で夜聡は少なからずあたまの整理がつかずに混乱していた。情報の無い(少ない)場所に行きたつというのはそういう事なのかもしれない。
村の中心部に門壁で囲まれた武家屋敷の様な建造物があって、その門前には『月の都役場』と看板が掲げられていて、どうやらそこは村役場の様だ。
役場は閉鎖的ではなく門は解放されていて、
何人かが行き来していた。中の建物に入ると、そこは意外と機能的にレイアウトされていて、役場の人間らしき人はスラックスに半袖カッターシャツ ノータイ、女性達もいわゆる役場勤めのコギレイな洋装で職務にあたっている様子だった。一人の女性職員が近寄ってきて「こんにちわ。観光ですか?」と尋ねてきたので、「はい。」と短くて返事をすると、「何もないところですが、良かったらこれどうぞ。」と村の観光マップのような物を手渡してくれた。
夜聡はお礼を言って頭を下げて、建物の端の方にあるベンチシートに腰をかけた。
観光マップの地図を見ながら少しずつ現状を受け入れつつあった。
よくよく考えれば、雰囲気こそ現代的ではないが、田舎の小さな村である事には変わりなかった。自分の気持ちが落ち着くと、ある一つの事実に気がついた。
「お腹空いたな……。」
考えてみればバスを降りてから歩き詰だ。
ペットボトルのお茶を一気に半分ほど飲み干して、観光マップにもう一度目をやった。
やはりここは村の中心部の様だ。地図は観光マップというよりは、月の都の相関図といった感じで、どこに何が売っているか、店の場所を示していたり、生活に必要な情報か記載されている、なんというか……
その地図の村の最奥には『月見森』と書かれた森がありその森の中に『
それを見て本来の目的を思い出す。
しかしどう見ても、この村全体がカルト的な信仰宗教の集団が作り出した謎のコミニティーの様には感じられなかった。少し時代遅れの一昔前の村といった印象だった。
夜聡は一息ついた後とりあえずそこを目指す事にした。
時刻は13時を回っていた。
さすがに朝からパンとコーヒーだけでは(お茶は飲んでいる)体力の消耗を補えなかった。地図を見るとコンビニエンスやスーパーはどうやらないらしい。惣菜を扱っているお店があるのをみつけて、『月見森』を目指しつつその惣菜店に向かう事にする。相変わらず村には日差しを遮る大きな木々は見当たらず、日陰を求めるにはやはり月見森を目指すしかなさそうだった。
それでも夏独特の石の焼ける様な灼熱感は感じられるず、爽やかでそして清々しい暑さを体感していた。
惣菜店といっても本業は豆腐屋らしく、店先では水に浸かった木綿豆腐と絹漉豆腐、
それに油揚げ、厚揚げ、また特殊な形態のそれらをメインに売っていた。その横のサイドテーブルに、豆腐を使ったいくつかの
「まいど。あらら、外の人かね珍しい。うちの商品は地産地消でね、と言ってもね、ほとんどがお客さんは村の人でね、代わり代わりに来てくれるんやわ。売る側も買う方も地産地消なんやわ(笑)」
と見るからに人の良さそうな40〜50才のおばちゃんが終始笑顔で接客してくれた。
夜聡はおばちゃんに進められるままに、畑のお肉と手書きで書かれた、豆でできた唐揚げにポテトが添えられたプレートと手作りの梅干しの入ったおにぎりをその店で買った。
それから空になったペットボトルを見つけると、おばちゃんは家の麦茶をサービスで入れてくれた。
夜聡はどのように愛想笑いして良いかわからず、無愛想にけれどもそれなりに丁寧にお礼をを言って店を後にするとその足で月見森へと向かった。
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