ideaと白八咫鴉

「君は白い大きな怪鳥を見た事があるかい?」


「白い大きな怪鳥……。」


「そう。犬鷲や鷹の様に大きくて、けれども体も翼も真っ白いんだ。それでいてそいつは足が三本ある。」


「え?足が三本……。」


「そうなんだ。そしてそいつはどちらかと言えば見た目は、からすの様なんだ。」


「足が三本あるからす。それなのに体は白い。」


葉月は朱色のメガネのフレームを触りながら、顎の辺りを指で撫でてまるで名探偵が推理をするように難しい顔をして夜聡の話を聞いていた。



「そうなんだ。先程……君と『moon river』を連弾する前に、僕は君の音に触発されてピアノを弾きはじめた。その時僕は初めて君のいない幻夜に辿り着いたんだ。そこで白い怪鳥そいつが言ったんだ。『お前には足りない』ってね。」



「なるほど……。」


と葉月は少し(といってもほんの何秒かのことだが)頭の回転を十分に巡らせて、自分の考えに相応しい言葉を選んでいるようだった。それから彼女は夜聡に向かって話はじめた。


「そのからすは幻夜に存在するものなのだと思うわ。」



「幻夜に存在するもの?


「そう。幻夜ていうのはつまりはあなたの創り出したimaginationの具象化、」



「イマジネーションの具象化……。」



夜聡はそう言葉にしてみないと、その言葉の持つ意味がイメージ出来なかった。




「そうよ。imaginationは言ってみれば想像力の事。でもやはり私の中ではimaginationという言葉にした方が具体的で表現が的確だと思うの。つまりその具象化、要するに形にした物って事ね。

そもそもそのimaginationの具象化こそが幻夜の原理であって、私やあなたの資質、能力っていうやつね。」


「イマジネーションの具象化が?」


「そう。けれどもあなたは今までは、私の想像の世界、つまり私の創り出した幻夜に同調していた。だから私の音の持つ世界を共感する事ができた。けれどもあなたはその時、私のいない幻夜の中で私の知らない何か(白い怪鳥)と出会った。」



夜聡は幻夜とイマジネーションの具象化について少し考えてみた。それから今までの『葉月の創った幻夜』と先程の『自分の創り出した幻夜』について思い返してみた。



「つまり僕はあの時初めて、イマジネーションの具象化をして自分の独自の幻夜を創り出した。」



「おそらく」


「そしてその白い怪鳥は僕が創り出した?という事だろうか?」



「創り出したというよりは、あなたの創り出した世界にというイメージかしら。」



「そして君はその僕の創り出した幻夜には居なかった。」


「正確に近寄れなかったのよ。」


「近寄れなかった?」


「この世には目に見える物と目に見えない物があるの。」



「目に見える物と目に見えない物。」


「雨夜の月の様にね。」


「雨夜の月……。」


「そう。さっき二人で創り出した『moon river』の世界。あなたと歩いたセーヌ?の川縁かわべりには、最初は月が見えたのに、雨が降りはじめて、いつの間にか月は見えなくなっていた。けれども月は消えたわけじゃない。そのどんよりと夜の闇を包み込んだ雨雲の中にしっかりと存在しているの。それが雨夜の月。つまり目に見える事が全てではない様ね。」



雨夜の月……。

目に見える事が全てではない。

あの幻夜で夜聡は葉月を探した。


「つまりあの時のあなたの演奏には近寄り難い空気感があった。それは決して目には見えないけれど、今創り出されているその何かには

近づくべきではないと感じたのよ。」



「僕の創り出した幻夜に存在した『白い怪鳥』とは一体なんなんだろうか?」


「わからない。わからないけれど少し心当たりがあるわ。」



「心当たり?」



八咫鴉やたがらす……。」


「やたがらす……?なんだいそれは?」



「私はその大きな白い鴉にあって、他の生き物鳥類にはあり得ない特徴は、足が三本あるというところよね。」


「たしかに足が三本は生物的にあり得ない。」


「そうよ。だって全ての生命において足が3本ある生き物なんであなたは常識の範囲内で知ってる?」


「いや。」


「少し哲学的というか宗教じみた話だけど興味ある?」


「断然興味が湧いてきたね。」


なんだか複雑な出来事に巻き込まれてきたようだ。それにも関わらずピアノに触れはじめてから、というか葉月に関わり始めてから、燻っていた好奇心と探究心にゆっくりと火が灯るのを感じていた。想像の世界が広がれば広がるほどに、想像力の無い大人たちが哀れで、鬱陶しくて、口渇で退屈な毎日を送っていた。やりたい事が特にあるわけでもなく、毎日同じ事を繰り返しながら、過ぎていく時間を惜しんだところで、時間は毎日は僕の心を待たずして前に進み続けるのだ。



「良かったわ。」

と葉月は安心した表情を浮かべたかと思うと、今度は真剣な眼差しで夜聡に話しはじめた。


「私はあの時あなたの持つ世界観を知りたくてあなたを誘うように『サンバテンペラート』を弾きはじめたわ。小さくそして繊細な音をだしてあなたのimaginationを引き出したかった。」


そういえばあの時は僕がはじめたわけじゃなかった。彼女の弾きその音にシンパシーみたな物を感じて、僕は最初は瞑想につとめたはずだ。



「そしてあなたは私の思惑通りその音に反応してテンポよくサンバを弾きはじめたわ。けれどもそのうち私の方があなたの音に飲まれていった……。あの時のあなたは何かに憑かれた様に攻撃的で激しいステップを踊る闘剣士の様だった。その何故か近寄り難い空気を感じたわ。だから私はピアノから手を離した。そしてあなたの音に聴き入ったわ。」


夜聡は黒い布切れを体に巻いて帯刀している自分の姿を思い浮かべた。


「あなたの創り出した幻夜に現れたその白い八咫鴉は、あなたのsubconscious mind(サブコンセクションマインド)つまり潜在意識の中の想像の具象化にすぎない。つまりその白八咫鴉そのものがあなたのidea(イデア)……つまり考えなのかもしれない。」



「イデア……ね。」


夜聡は今話している内容を一つずつ頭の中で整理してみた。つまり彼女が誘い出した繊細な音に僕は反応して、自分のimaginationを具象化した。それが幻夜。そこに現れた白い怪鳥は僕がsubconscious mind(サブコンセクションマインド)《潜在意識》で作り出した、僕のidea(イデア)《考え》であるという事だ。


「それから私の知っている八咫鴉は白くはない。あなたも知っているからすと同じように黒い。そしてそれは……。」


「それは?」


「神道の……というか『古事記』って知っているわよね?」


「まー名前くらいはね。日本の昔の古文書?みたいなやつだね。歴史?いや国語だったかな?授業で習ったからね。」


「八咫鴉はその古事記に出てくる伝説の怪鳥。そしてそれは私の父が神主を務める、『月神社』の守護獣で「八咫鏡」という鏡の守り主。」


『鏡……。」


夜聡は鏡に映し出された黒装束の自分を思い浮かべた。


「宗教の無いところに文化は生まれないと、かの物理学者は言ったわ。」



「かの物理学者?」



「アインシュタインよ。まー本当は宗教の無いところに科学は存在しない……だったかしら。でも似たような物ね。」



「あなたがどんな神様を信じるか知らないけれど、きっとこれは何かに導かれているように思えるわ。」



確かに偶然にしては出来すぎた話だ。


「けれども『月神社』の八咫鴉は黒いんだよね?」


「えー漆黒の如くね……。けれども神獣は、神の使い……同じ特徴を持っていてただ色が違うだけなら、私は何故あなたの幻夜に現れた八咫鴉が白いのか私は知りたいわ。」



「わたしもその八咫烏に会いたいわ。」



「けれどもどうすれば会えるかわからないよ。」



「そうね……今度うちに来ない?」


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