幻夜で奏でる月のワルツ


On nights when the moon is blue like this

Strange things may happen

Somewhere in a deep forest

I'm wandering about


A hare wearing a tuxedo has come

"Some wine for you", leading me to a table

Underneath the umbrella of a pure red mushroom


水面みなもに映る蒼い月を見ていると、その美しい月の、空と闇の愛塗れた色がこれから起きる不思議な事の予兆の様に思えた。

夜聡は道化師たちの奇怪な動きに導かれる様に深い森の中へ足を運んだ。

道化師たちは歌い舞い踊り、その仮面のふちから長い耳をあらわにして、すっかりと二足歩行のうさぎである事をあきらかにした。


一番前をいくうさぎは横笛を持ち奇妙な動きで森へ向かう。その後ろからシャープでコミカルな動きをしながら、小さな小太鼓や、縦長の金管楽器、長い縦笛なんかも持っている道化師(二足歩行のうさぎ)が、各々の想いを音にしながら列をなしてマーチングバンドさながらの編成で行進している。

それはやはりただ賑やかに騒ぎ立てているのではなく、静かにみやびやかにあでやかに、静寂と共存している不思議な空気感をかもし出していたのだ。その時々にピタリと止まり、

怪しく色めかしく呪文の様に口づさむ。



貴方は何処にいるの?

黄昏時の微睡まどろみ

私は迷い続ける時の迷宮ラビリンス

考える事を忘れてしまったから、

帰り道が解らない。

ずっと貴方を待っているのに

眠れぬこの魂は貴方を捜し森の中

「月の都」の姫さまが手を差し伸べて

ワルツに誘う……



ブンチャチャ・ブンチャチャとワルツのリズムは心地よく夜聡の心に響き足取りもリズムに合わせて動きだす。


「けれどもいったいここは何処だっただろうか?」


そう思った時、自分がすっかりと森の深みにはまりこみ、辺りが真っ暗である事にはじめて気がつく。薄暗いところから歩いて来た上に、うさぎ達に気を取られて全く気が付かなかった。深く暗い森の中がなぜ少し明るいのか?それに気がついたのはそれからしばらくしてからだった。木々の隙間から優しい光が漏れている。


月の木漏れ日だ。


「どうやら僕は月に導かれているようだ。」


そんな事を口にしてみる。そもそも……

もう今の現状が現実離れしていて、

まるで御伽の国に迷い込んだ事にすら、

夜聡は気がついていなかった。

……というよりはこの世界に飲み込まれてしまったのだと後になってそう感じた。


しばらく森を歩くと目の前に大きな木造り建物が見えて来た。

その建物はどこかで見たことのある様な建物だと夜聡は感じていた。神々しく有り難みを帯びていて、宮大工の手がけた和造り調の

……そう、まるで神社のやしろのようだった。


丸く大きな月は一段と地上に近づいている様に感じた。そして先頭の横笛うさぎがこちらへ来いと手招きしているようだったので、夜聡は足のリズムをやめて静かに社へと向かった。


「ずっと待っていたわ。」


と社の前に立っている女は言った。




夜聡はハッとする。

それが誰なのか一目でわかったからだ。

女は白い足首まで丈のあるふんわりとした民族衣装のようなおもむきのある生成きなり色のワンピースを着ていて、首から下げているいくつかの色の石を合わせた首飾りが月の光を集めているように思えてとても印象的だった。


葉月はるな……?!」


「あなたならこの世界に辿り着ける気がしていたわ。」


彼女は穏やか表情でそう言った。


「この世界?」


「ここは非なる場所であって、は『幻夜まぼろよ』とよぶわ。幻夜は世界にあって世界に在らず……いわば私たちにとっての聖地なの。」


「ちょっと言ってる事がわからないよ。」


「それはそうね。気にしなくていいわ。

当たり前の事よ……。けれども私はぜひ願いたいわ。今から私が伝えたい事をあなたが受け止めてくれるのとね。」


「君の伝えたい事?」


そう夜聡が聞き返すと、葉月はコクリとうなずいて、下がっていた目尻をスーと引き戻して半開きの小さな唇をきゅっとひきしめてから静かなトーンで話を始めた。


「私たちが住む世界は現世げんせと呼ぶわよね。現世の夜は現夜あらわよと位置付けられるの。それでね今あなたが存在している幻夜まぼろよというのはね、人間の想像力が作りだす心の中の世界。

だからみんなが同じ幻夜まぼろよに辿り着くわけではない。その心を共感し得る者、理解したい者達、それからその逆説を唱える者もしかりなんだけど……つまりは想像力が近い者たちだけが同じ世界を共有できるわけ。」


「想像力。」


「そうよ。けれども近年の人々は想像力が衰退している……て10代の私が言ってもね、重みがないかもしれないけれどね……。けれどもね、この問題はね、人間という存在にはとても重要な事だと思うの。」


夜聡は黙ってコクリと頷いた。


「想像力ていう物は、新しい未来を作り得る物だとは考えるわ。けれども人々は想像力が著しく乏しくなっていってしまっているの……夜聡はそう思った事はないかしら?」


夜聡は少し考えてみた。

けれども明確に答えなんて出なかった。

それに先程から葉月が言っているがいったい誰なのか?

それが気になってしかたがなかった。


「うーん…正直言って『はいそうですね』とは言い難い質問だね。それでさっきから君はと言っているけれど私たちってのはいったい何?」



「そうね……まずはその事を話さないといけないかしらね。」


そういうと葉月はくるりと背を向けて考え始めた。しばらく間をおくと彼女は夜聡に背を向けたまま話はじめた。


というのはね、その想像力の共有できる人達のコミュニティ……というか集まりの事よ。私たちは『月のつきのみやこ』という組織で活動しているわ。まー組織といっても、『村』みたいなもので、言ってみれば一自治体みたいなものかしら。」


「月の都……ね。」


「安心して宗教とかじゃないから。」


「安心してと言われてもね……。」


「まーとにかく夜聡、あなたは『月の都』と関係なく私たちの幻夜にたどり着けた貴重な存在なのよ。」


と今度はくるりと夜聡の方に向き直して、

柔らかな笑顔でそう言った。


「けれども葉月、想像力を共有できたからといって、いったいその「月の都」とやらは何をするというのだい?」



「想像力を喰らう者を排除する。」


「想像力を喰らう者?」 


「そう。例えば素敵な音楽が流れている時に、その音楽が言わんとする事を動画で表現していたら、私たちはその音楽から想像する事を忘れてしまう。例えば大好きな作家さんの本に誰かが映像をつけたら、その作品への想像力は失われてしまうじゃない?小説が映画化されたのに見てみたら、思っていたのと違う。とそう思った事はない?つまり音楽も小説も芸術作品には答えなんて物はなくてね、あなたがそれを見て何を想像するか?が大事なんだと思うの。」


「意味はわかるけど、それを排除するって具体的にはそれに想像力を喰らうって……。」



「うん。口で説明できるのはここまでね。」



そういうと葉月は夜聡に向かって手を差し伸べた。それと同時にどこからかこの森に入った時の音楽が聞こえてくる。夜聡の手を取りながら葉月は足でリズムをとっている。


ブンチャチャブンチャチャ。


夜聡もそれに合わせて足でリズムをとる。

なんだか理解し難い事など、どうでも良くなってきてそして二人踊り出す。

幻夜で奏でる月のワルツを。

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