聞き心地の良い気怠さ


「サンバテンペラート?」



「そうよ。ジャズピアニストの大野雄二さんは知ってるかしら?」


葉月はるなは音楽室の窓際に立ってそう言った。窓の外には夏の大会を終えた新生野球部員たちが、掛け声をかけながら揃って規則的にグラウンドを周遊していた。

青い空にはまだ夏の暑さが残っており、

三階の窓からは暖かいを通り越して少し汗ばむほど風が入ってきていた。

「大野雄二……たしかルパン三世の……」


「そうよ。そのルパン三世の映画カリオストロの城の挿入歌なの。」


そう言いながら葉月はるなは美しい朱華はねず色のカバーのついたスマホを取り出した。それから左手を右手の肘に当てながら小さな動作でスマートに画面を触ると、

selfilos(セフィロス)のアプリのマークに触れて、そこから大野雄二バンドの「サンバテンペラート」の動画を流して夜聡よざとに手渡した。



軽快なサンバのパーカッションリズムから始まる。こういう編成をどういうのはよくわからないが、管弦楽団というよりは、吹奏楽?それともスカパラダイスみたいなバンド形態?という印象をうける。大野雄二氏はセンターでキーボード?を弾きながら表情まですっかりその音楽の世界に入り込んでいるのはあきらかだった。そして誰もが真剣に……というよりは音楽を楽しんでいて、曲の後半で流れる各セッションのソロの奏者たちの引き込まれるような演奏は夜聡を魅了した。

いやところで……、


つい物事の本質を追求してしまう。男性的?というかをしてしまう癖がでてしまう。


サンバはわかる。

ではサンバって何?と言われたらどう言って良いかわからないけれど、まー何と無くブラジルの民族曲とか、リオのカーニバルとか、そんなテンポの音楽のやつだ。

じゃーテンペラードっていったいなんなんだろうか?



『テンペラード』

ポルトガル語で「味付けしたもの」

という意味。


なるほど、つまり調的な意味合いを持つのかもしれない。


『サンバテンペラード』は「カリオストロの城」の挿入曲で、『ルパン三世のテーマ』の作曲者である大野雄二氏による作曲。


一通り見終わると夜聡よざと葉月はるなにスマホを黙って返した。

葉月はるなはそれを黙って受け取ると、

彼女はまたそそくさとスマホを触り始めた。


心地良いテンポ爽快感のある曲調の中になんだろう表現しづらいなんというか、寂しさ?哀愁漂う感覚……。嫌いじゃない。

それに悪くない。悪くないけど……

いやしかし……これはピアノ演奏ではない。

ましてや連弾ではない。

いったい葉月はるなは僕に何を求めているのだろうか……?なんて考えていたら


「次はこれを見てみて。」


葉月はるなはさらにスマホを素早く触ると彼女はまたselfilos(セフィロス)から別の動画を選び夜聡よざとへ手渡した。


「私はこの画像を見て『黒と白のサンバ・テンペラード』とイメージで勝手そう名付けたわ。私はね……夜聡よざとと、この世界観を創造したい。」


黒い服の男の演奏から始まる。

それは先程の音楽編成とはまるで違う、ピアノの特徴と弦楽器独自のというよりは、

ピアノソロでしかだせない、複雑でかつ繊細な音のチョイスが響き渡る。

それは軽快というよりも、アップテンポに少し哀愁が漂うようなという印象で、カーニバルで踊り出す様な陽気な曲調には感じられなかった。


『聞き心地の良い気怠さ』


それは昼ごはんの後の午後の一時のよう。

それは太陽の光に晒された後の夕立のよう。

それは1日の全てを闇で流し込んだ夜更けに見た、薄ら雲にぼやかされた朧月のよう。

と夜聡は空想をひろげだ。


『聞き心地の良い気怠さ。』


それは夢現ゆめうつつの暗闇から朱華色はねずいろの朝闇に変わる空の色の様。

それは月の光を失って夜の闇に光を灯す蛍の光の様。

それは1日の始まりが絶望にしか感じらなくなった古き良き昔の香りの様。

と誰かの創造が夜聡よざとの頭を過った。


思わず葉月はるなの方に目を向けると、

彼女はまるで夜聡の心を見透かす様に、

ゆっくりと『それでいいのよ。』と言うように頷いた。


それは何と無く今の僕の心境と重なってかんじたのかもしれない。

新しい物を得るには

何かを捨てなければならない。

何かをやり遂げるには、

何かを犠牲にしなければならない。

その生きる為の矛盾に翻弄されながら、

グズグズと管を巻いている。そんな今の自分のように感じたのかも知れない。



しばらくスマホから流れる動画にじっくりと見いる。ピアノとは本当にアレンジの要素が大きく、クラッシックの奏法、JAZZの奏法を織り交ぜながら、しかも2人の阿吽の呼吸でストーリーは形成されていく。

聴き手もまたその音たちが繰り成す世界のイメージして想像目を瞑り想像に明け暮れるわけだ。しかし……


しかし黒は実に楽しそうにピアノと向き合う。体を左右に上下に振りながら自分の世界観にすっかりと入り込んで相方奏者を巻き込む勢いだ。


少し自己中心的で本来なら好きになれないタイプだ。にも関わらずこの動画は良く出来ている。


やはり前に立ちたいタイプの人間と

合わせるタイプの人間がいないと連弾なんてものは成立しないのかも知れない。


それは人生にも共有するワードかもしれない。


僕は……、

完全に合わせるタイプの人間だ。

でも合わせる側にも自己主張というものが、あって……つまり誰にでも合わせられるわけではない。それに合わせる方にも引っ張る方の好みがあると思うのだ。


けれどもの大抵がそうであると思うのだけど……

いつの間にかと勘違いしてしまうのだ。それは合わせる側には最大の苦痛であって最大の屈辱であっておそらく理解し得ないとすら思うと思うのだ。


後に黒があるピアニストと共演するルパン三世を聞いた事があるが、それはその……言ってみればまるで噛み合っていないというか、シンクロされていない様に思えた。

(あくまで僕の主観ではあるが)


なるほど時々思うのだが、

文章として書き起こして初めて自分の感じ得て人に伝えたい物が見えてくる事がある。


葉月はるな僕はこれを弾いてみたい。」


動画を見終わった時、

夜聡よざとは自然とそう発していたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る