第4話 イマジナリーフレンド

「ねぇミキ。アンタってさぁ、ギリギリの精神状態の私の頭が生み出したイマジナリーフレンドでしょ」


 翌朝、結局昨晩は夜も遅いというのでヨウコの家に泊ったミキに対して、ヨウコは起き抜けにやおら言葉を投げた。


「変な事を聞くね。どうしてそう思うんだい?」


 背中を向けて制服に着替えているミキは振り向く事もしない。

 時間を見ると、そろそろ学校へ行く準備をしなければならない時間。慌てて飛び起き、ヨウコもミキに背を向けてパジャマを脱ぎ、制服に着替え始める。


「突然現れて、私のことを都合よく殺人まで全肯定してくれる優しい友達。そんなの実在するわけないと思ったらそれしか答えなくない?」

「イマジナリーフレンドだと気づける精神状態ならどそんなものを生み出せるわけないと思うんだけどね」

「私がその考えに至ったのは昨日お父さんを殺してから。抱えていたストレスがなくなって、正常な精神状態に近づいた事でそう言う発想が出てきたってことよ」

「へぇ、興味深いね。となると私はまともになったヨウコのおつむのせいでもうすぐ消えてしまうってことかな?」

「そう言う事よ。それに私、ミキの顔とか、髪型とかそう言ったものが一切印象に残ってないのよ。昨日一晩あれだけのことがあったのに、ミキの髪がロングだったかショートだったか、どんな顔だったかすら定かじゃないの。それこそ私の頭が生み出したあやふやな存在だったって証拠じゃない?」

「……それは……ミキが私のことを見てくれていないからだよ」

「は?」

「まあどうでもいいさ。昨夜も言ったけどヨウコの人生の主導権はヨウコが握るんだ。だからヨウコが私の事をイマジナリーフレンドだと思うならそれでいい。その程度のことだよ」

「はぁ? また訳の分からないことを……」


 振り向くとミキは居なかった。一抹の寂しさがヨウコの胸を覆った。


「はー、何寂しがってんだか。イマジナリーフレンドなんだから当然でしょ。アイツの言う通り、私の頭がまともに戻ったから消えた。それだけの事じゃん」


 制服に着替え終わったヨウコはリビングに向かう。

 そこには冷凍庫に詰められた母と、父親の刺殺死体。


「こっちはイマジナリーって訳にはいかないよねぇ……しゃーない、学校は諦めるか」


 そう呟くと鞄を下ろし、携帯を取り出すと110番を押して話し始めた。


「あ、警察ですか? 実は父親を殺しちゃって……」


 *


 ――8年後、2031年


「よ、ミキ」

「ごめんヨウコ待った?」


 日の当たるカフェテラス、二人の女性が待ち合わせをしていた。

 畔原ミキと秋篠ヨウコ。八年前、ヨウコは女子高生だったころとは幾分背が伸び、髪はベリーショートに変わっている。


「ヨウコ、シャバの暮らしはどう?」

「いやほんと、天国天国。刑務所の中はマジで飯がねー」

「それ出てきた人皆言うらしいね」

「それくらい不味いの。ほんとたまんないんだからムショの飯って」

「それはそれは。保釈金を払って出した甲斐があるという物だよ」

「ほんとありがとね。あの糞親父借金あったみたいでマンションなりなんなり全部差し押さえ食らってさー。金ないんだよね。流石に親戚には頼れないしさー。ほら、私両家の子供を殺したり遺棄したりしちゃったわけじゃん?」


 屈託なく笑うヨウコ。その冗談に、ミキはヨウコの異常性を再確認した。


「それでさ、頼んでたこと上手くできた?」

「ああ。ヨウコがどうして父親を殺そうと思ったのか、過去に戻って聞いてきて欲しい。だったかな?」

「そうそう! いやー持つべきものはタイムトラベラーの友達だね。何年から来たんだっけ?」

「西暦3058年だよ。まあ今は過去滞在期限を破ってこの時代に居るから違法タイムトラベラーだけどね」

「ははっ。何でもいいよ。とにかく私あの日のことが結構ぼんやりしててさ。なんでお父さん殺そうと思ったんだっけって。そのせいで刑務所まで入ったのに、でも不思議と後悔はしてないんだよね。だから理由が気になってさぁ」

「なかなか大変だったよ。なんせ8年前の制服を着るところからだからね」

「でも家への入り方とか色々全部教えてあげたじゃん! あと少し老けている事をごまかすために押し入れのギターを持ち歩いてそっちに注意を向ける作戦は我ながら傑作だと思ったね!」

「まあ効果があったのかはわからないけどね。とにかく、過去のヨウコはこう言ってたよ」


 *


「うわーヤバいね、イカれてんね、我ながら親殺す理由がそれって」

「私は……ヨウコのそんなとこが昔から大好きだったよ」

「えー、私普段そんなイカれた言動してたっけ?」

「してたさ。言い方は安っぽいけどサイコパス気質だったよ、ヨウコは。でもそれをなんとか一般的な方向に矯正しようとしてた。だからちょっと説教してきたよ、自分で考えて行動しろってね」

「へー、やっぱ当時からの親友は見てるとこが違うなぁ……」


 感嘆の域を漏らすヨウコにミキはそれまでとは少し違う、シリアスさを含んだ声音で話しかけた。


「親友……ヨウコ、君は本当にそう思ってるかい?」

「思ってるって! じゃなきゃこんな事頼まない……」

「違うじゃないか!」

 

 思わずミキは大声を出していた。


「過去の君は私の顔を覚えてすらいなかった。五年後の私と同級生の私の区別もついていなかった。髪の毛の長さすら……覚えていなかった……」


 涙の雫がポタリとカフェテーブルの上に垂れる。縋りつくようにミキは言葉を絞り出した。


「教えてくれ、ヨウコ。私は君にとってなんなんだ?」


「本音で?」


 コクリと頷くミキ。


「都合のいい存在。高校生の時は下手な虚言僻を聞いてやるだけで懐いてクラスで浮いてた私の話し相手になってくれるバカ。今は保釈金払ってくれるし、タイムスリップなんてめんどくさいお願いでもほいほい聞いてくれる便利な元同級生」

「その理由が……解らないひとじゃないだろう?」

「勿論。ミキは私のことが好きで好きで仕方がないんだよね。未来人の癖に元居た時代を捨ててまで執着するほどに私に惚れてるんだよね」

「じゃあなんで……」

「はぁ、私に言わせれば自分が分かって無いのはミキの方だよ」


 そう言ってヨウコはうなだれるミキの顎をクイと持ち上げる。


「もし私がアンタの献身さに心打たれて、これからはきちんとアンタを愛するとしよう。多分三ヶ月保たずにアンタは未来に帰るね。間違いない」

「な……んで……」

「アンタ真面目だもん。まともなものは見飽きてるんでしょ。私を好きなのはイカれてるから。アンタのそのちっさい常識の枠を超えた行動をしてくれるからアンタは私の事が好きなんだよ」


 否定の言葉は、ミキの口からは出なかった。


「だから私はアンタを徹底的にモノ扱いして使い潰してあげる。アンタの愛情に後ろ足で砂をかけてやる。それがアタシの本質だし、アンタに好きでいてもらうために必要な事だと知ってるから。わかった?」

「ふ、ふふ。それじゃヨウコだって私を手放したくない程執着しているみたいじゃないか」

「そりゃそうでしょ、タイムトラベラーなんてこんな便利で面白そうな人間」

「強がらなくていい、私はヨウコの愛を感じたよ」

「あーはいはい。そうやって自尊心保ってなさいな。じゃ、この店の会計よろしく。便利な未来人さん」

「是非もないよ。その代わりこれからもずっと、私に飽きられる事の無い異常者として奇行を存分に楽しませてくれよ? ヨウコ」


 セミロングの髪を揺らし、猫の様な印象を与えるツリ目がちの瞳を屈託なくほころばせてミキは笑った。


 <了>

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彼女の嘘とその中身 助六稲荷 @foxnnc

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