第12話 頭領の誠意

 咲夜の父母自らが案内し、宮殿内の謁見の間に通されると、咲夜やその父母、また守綱などの臣下は、あらかじめ決まっているのであろう所定の場に座り始めた。竜次はどうしたものかと戸惑っていたが、守綱が目配せして手を引いてくれたので、彼の左隣に座ることにした。


 謁見の間は広く、30畳ほどはある。咲夜の父母は一段高い、縁の国の最高権力者の場に鎮座しているのだが、


「上座から失礼する。改めて名と礼を言おう。私は平昌幸、縁の国の頭領だ。娘、咲夜を救って頂き、心より感謝致す」

「平昌幸の妻、桔梗と申します。咲夜を助けて頂きありがとうございます、竜次殿」


 と、心の底からの礼を源竜次に対して、なんのてらいもなく取った。虎と龍が描かれた大屏風を背に座った頭領夫妻の威厳は、堂々とした風さえ感じられるものであったが、それを自ら取り払うように、大切な娘の恩人である竜次に最高の誠意をまた示してくれたのだ。


(これは感服した……まいったな)


 返礼をしながらも、様々な社会経験を積んだ百戦錬磨の彼でさえ、心を打たれずにいられなかった。




 堅苦しい礼式はそこまでで、その後は小さな宴会が催された。宮殿の小広間に、竜次や咲夜たち一行と、平昌幸、桔梗夫妻が移っている。


「料理と酒が来る前に断っておくが、今日は無礼講にしよう。竜次殿、私はあなたのことが知りたい。よく食べ、よく飲み、思いついたことを何でもいい、どんどん喋ってみてくれ。私たちに気を使うことは何もない」


 そう、昌幸からはっきり言われたのだが、この大人物の底知れない度量を、竜次は既にわきまえている。それでも、物怖じするような彼ではない。しかしながら、優しく全体を包み込むように眺める頭領夫妻の目を見ると、宴の最初のうちは、さしもの竜次もややすくんでしまっていた。だが、酒と肴が進むに連れ、いつもの豪放磊落な彼の本質が良く出てくる。


「俺はあんたたちから見たら異なる世界の人間で、そこでは親類縁者がもういない、気楽な独り身だったんだ。そうなんだが、一つだけ自慢できることがあってな。剣道……剣の腕だけは、子供の頃から練磨を続けていて、俺がいた日本でも、そこそこ有名だったんだ」

「そうか、竜次殿は剣の達人だったんだな。それもあって、我が国の宝刀ドウジギリが、あなたに共鳴したのかもしれぬな」


 自ら酌をしながら平昌幸は、竜次が語るどんな話でも、とても興味深く聞いてくれた。そんな縁の国の頭領に、いい酒が回った彼はすっかり心酔している。心を開いて兄と話している。そうした錯覚すら、竜次は覚えた。

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