第9話 真黒き怪異

 地平の向こうに山が見えることもあるが、それは遥かにここから離れている。狭い日本に慣れていた竜次には、この異世界の広さが圧倒的なものであった。


「凄えところだなあ……咲夜、とんでもなく広いのはいいんだけどよ、その連理の都ってとこまで、どのくらい歩くんだ?」

「そうですね、丸一日はかかりませんが、今が昼を回っています。一泊、野に寝るか、どこかで宿を借りて、順調に行けば明日の昼前には着くでしょう」


 何日も歩くのかと思っていたので、竜次は少し安堵したようだ。だが、咲夜が答えてくれた中の一言に、ほんの少しばかり引っかかりを覚えた。


「順調に行けば、ってことは、そうならない場合もあるってことか?」

「いえ、必ず順調に帰れるでしょう。そういう言葉を使ったのは、今のアカツキノタイラでの旅が、安全とは言えないからです」

「? 何か要領を得ないが……いや、そういうことか。分かったぜ」


 咲夜の故郷、連理の都へ帰るため、一行は南につけられた道を歩いているのだが、両脇の低草や低木が鬱蒼としている茂みから、黒くうごめく影が数体現れた! 竜次はそれらを見て、また目を丸くして驚いた。


「また鬼が出てくるのかと思いきや、こいつら影そのものじゃねえか」

「お主が斬ったレッドオーガに比べれば、こやつらは全くどうということはない。そうではあるが、刃が少し通りにくい。竜次殿、そこを心得てかかられよ」


 守綱のアドバイス通り、黒い影たちからそれほどの威圧感は感じられない。しかし、異世界で対峙する初めての敵だ。竜次はぬかること無く宝刀ドウジギリを抜き、正眼に構えると、切っ先を黒い影の1体に向けた。


「オオオオォォォオオ!!」


 肚から湧き出るような素晴らしい気合を発したかと思った刹那、竜次の体は兜割りに両断された黒い影の後ろに移っている! 他の黒い影の1体は、守綱が胴切りに仕留め、残りは小兵団が連携して退治していた。


「守綱さんよ、やるじゃねえか」

「当たり前だ! 真黒き怪異は最も弱い怪物だ! その程度のものに遅れを取る我らではない」

「そうか。じゃあよ、日本で戦ったレッドオーガが特別だったってことなんだな?」


 竜次は何の気なしに聞いたのだが、守綱はなぜかやや返答に困っている。それを見て助け舟を出すように、咲夜が答えた。


「真黒き怪異に比べれば遥かにレッドオーガの方が強いのは確かです。ですが、守綱たちが苦戦したのは、準備不足によるところが大きかったのです。紡ぎ世の黒鏡で作った光の門をくぐる時、あのような鬼が中で待ち伏せしていたのは、全くありえないことでしたから……」


 美しい銀髪の姫は、日本での危地を思い出しているのか、やや不安そうに沈んだ顔である。

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