第6話 唯一のしがらみ

「上出来だ。納得した。行ってやるよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!! でも、当分こちらには帰って来られませんよ?」


 頼んだ手前ではあるが、咲夜はそれを心配している。だが竜次は、少し寂しそうな微笑みを浮かべただけだ。


「いいんだ。俺は、日本にしがらみを持ってない。もう無いんだ」

「あっ……そうだったのですか」


 彼の小さな声による寂しい言葉の真意を、咲夜が悟ったその時、ドウジギリで斬ったレッドオーガの体が、傍で徐々に透明になっていったかと思うと消失し、その跡には、小さく美しい輝きを持つ1つの宝珠が残された。


「竜次さん、これをお持ち下さい。この宝珠は鬼や怪異を斬った後、現れるもので、アカツキノタイラでは高い価値があります。こちらに来て下さった時、お店で売れば、かなりのお金になります」

「路用の金ってことだな。ありがとう。それとだ、日が落ちて遅くなってきたが、幾らしがらみがないと言っても、俺は会社に勤めていて、そこで世話になってきた。分かるよな?」


 銀髪姫は、あどけなく可愛らしいだけでなく、聡い美少女だ。竜次の問いかけに対し、首を縦に振ると、


「よくわかります。お勤め先にちゃんと断らないといけませんよね?」

「いい子だ。そういうことだ。アカツキノタイラへ行くのは間違いないが、数時間だけくれないか? このままバックレるわけにはいかないんでな」




 長い間寝泊まりをし、色んな思い出があるであろう社宅の一室で、今、竜次は急いで荷物をまとめている。彼の直属の上司は、


「今日辞めるだと!? 急すぎるな!? 何があったんだ?」


 と、非常に慌てた様子で、勤務態度が真面目だった竜次を強く引き止めたが、何とかはぐらかしながら、退職の許可を得ることができた。はっきり言えば、これが一番大きな関門で、彼に残っていた唯一のしがらみであったわけだ。それを断ち切った竜次を縛るものは、もう日本に残されていない。


「異世界じゃ役に立たないだろうが、これだけは持っていくか」


 そうつぶやきながらパラパラとめくっているのは、なかなかの数字が並んだ貯金通帳だ。竜次はそれなりに金を使って遊びもしたが、家族親類縁者が既に無く、頼るものが身一つであった。だから堅実に貯金をしていたわけで、その数字の積み重ねは、彼が長い勤務で積み重ねた努力と同価なのだ。


 手荷物が入ったナップサックに、貯金通帳を静かに入れると、竜次は長年世話になった部屋をゆっくり見回し、咲夜が待つ祠へ戻っていった。

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