第5話 色よい返事の前に

「行ってやるよ、って言いたいところだが、幾つか引っかかりが残っててな。答えてくれねえか?」

「当然だと思います。出来る限り答えます」


 桜色の衣の襟を正した咲夜は、何を聞かれても答えようと、まっすぐ竜次の方をシリアスな表情で向き直した。幼さがどことなく少し残っているながら、可憐で美しい顔である。


「よし。じゃあ聞くぞ。その国鎮めの銀杯ってのは、力を取り戻したんだろ? じゃあよ、それをアカツキノタイラに持って帰れば、もう話が片付くんじゃねえのか? 平和が戻ってくるんじゃねえのか?」

「そのことでしたか。そうなれば何も言うことはないのですが、恐らく銀杯を持ち帰っただけでは、元の平和は戻らないでしょう」


 祠がある辺りの森と茂みの中から、虫の音が盛んに聞こえ始めていた。初夏で昼は長いのだが、もうそろそろ夜が来る。話が長い咲夜は、自分のその癖をなるべく抑え、先程、竜次が斬ったレッドオーガの亡骸の様子を見るため、歩きながら手短に竜次へ説明をした。


「へえ~、そうなのか。その凄い銀杯を使ったとしても、全然力が足りない、無いよりマシ程度の効果しかないと」

「はい。銀杯は1つだけではないのです。全部で7つあり、それが全て揃って初めて本来の法力を発揮します。なので、この1つ目の銀杯は取っ掛かりのようなものなんです」


 竜次は咲夜の真剣な三日月目をじっと見てゆっくりうなずいた。それは合点がいったのだが、まだ彼には腑に落ちない所が残っており、続けて銀髪姫に尋ねる。


「よし。もう1つ聞くぞ、これで最後だ。俺がドウジギリを、と言ってたよな? ありゃどういう意味なんだ? 俺にしか扱えない得物なのか? 例えば、そこにいる守綱には扱えないのか?」

「拙者はドウジギリを振れるには振れる。だが、それだけということだ。お主のように宝刀の力を引き出すことはできん。竜次殿、レッドオーガを斬ったお主の手並みは神がかっておった」


 守綱から、思ってもみない「殿」付けをされて、むず痒い感覚を持った竜次は、実際脇腹をかきながらも、いい笑顔を見せている。うだつが上がらない男だが、竜次は剣の道だけは、今まで絶え間なく真剣に取り組んできた。それをこのように絶賛されれば、嬉しくないわけがない。


「守綱が言う通りです。ドウジギリが竜次さんに強く共鳴した謎は残りますが、恐らく、鬼神のように宝刀を振れる方は、竜次さんだけです。お願いです。一緒にアカツキノタイラへ来てくれませんか?」


 美少女にここまで懇願されれば、朴念仁ではない竜次の腹づもりも決まる。それに加えて彼は自分がどうなろうと、日本にあまり未練がない身であった。

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