かざぐるまの風景(青森)

 北東北エリアを周遊する旅の道中で、青森、むつにある恐山を訪れた。

 陸奥湾沿いを北上し、長い山中を抜けると、赤い橋が見えてくる。山道の木々の緑を抜けて、バイオームが明らかに切り替わったのが分かるような、色素を抜かれた景色が始まる。いかにも火山帯という風体で心が躍るのを感じる。ところどころから灰色の煙が立ち上っていて、車の窓一枚を隔てた向こう側の匂いが車中にまで蔓延っているように思われた。大きな湖があって、山向こうの生活を想起させた。

 広い駐車場にはぽつりぽつりと車が止まっている。曇り空だが雨は降らず、人もまばらだった。大地すべてが灰色で、池は黄色く色づいていた。寺は厳かな雰囲気で、信仰心がなくとも身が引き締まるような気持ちになる。硫黄の匂いがぐんと強くなって、うっかり深呼吸してしまえば、肺がやられてしまいそうだった。雨が降らないことを信じて傘を車に置いて、恐山菩提寺、宇曽利山湖極楽浜、賽の河原を散策した。

 思いのほか自由に歩き回れるようになっていて、可能な限り隅々まで見て回った。どこを眺めても異界か、少なくとも異界のはざまであるように思われて、日本にもこのような場所があったのかと驚く。灰が積もったような道々は意外にも起伏が激しく、額に汗がにじむのを感じていた。不機嫌か不安であるようなどんよりとした空が似合う道だ。赤茶けた砂場であったり、黄色く輪郭を蝕まれた穴であったりがそこらにある。気分の移り変わりのように見ていて飽きないが、一貫して心暗いのは変わらないように思えた。

 岩がごろごろ転がっているのはもちろんだが、それらが道を成すように積まれていたのはなぜだろう。朝、目を覚ますと知らぬ夜の間にどこからか現れているような神秘を感じさせる。好奇心で色づいた場所に近づくと、奇天烈な匂いに脳をがんと揺らされる。モノクロの石をも蝕むような苛烈さだ。そのどれもが、暖かな熱気をもっている。

 かざぐるまがからからと回る音に導かれて、浜辺を歩いた。イエローグリーンの水質は人間以外の生命を生かすためにあるように思われた。草履が片方、ぽつりと落ちていて、先に行ってしまった誰かを思わせた。地蔵はそれをただ見つめているだけだっただろう。良い風が吹いていたので、立ち止まって川向うを眺めた。たとえ川向うをぼうっと眺めようとも、思いおこす誰かがいなければ、手招く誰かもいないようだ。心が安らぐのを感じながら、風に撫でられるままでいる。皆目をつぶっているのだ。ここで何が起ころうとも、それは自然のままであるように思われた。水甕のこちらと向こうで世界が異なることに、違和感を唱えるものはいないだろう。

 波と風が強くなってきたように思われたので、車に戻ることに決めた。夕陽が山を焼いているようだった。暗くなった山中を車で走るのは恐いので、足早に歩を進めた。帰りの運転はツレに任せた。少し車を動かしたが、すぐに行き先を入れていないことに気が付いた。赤い橋の近くの駐車場に車を止めて次の行き先を調べる。赤い橋は改修中で渡ることはできなかった。初心者マークの車が駐車場の中を縦横無尽に暴走していた。出口から出て、気づけば戻ってきていて、異なる出口から出ていった。見ているのは自分たちだけ。

 山は人が少なかったが、時折登ってくる車がいた。この時間に登ってきても寺には入れないはずであり、目的はわからなかった。それらが人間のままであるかは確かめていない。あるいは高貴な身分の客で、夜しか見られないような風景を求めてきたのかもしれない。新参者にはうかがい知れぬ風体だ。

 恐れ空しく山中は薄暗さに包まれている。帰り方がわかるうちは、車は走り続ける。


@2022.5_青森_恐山

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