四七
ちい
北海道・東北地方
フゴッペ岬(北海道)
小樽の先に向かって、車を走らせた、北海道旅行の二日目。昨日はツレの強い要望もあって星置神社を観光しており、飛び交う羽虫と人間に歩かせてはいけない距離に挟まれて足は程良く疲弊していた。昨日はお布団へのアクセスに失敗していたが、その割には、まだ若さに甘えても許されるであろう齢、体は快調に近かった。
三泊のこの旅では、優先される場所が二つあった。一つはツレのたっての希望である星置神社。星や月をモチーフにした御朱印がとてもきれいなところで、おせんべいなどもいただいた。
二つ目は、いざ訪れようとしている金吾龍神社である。札幌から車を走らせて、小樽運河のさらに先にあるフゴッペ岬をご神体とした神社だ。ノラガミという漫画に出てきた「アラハバキ」という神様に心奪われて、一目でよいのでその御姿祀られる場所を訪れねばと感じた。伊勢神宮のおかげ横丁で買った一冊目の御朱印帳がまもなく終わりを迎えようとしていたため、次のもう一冊を決める必要があり、「アラハバキ」を祀る金吾龍神社のものをぜひ次にと決めていた。この旅の中で、北海道の主要な観光地を巡ることも重要ではあったが、自分にとっての最優先は何よりもこの神社だった。
北海道を車で走るのは初めての経験だった。五車線ほどの広い道のりがどこまでも続いていて快適に走れる一方で、気づけば速度が上がっていることに気づけない。周りの車もすさまじいスピードで車を走らせているので、郷に入っては郷に従っていると、優先規則に反してしまう。自分の注意深さ、波に逆らう心意気の試される場で、なんとも快適なドライブである。
雪国らしい交通掲示や野生動物のいない広い道を眺め渡して、あっという間に星置神社、小樽運河を過ぎ去った。昼帯の小樽運河にも関心はあったが、神社という類はおおむね十七時頃には門を閉ざすものと決まっており、何しにも優先されるべきそちらを前にして、車を止めている余裕などはなかった。元々、この旅はゆとりを持った設計となっていて、朝を急くことがなかったのだ。それが当然のごとくあだとなり、トレードオフの関係となって、旅程の切迫を強いるのである。
小樽も訪れたことのない興味津々の地。いずれはゆっくりする機会もあろうと舌を噛んで自分をいさめた。フゴッペ岬は、気づくのも難しいほどに道すがらにあった。
「神社」と聞いて、街中にある小さな社でもよいだろう、そのような建築物の姿を想像していたので、金吾龍神社の姿を見止めることができず、車を何度も往復させた。道がだだ広く、交通の往来がぱたっとやんでしまったのをいいことに、ふらふらと向きを変え、ナビを更新しながら、目的地にふさわしい場所を探して回った。
似つかわしい看板を見つけ、駐車場らしきやや舗装された砂利道に車を滑り込ませた。看板は一つで途切れず続いていて、ただあまり芳しい結果は記されていなかった。
直近の土砂崩れで社にも影響が出てしまったようで、赤さびたフェンスが道をふさいでいた。問い合わせ先を書いた張り紙が残されていて、今は社としての運営はなく、東京のほうに分社があるとのことだった。遠方からはるばる訪れて、まさか都会側にこそ受付があるとは思わず、背を伸ばして一端でも目に焼き付けようとした。足に要らぬ疲労がたまる結果になったのは言うまでもなく、何より「アラハバキ」が祀られているのは奥宮。短い身長で短い足をいくら伸ばしたところで、見える景色は明るくないのだ。
事前調べの足りなさが露見したところで、改めて金吾龍神社についてよく調べ、御朱印や御朱印帳もネット受付していることがわかった。ツレが東京の人間であり、代わりに東京の分社に行ってこようというありがたい申し入れがあったが、ネット注文で済ませることにした。信心深さを疑われるようなふるまいではあるが、受け口が用意されている以上は、許された信心の形なのだと思う。
もとより、「信じる」というよりも「好き」に裏打ちされた信心なのだ。たとえそのものを拝むことができなかったにしても、ここまで来るための熱量は、決して信心を裏切りはしないだろう。
ここまでの道程、何より道中に視界に入れながらも流してきた数々の魅力的な風景を思えば、悔いるわけにもいかない。そこで、フゴッペ岬のご神体の巨岩まで、海岸沿いを歩いて可能な限り近づいてみることにした。潮の匂いが強く、岩場をのぞき込んでみると、そこが波の受け口になっているかのように、漂流物をため込んでいた。小さな洞窟のようで、触れぬように身をかがめて中に入った。
神様が生まれるきっかけに思える。雨風に苛まれる人を、ほんのひと時守ったような。足先が湿るのを感じた。波が靴の先まで届いて、長く使ったぼろ靴を突き抜けた。染み入る水の温度は体温にまで届いて、波と、砂粒とつながったような感覚があった。それだけで、遠路はるばるこの地を訪れた甲斐があったように思えた。
フゴッペ岬は、小学生から見た高校の体育館くらいの大きさの岬だ。竜の蹄が一つだけ突き抜けたような形をしていて、夕暮れの時分、輪郭は照って白く輝いていた。世界すべてのような青空の中にわずかに浮かんだ雲が虹を垂らしていて、いつか降った雨の面影を感じた。土砂崩れを防ぐためのコンクリート壁が片面を覆っていた。車が通り抜けるために、糸通しで穴をあけられている。それでもなお、自然物の雄大な力を腹の底にため込んでいるように思えた。
小樽に戻るころには日は暮れていた。やや時間があったので、人工照明に照らされる小樽の街を散策した。メンチカツがおいしかった。
北海道は車線が多いが、一番右の車線は右折のために頻繁に詰まっていて、その罠にかかるとしばらく抜け出せなくなる。次の、また次を考えながら、札幌に向けて車を走らせる。
@2020.10_北海道_フゴッペ岬
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