step10:妬き加減はいかが?

 辛い。白馬はくばさんから距離を置いて、早くも一週間が経とうとしている。

 今日は金曜日で、予定では今日までは距離を置くつもりでいる。


 だけど、白馬さんに触れない日を増す毎に、私の心臓は張り裂けそうだった。


 先週までの私たちは、休み時間にもなればお互いに密着していたから、私もまた彼女の温もりを感じていられたけれど………。

 距離を置いてる最中の今では、どうも彼女の温もりが恋しい。


 もしかしてだけど、白馬さんに私の温もりを刷り込ませようとして、逆に私が彼女の温もりに依存してしまったのでは???


 非常にまずい。

 寂しいし、恋しいし、寂しい。

 一刻もはやく白馬さん成分を補給しないと、禁断症状が出てしまいそうなほどだ。


 もう、四日間も距離を置いたのだから、充分なのでは?


 と思う自分がいる。

 しかしすぐに私は頭を振ってそれを否定する。ここで妥協してしまっては、白馬さんを私に振り向かせることなど出来ない。


 その証拠に、未だに彼女は私に微塵も好意を寄せていない。


 何故そう思うのか。

 それは、ここ四日間で、急に距離を置いたにも関わらず白馬さんと言葉を交わしたのは月曜日の朝だけ。それ以降で彼女から声を掛けられることは無かったから。

 幾ら距離を置こうと私がしていたとて、話そうと思えば私に声をかけるチャンスは幾らでもあったはずなのに。


 つまり、白馬さんの方は、まだ私をの人間としか思っていないということ。

 悔しいけれど、これが事実だ。


 彼女はまだ私のことを何とも思ってないと、認めるしかない。

 認めることで、人はまた一歩踏み出すことが出来るのだ。


「(ふぅ。今日と明日からの休日二日を我慢すれば、来週からは白馬さんとまた密着できる!)」


 私は計画通りにことを進める。


 とりあえず、来週の月曜日を生きがいにしながら、学校に行く準備をして今日も頑張ろうと意気込んだ。





 いつも通りの時間に登校した私は、なにやら教室の前の廊下がザワザワと騒がしいことに気付く。


 どうしたのだろう?と疑問に思いながら足を進めると、私の存在に気付いたクラスメイトたちが、「お前がどうにかしろ」みたいな視線を私に寄越してきた。


 その視線にも疑問に思いながら、教室を覗いてみると…………


 なんとその空間は、たった一人の女子が支配しているような。そんな錯覚に陥る。

 席に座って、何時ぞやの私みたいに文庫本を読み耽るその姿は、まるで綺麗な湖の前で優雅にティータイムを楽しみながら片手に本を嗜む西国の王子様みたい。

 何を言ってるんだ私は。


 ともかく、一言で表すと『絶対的な美少女』が一人ポツンと、教室の真ん中の席に座って本を読んでいた。


 ………ただそれだけならば、クラスメイトたちも廊下でこうやってヒソヒソすることも無かっただろうと思う。


 おかしいのだ。


 何がおかしいって。

 その絶対的な美少女が当たり前のように座って本を読んでいるその席が。


 きっと彼女なりの、何かの意趣返しなのだろう。


 私の席だったのだから。



 ◇ ◇ ◇


 文庫本に視線を落としながら、それでいてチラチラと実は横目で教室の外を伺っていると。


 恐る恐る(悔しいけど可愛い)といった感じで忍び足で教室に入ってきた一人の生徒。

 そう、それは僕が待ち焦がれていた彼女。


 佐倉 香ちゃんである。


 どうして他のクラスメイトの子たちが教室に入ってこなかったのかは疑問だけれど、とりあえず今のところは香ちゃんがきただけで良しとしとこう。


 香ちゃんはドギマギしながら僕の真ん前へとやってきた。


「………なにかな?」


 人の席に座っているというのに、自分でも驚くほどの不遜な態度。でも、そうなってしまうほどに僕は彼女に怒っているんだ。


「えーっと、席、間違えてますよ?有栖さん」


 彼女に名前を呼んでもらえて鼓動が早くなる。

 それをおくびにも出さずに、平然を装いながら僕は白々しく首を傾げた。


「………それが?」

「そ、それが!?」

「うん。それがどうしたと言うんだい?」

「え、いや、だからそこ私の席で………」

「うん、知ってる」


 もう既に、本当は香ちゃんも僕の意図に気付いてるはずだ。僕が彼女の席に座ってる時点で、察していたことだと思う。

 それでも彼女は、こうやって白を切って気付かないフリをする。


 香ちゃんはしばらく押し黙ったあと………


「あの、怒ってます?」

「んーん。怒ってないけど?」


 それよりも分かってるでしょ?という意図を込めて、あの日の香ちゃんみたいに僕はよく長くて羨ましいと言われるその腕を彼女に向かって広げた。


 香ちゃんはそれを見て、僅かばかり目を見開くと、すこしだけ逡巡したあとで………






「うん♪やっと戻ってきたね。もう離れようとしちゃダメだからね?」





 彼女は僕の膝上に座った。

 そんな僕よりも小柄でお人形みたいに可愛い香ちゃんを、僕は二度と逃がさないためにギュッと抱きしめる。


 あらためて彼女の温もりに直で触れたことで、僕はやっと彼女が離れた際の複雑な感情の正体が理解できた。


 この感情は、やっぱり恋愛感情では無かった。


 恋愛感情では無いけれど、彼女がいないと寂しくなる。

 彼女が恋しくなる。

 彼女を求めてしまう。

 香ちゃんに触れていたい。

 香ちゃんをずっと感じていたい。





 そんなこの感情の名前は—————




 どうやら『独占欲』と呼ぶらしい。

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