step9:side白馬 有栖

 かおりちゃんが私の傍にいない。


 たったそれだけのことで、今日の僕はソワソワとしてしまう。

 以前までの彼女なら、休み時間になる度に僕の膝上に座ってきて。そしてそれを僕が落ちないようにギュッと抱いてホールドするのが『お決まり』だったのに………。


 今日は休み時間になっても、香ちゃんは僕の元には来なかった。


 寂しい。人肌が恋しい。

 いや、ただの人肌が恋しいんじゃなくて、きっと僕は香ちゃんの温もりが恋しいんだ。


 今まで、ずっと空き時間は彼女を抱きしめる形だったから。もうすっかり僕は、彼女の温もりが『当たり前』だと認識していたんだ。


 香ちゃんと密着したい。

 香ちゃんと触れていたい。


 落ち着かない。

 ふとした時に、どうしても彼女を探してしまう。


 いったいどうしたと言うのだろうか。

 あんなに彼女は、僕に熱中していたはずだろう?僕のことが好きなんだろう??

 それがどうして、今は僕が彼女から避けられているんだろうか。


 あまつさえ、それを少し悲しんでる僕がいることに、僕自身が一番驚いていた。


 これはなんだ。この感情はなんなんだ。


 休み時間になって最近は香ちゃんが傍にいることで極端に回数が減っていた、僕に好意を持つ数多の生徒たちから掛けられる声を僕は話半分に聞き流しながら、いつの間にか必死になって香ちゃんのことを考えていた。


 そして思い出す。


『私が、恋しいですか?』


 朝、チャイムと同時に香ちゃんに言われた言葉。彼女の温もりが恋しいということは、それはつまり、僕は香ちゃん自体を恋しいと思っているってこと???


 それは…………。

 な、なぜ?


 これはつまり、俗に言う『恋』を僕が彼女にしたから、彼女が恋しいということ?

 いや、どうなんだろう?

 僕としては、未だに香ちゃんに惚れたつもりも、自分自身が恋愛をしている自覚も、これっぽっちも無いんだけれど。


 とりあえず、だ。


 兎にも角にも、今は目先の問題を解決させよう。差し当って、まず僕がやらなければいけないこと。

 それは、香ちゃんにからだね。


 まだまだ下校までに時間はある。

 最悪、僕と香ちゃんは互いに連絡先を交換し合っているのだから、メッセージでも良い。


 うん。今日中に絶対に僕から離れていった訳を聞き出そう!







 そう意気込んでから、かれこれもう金曜日で、一週間が終わろうとしていた。


 あれから僕は、香ちゃんに触れるどころか、会話すら出来ていない。

 メッセージも、月曜日の夜に送ったものが既読はついているのに、返信が来ない。


「(どーゆーこと?なんで?僕が何かした?どうして僕は避けられてるの?僕が何か嫌われるようなことした?してたなら教えてくれれば良いのに。そしたら………。)」


 温もりが、香ちゃんの温もりが恋しい。

 寂しい。

 彼女に傍にいてほしい。

 なんなら彼女の傍にいたい。

 彼女に触れたい。

 香ちゃんを感じたい。

 抱きしめたい。ギュッてしたい。

 彼女の甘い匂いを、また嗅ぎたい。


 僕の頭は、そんな悶々とした欲望に呑まれ、染まっていく。


 最近の僕はおかしい。

 未だかつて、ここまで誰か一人に、この僕が執着したことがあっただろうか。


 あぁ、もう限界だ。キツい。

 以前までの僕なら、一人でも余裕だったのに。


 いつの間にか僕は、彼女のせいで孤独が辛く感じるようになってしまったみたいだ。


 もう我慢ならない。


 今週も土曜日授業が無いから、今日彼女と話せなかったら休日二日という期間を開けてしまうことになる。

 そんなのは耐えられない。


 僕を孤独に耐えられなくしてしまったのは、香ちゃんだ。香ちゃんが僕を変えたんだ。

 その責任は、もちろん取ってしかるべきだと僕は思うわけだ。


 と言うことで、僕は今日、朝一番に登校して教室に入った。

 当然、誰もいない。


 僕は自分の席に荷物を置いて、席に腰掛けた。












 そう、佐倉さくら かおりちゃんの席に。

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