step8:『私が恋しいですか?』

 土日と言う休日二日間(土曜日授業が今週は無かったので)を挟み、週明けの憂鬱な月曜日。


 登校する生徒たちの足はどれもみな重そうだけれど、その中でもダントツで沈むような雰囲気を醸し出しているのは、私こと佐倉さくら かおりだと思う。


 と言うのも、今日からは前に決めたとおり、少しの間、白馬さんから距離を置く期間としているのだ。


 下駄箱で靴を履き替え、白馬さんを待たずに教室へ向かう。

 これまで約一週間と少しを、下駄箱で白馬さんを待ち、一緒に教室に向かってたのに対し、今日からしばらくは一人。


 白馬さんは下駄箱にいない私を思って、どう感じるかな?


 ちなみに私はもう既に、貴女が恋しいんですが。


 教室に入って、既に先に来ていたクラスメイトたちの視線が私に集まる。

 その視線に含まれるのは、疑問と蔑み、それから安堵に失望??


 まぁ、色んな感情がクラスメイトたちの顔に表れていた。


 私はそんな視線を鬱陶しいと思いながらも反応することなく無視し、座った。

 それから鞄を机にかけ、鞄の中から文庫本を取り出し静かに読むことにした。


「(はぁ。これで目に見えるほどに白馬さんが動揺してくれれば嬉しいんだけどなぁ)」



 ◇ ◇ ◇


 最近の僕は学校に登校する際の足取りが軽いような気がする。


 以前まではクラスメイトや周りの人たちの好意と理想がプレッシャーになり、学校に行くのも少しばかり億劫になっていたのだけれど……。


 ここ最近はすっごく身体が軽いのだ。


 学校に行くのが楽しみで、毎日がワクワクしてて色鮮やかに見える。


 この気持ちは、どこから生みだされたのか。この感情の名前は、なんなのか。

 考えても答えは見えてこない。

 それでも今は、分からなくても良いと思っていた。何れすぐに、分かるような予感がしていたから。



 今日もまた、下駄箱の前で彼女、かおりちゃんが待っててくれてると思い、学校を目の前にして前髪が崩れていないかとか、身だしなみは整っているかとか、スマホの画面に反射した自分を確認する。


「(こ、これは、最低限のマナーだから!)」


 誰に向けた言葉なのか、一人で勝手に言い訳をつくると、「よしっ」と意気込んで今日も自然な流れで下駄箱へと向かう。


 ………しかし、今日は下駄箱の前に香ちゃんはいなかった。


「(あれ?今日は、まだ来てないのかな??)」


 寝坊でもしたのだろうか。

 まったく。あの子は案外、少し抜けてるところもあるからね。


 寝坊なら誰にでもあるし、僕だって偶にしちゃうし。仕方ないことだ。

 しょーがない。今日は、僕が待っててあげようかな。


 僕は脳内ですっかり寝坊してると決めつけた香ちゃんに「やれやれ」と呆れたポーズを示すと、下駄箱の前で以前までの彼女のように、彼女のことを待つことにした。


 しかし、待てども待てども彼女は来ない。


「(大丈夫かな?もしかして、事故にあったとか??それとも風邪かな??)」


 もうあと三分ほどで朝のホームルームが始まってしまう。


 私は香ちゃんに何かあったんじゃないかと心配になりながらも、遅刻扱いになってしまうので仕方なく教室には一人で向かった。


 そして不安を募らせながら教室に入ると、どういうことだろうか。


 彼女は既に教室に来ていて、しかも座っていた。


 先程まで抱いていた不安は三割の安堵と、七割の怒りへと今度は変化する。


 僕は自席で平然と、こちらのことなど見向きもせずに本を読み耽る彼女へとズンズンと歩いていき、、、、


「どーゆーことかな?」


 怒りを抑えながら、極力笑顔を努めて彼女に問いかけた。


「……?………何がですか??」

「惚けるの?」

「何を言いたいのか、分かりません」


 分からない?

 そんな訳ないだろう。


 怒りのままに大声を出したいけれど、しかしここでふと気付く。


 僕は、いつ、彼女と下駄箱で待ち合わせをしていたんだろうか。

 彼女が毎回待っててくれるから、それが『当たり前』だと錯覚していただけで。


 確かに僕と彼女は、そんな約束は一切していない。


 となると、自分が今から言うことはとても理不尽であり、香ちゃんからしてみれば、言われる筋合いが無いと思うだろう。


「………やっぱり何でもない」


 僕は未だ胸の内側で燻る怒りをどうにか鎮めようとしながら、彼女に何とかそれだけ言い残し、自分の席に座った。


 さっきまでは絶好調な気分だったのに、今はやるせなさで胸が苦しい。


「有栖さん」


 沈んだ気持ちを悟られないようにしていると、香ちゃんから名前を呼ばれる。


「なにかな?」

「―――――――」


 彼女が声を発するのと同じタイミングで、朝のホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴る。


 しかし、僕は彼女が何と言ったのか、しっかりと聞き取れてしまった。


「~~~~~~っ///////」


 みるみると自分の顔が熱くなっていくのが感じられる。


 僕は極力クラスメイトの誰にも今の自分の顔が見られないように足早に自分の席に座った。










「君から、あんなに猛烈なアプローチを仕掛けてきておいて………。そりゃ、寂しく思うに決まってるじゃんか。………………ばか」


 その独り言は、幸いにも誰の耳にも入ってはいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る