step5:名前で呼んでみよう

 やるべきことを全て終わらせ、残るは寝るのみとなった私こと佐倉さくら かおりは、水色のパジャマ姿でベッドの上。

 スマホを両手に持ち正座で待機していた。


 どれくらい同じ姿勢でいただろうか。


 手に持っていたスマホが鳴り出した。


「は、はい!あの、もしもし………」

『や、やぁ………、えと、も、もしもし…………』

「は、はい!!!」

『う、うん…………』

「……………」


 ワンコールも鳴りやまない内に勢いよく通話に出たはいいものの、、、


「(や、やばい。緊張しすぎて声が上擦る。話したい内容がまとまらない!!)」


 このとおり対面で会話をするのとは訳が違うから、随分と幸先が不安な通話のやりとりになってしまう。


 なにか、なにか話題は無いかと部屋中を見回す。

 そして、私の目線はカーテンも窓も開け、そこから見える綺麗な満月に留まった。


「あっ!」

『……?………どうしたんだい??』

「あの、白馬さん、一回空を見てみてください!」

『空……?空がどうしたんだい?』


 白馬さんはそう疑問を口にしながらも、どうやら窓をあけてくれたようだ。いや、かすかにサンダルのパタパタと歩く音も聞こえるから、もしかしたら、わざわざ外に出てくれたのかも。


『それで、空を見てみたけれど……』

「月は見えますか?」

『月?……あぁ、見える、………よ』



「月が、綺麗ですね」



『…………』

「あ、あれ?」


 白馬さんからの反応が無い。

 私、何かおかしなこと言っただろうか。


 とりあえず事前に決めていた話したい内容を思い出すための時間稼ぎとして、そしてこの綺麗な月を離れていても白馬さんと共有したくて。

 ただで発した言葉だったのだけれど、ここまで彼女の反応が無いと、『月』は白馬さんにとって何らかの地雷だったのかとか思って不安になってしまう。


『まったく、君はいつもいつも、容赦なく僕を堕とそうとしてくるね』

「え?」

『うふふ。今更どうして惚けるんだい?……大丈夫。君の気持ちは、しっかりと伝わっているよ』


 なんのことだろうか。

 この綺麗でまん丸な月を一緒に観賞したいと思っただけなのに、急に話が噛み合わなくなった。


 これは私がいけないのか?


『それでも、ごめんね。僕はまだ、君のことを知りたいという知的好奇心はあっても、君と恋仲になりたいとは、思えないんだ』


 あれ?

 な、なんか胸にグサリと刺さることを言われた。急にフラれた私は、どんな反応をすれば良いのだろう。


 そもそも、どうして今、私は意味もなく二度目のフラれる経験をさせられたのか。


 そんな私の穏やかじゃない心中をよそに、彼女の独白は止まらない。


『ほんとに、恋愛の何が良いんだろうね?僕には、みんなが憧れ羨ましがるソレが、理解出来ないよ』

「…………えっと、」

『あはは。ごめんね?これを君に言うのは、流石にお門違いか』


 うぅん。

 なんか予想してた好きな人との通話とは思えないほどにしんみりとした雰囲気になってしまった。


 これは私がそうさせてしまったのだろうか。


 意味もなくフラれるし。

 今のままだと受け入れられないと言われたようなものだ。


 これはプランの練り直しも考えなければならないかな?


 そんなことを思案して、「あ、」と事前に白馬さんとの通話で話したい内容を思い出した。


 そうだった。ある意味これは、都合がいいのかもしれない。

 未だに私の好意が白馬さんに靡いていないならば。

 そして受け入れられないと拒絶されて振り出しに戻ってしまったのならば。


 それは再びアタックするためのリスタートという意味も込めて。


「………じゃあ、なんの問題もありませんよ、白馬さん」

『……?』


 姿が見えなくても、彼女の息遣いで首を傾げてる様子が瞼の裏で容易に想像できる。


「私が、必ず白馬さんに『恋』というものを分からせてあげます。きっといつか、私のことを好きで好きで大好きな一人の恋愛を謳歌する乙女にしてあげます」

『………くっ、あははは。ほんとに面白いね、君は』

「そう、それです。そのためにはまず、お互いに呼び名から変えていきませんか?」

『呼び名?』

「お互いの距離を縮めるために、私は白馬さんの名前を呼びたいです。そして、私は貴女に、私の名前を常に呼んでもらいたい」


 これが本来、彼女との通話で話したかった内容。


 事前に立てていたプランにもあったこと。

 名前で呼び合う。


 一番簡単なことに見えて、自然と相手との距離が近付いたことを認識してしまう。


『それくらいで、僕の気持ちは変わるのかな?』

「それくらいだと思うのならば、やってみましょう?それに、これはただの始まりに過ぎません。改めて理解しました。貴女は、この程度じゃ私には靡かないから。明日からは、もっともっと攻めるつもりです」

『………ふふふ。そうかい。じゃあ、楽しみにしておくよ』

「えぇ、楽しみにしておいてください。そう簡単に堕とされないでくださいね?」

『あはは!言ってくれるね』


 良かった。

 どうやら先程までのしんみりとした空気も霧散したようだ。


 それにしても、私としては都合のいい展開になってきた。

 本当なら、過激なアプローチはもっともっと先で行うはずだったけれど、白馬さんから許可を貰えたのだから。このチャンスを活かすしか道は無い。


 白馬さんを私のことが好きで好きで堪らない女の子に堕とすために。


 まずはこの後、寝る間を惜しんでプランの立て直しをする必要があるかも。


「それじゃあ、正直白馬さんが寝落ちして寝息が聞けるのを楽しみにしてたのですが。今日は明日からの為に通話は終わろうと思います」

『あはは。僕も君の可愛らしい寝息を楽しみにしてたんだけどね。また今度の機会に取っておくことにするよ』





「おやすみなさい………有栖さん」




『あぁ、おやすみ。………香ちゃん』










 通話が終わる。


 ポテンっと私はスマホを握りしめたままベッドに倒れるように寝転んだ。


 あれ?

 なんだか、顔が熱いな。




 ◇ ◇ ◇


「〜〜〜〜〜〜〜っ//////」


 僕は枕に顔を埋めて、


 ゴロゴロ。


 足をバタバタ。


 荒ぶる気持ちのままにベッドの上で乱舞する。


「な、なんだいあれは。声が良すぎるんだよなぁ〜。……………香ちゃん」


 顔が熱い。


 明日から、僕は生きていけるだろうか。


 未だに恋がなんたるか。恋愛の楽しさとは何か。それは見い出せていないけれど。


 どうやら僕の感情は、明日も香ちゃんに会えることを楽しみにしていることだけは、分かってしまった。



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ちなみに作者の私は、友達に「月が綺麗だね」と言われて告白だと勘違いし、ただただ痛い奴になった経験があります。

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