言葉と思い出

人口85億人

お爺ちゃんの言葉

りょうくん、今日は来てくれてありがとね。」


幼い頃の僕がよく聞いた言葉だ。一ヶ月に一回はお爺ちゃんの家に行っていた。


別に遊びに行ってたわけじゃない、車をちゃんと運転できるか怪しい僕のお爺ちゃんをお母さんが買い物に連れて行くために行くのだそんなもんだから正直行きたくなかった。お爺ちゃん家に行くくらいだったら家で学校の宿題だとか、英会話の宿題だとか、体操の練習だとかをしていたほうが時間に余裕が作れてよかった。


でも、お母さんが僕を勝手に連れてくもんだから、そういうわけにも行かずほぼ強制だった。


毎回毎回、お母さんはお爺ちゃんと難しい話をしていた。最近おばあちゃんはどうしてるとか、最近親戚の誰々がどうこうしたとか、そんな難しい話ばっかで正直面白くなかった。


でも、毎回僕が行くたびにお爺ちゃんはお金をくれた。


「200円あげるからジュースでも買っておいで」


僕は毎回、ジュースを買って車で飲んでお爺ちゃんに可愛いがってもらってからお爺ちゃんをお家まで送って、半日が終わる。そんな日が一ヶ月に一回は必ずあった。







ある日、当時の僕でもわかる言葉があった。


母が言ったのだ


「お父さん、お母さんに誤りなよ。あれは間違いだったよ。お母さん絶対辛かったじゃん。」


お爺ちゃんは、


「悪いと思ってる。機会があったら誤りたい。」


当時の僕は子供だったからこそ、センシティブな内容に敏感だった。ただそれをお爺ちゃんとお母さんの間でしているのが驚きだった。







またある日、僕はもう少し成長してたけど、


お爺ちゃんを施設に入居させるっていう話が出た。

その話の意味を理解できるくらいには大きくなっていたし、発言権はなかったけど僕は賛成だった。


一ヶ月に一回とはいえ、買い物に付き合うのが面倒だったからだ。




結局、お爺ちゃんは病院一体型の施設に入ることになった。


それからお爺ちゃんと会うことも減ったし、話題も出なくなった。



だけど、そんなある日、お爺ちゃんが病院で同じ入居者を怪我させたという話が電話でかかってきた。僕んちは大慌てで施設に向かった。


怪我させたっていうのはお爺ちゃんが元々海上自衛隊を出た軍人っていうのもあって、相手側の怪我の度合いも気になって飛んでいったが、実はちょっとした事故みたいなものでそこまで重大なものでもなかった。


僕は心配して損した、と思いながら面会室で面会したが、その時のお爺ちゃんは少し痩せてて、覇気も薄れているような感じだった。


お爺ちゃんはぼくが見れて嬉しかったのか結構喜びながらお母さんと話してた。


そっから僕のお母さんは二ヶ月に一回くらいの頻度でお爺ちゃんのいる施設に洗濯物だとか取りに行くようになった。その頃の僕は週6で習い事があるみたいな状況だったので、たまにしか行けなかったがそのときは絶対お爺ちゃんは窓から顔を出してお見送りしてくれた。




そっから1年も経たない内にお爺ちゃんはどんどん体調が悪くなった。急に暴れたり夜中勝手に部屋を抜け出そうとしたり、同じ部屋の人を怖い怖いというようになったらしい。母親が面会したのだが母が言うには相当やつれてるそうだ。

それでも、お爺ちゃんは僕が帰るときにはお見送りしてくれた。なんだかんだで僕は嬉しかった。



それから少しも経たない6月、家に帰ったらお爺ちゃんが死んだとお母さんに言われた。少し理解ができずに当時の僕は学校を休めるとか思っていた。


医者が死亡解剖したらしいが原因はわからなかったそうだ。


そしていつの間にかお爺ちゃんの葬式がやってきた。お父さんとお母さんの会社のお偉いさんが来たりしてた。母は泣いていた。お爺ちゃんと離婚していたおばあちゃんは今まで不干渉をしていたが今回はきていて、泣いていた。そんな中でも僕は事実を受け止められなかった。なんで僕だけ泣かないんだろうとかそういう気持ちだった。


彼ら彼女らはおじいちゃんといた時間が長かったのだろう、だから泣いているんだそう思うことにした。


だけど、その理論はすぐに崩れた。


お爺ちゃんの遺体に触れた時、ひんやりしてるのに柔らかくて正直言うと気持ち悪いと感じた感触だったのに、気づいたときには涙が出ていた。


僕の頭の中は走馬灯のように思い出が駆けていた。


ジュース買っておいで、今日はありがとうとかそういった言葉が頭を駆けていく。


このときの僕はようやくお爺ちゃんが死んだという事実に気づいたんだと思う。走馬灯の中を駆けていく中で僕は一つ気づいた事があった。


「お爺ちゃんは寂しかったんだ。」


僕は思わず口にしてもう一度お爺ちゃんの遺体に触れた。


止めどなく溢れた。お爺ちゃんにもっとかまえばよかったとか、おじいちゃんともっと筍掘りしたかったとか色々な思い出が溢れた。


その時僕も気づいた。


なんだ、僕も長い間おじいちゃんと過ごしていたじゃないか。








葬式は終わり、霊柩車でお爺ちゃんを火葬場まで持っていき焼く作業に移った。

親族は外で30分くらい待っててと言われたので、外に出て火葬場の煙突をずっと眺めていた。空は雨季なのに夏らしく青々とした空が広がっていた。遠くに入道雲が見える。


もう涙を流している人はいない。



「お爺ちゃんが安らかに眠れますように」



(ありがとう)



そう言葉が聞こえたような気がした。



すっきりした気分で夏が迎えられそうだと思う夏だった。

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