恋と熱病

西しまこ

はじまり

 その指先に触れた瞬間、ピリリと電気が走ったように感じた。

「先生?」

 沙織が僕の顔を見上げた。まっすぐな黒い髪がさらさらと流れる。

「なんでもない。ごめん。……次のページやろうか」

「はい」

 沙織は素直に数学のテキストの頁をめくった。薄い桜色の爪。マニュキアは塗られていない。しかし、きれいな薄い桜色の爪。白く、傷一つない美しい手。シャープペンを美しく持ち、数式を書く。しかし、止まる。


「分からない?」

「はい……」

「ここはね、この公式を使うといいんだよ」

 僕はノートに公式を書き込む。そのとき、沙織に近づき過ぎてしまい、沙織の頭にほとんどぶつかりそうだった。僕ははっとして、身を引いた。そのとき、間違えて指に赤いペンの色をつけてしまった。

「あっ」

「先生、指先赤くなっちゃいましたよ。ここにつけて?」

 沙織はメモ用紙を一枚僕にくれた。メモ用紙に指を押し付けると、一部分だけ指紋がついた。赤色がつかなくなるまで、メモ用紙に部分指紋を押し付けた。

「なんか、変な感じ! 先生の指のあと!」

 沙織はおもしろがって笑った。「先生、かわいい」

「か、かわいいって。大人をからかうんじゃないよ。君は僕の生徒だよ」

「大人ぶってるけど、先生とあたし、そんなに年、変わらないよ? 先生、十九歳でしょう? あたし、十六歳だから、三歳差!」


 沙織は僕の目をじっと覗き込んだ。

「……先生。あたし、先生のこと、好きだよ?」

 沙織の手が僕に触れ、そして手をぎゅっと握った。僕は金縛りにあったみたいに、身動きが出来ないでいた。

「沙織、さん。……僕……」

「先生は、あたしのこと、どう思っているの?」

 潤んだ黒目勝ちの瞳が僕を射抜く。その瞳に見つめられたら、もう。


 ――僕は顔を寄せて、沙織にそっとキスをした。沙織は僕の唇を受け留め、そしてはにかむように微笑んだ。

「……嬉しい、先生」

 黒髪がさらさらと流れる。長い睫毛に縁どられた瞳が僕を見る。沙織の手から僕に、熱が入り込んでくるような気がした。


 熱い。沙織の手が触れている僕の手も、さきほど触れた唇も。沙織に見つめられている僕の顔も。熱い。熱くてたまらない。この胸の高鳴りも。


 恋は発熱に似ている。




      了

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恋と熱病 西しまこ @nishi-shima

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