第10話 決意

 トントンっと肩を優しく叩かれた。瞼を開けると、木と葉っぱで作られた家の中に俺いた。左を咄嗟に見るとそこには、アイリではなくアリサが立っていた。


「い、いきなり転移してくるなんて………どうかしたの?」


 ちらちらと俺と部屋の方へとアリサの視線が泳いでいる。いきなり転移してきたら誰でもこの反応になるだろう。しかし、アイリはどこに行ったんだ?


「アイリは、ここに来てないのか?」

「ん? 呼んだ?」


 廊下の方から白い寝間着姿アイリが、歯ブラシを持ったまま部屋に入ってきた。水浴びでもしたのか、彼女の髪が光り輝き石鹸のいい匂いが伝わってくる。


「アイリから色々聞いてるから、とりあえずお風呂でも入ってきたら?」

「ああ、すまん」


 アイリが先に転移していたようだ。しかし、数分ほど誤差で俺が転移してきたからあのアリサの反応だったのだろう。勇者時代ではそんなことはなかったはずなのに。


 脱衣所で服を脱ぎながら考えながら湯につかる。露天風呂なそこは、周りは大自然に囲まれており、大きな木々が周りにそびえ立ち、目の前には、巨大な世界樹が生えている。


「イア大丈夫かな………」

「さっき見てきたけど、大丈夫そうだったよ?」


 声が隣から聞こえいつの間にか、アイリがバスタオル姿で俺の隣で湯に浸かっていた。全く気配すら感じなかっため、びっくりして、彼女から距離を離してしまう。


「あ………すまん」


 立ち上がってアイリの隣へと大人しく座り込むと彼女は俺の肩へと身体を委ねるかのように倒れこんでいた。


「そういえば転移して、どこか変になってない?」

「いや………特には………」


 身体を見渡すが何も変なことにはなっていない。昨日と同じ俺の身体だ。


「十分くらい遅れてきたからなにかあったのかなぁって思ったんだけど」

「あー俺もおかしいとは思ったんだが、魔法陣に包まれてアリサ見つかるまでの記憶がないんだよなぁ」

「そうなの?」

「ああ、それにアリサに気付かれる前に誰かに触られたような気がしたんだ」


 俺の話を聞いているアイリの表情が次第に真っ赤になっていき、そのまま「先に上がるね」と一言だけ残し、脱衣所の方へと消えていった。


「あ………」


 腰にタオル巻いていなかったことに今気づく。アイリなら見慣れてないかと思うが………。脱衣所から気配が消えたら出るとしよう。

 数分待って、アイリが出ていくタイミングをみて脱衣所へと入る。俺が脱いだ服を入れていた場所には、新しい寝間着が入っていた。


「………これのために来たのか?」


 着替え終わって、先ほどいた部屋の方へと向かっていると、がやがやと騒がしい声が聞こえてきた。大部屋から声が聞こえて覗いてみると、大勢のエルフとアリサが宴をしていた。それの端っこでアイリが一人寂しく座っている。


「今日は祭りかなんかか?」


 人見知りで逃げているアイリに声をかけると、隣に座ってと隣にある椅子をトントン左手でやさしく叩いて入る。言われるがまま、俺はその椅子に座り込むと、風呂の時のように俺に体重を寄せてきた。


「魔道国の再建記念だって………お姉ちゃんが張り切って準備してたから」

「そっか、アイリは頑張ったもんな」

「うん!」


 右腕でアイリの頭を撫でながら、木のコップに入ったワインを飲む。芳醇な香りと果実の甘味、そして苦さが一気に伝わってくる。


「うま………」

「ぎゅう~」


 アイリが俺に抱き着く。その片手にはワインが入った木のコップを持っていた。少し量が減っているのに気づき彼女が飲んでいることに気付く。まずい………とてもまずい。


「おい………アイリ」

「だめ………我慢できないの………」


 その言葉に先ほどまでざわついていた空気が一気に無と返し、視線がこっちへと向く中で、アイリが、俺の肩を噛み、血を吸い始める。酔った彼女は満足するまで吸い続ける。


「ちょ………ちょっとあなた達!」


 アリサが顔を真っ赤にした状態で俺らの前へと歩み寄ってこようとしているも、彼女自身も寄っているのか、足元がおぼつかないようだ。俺は何も食わずにそのまま部屋を出る。肩にはアイリがぶら下がっているが構わずにベランダへと向かった。


「あれ………私………」

「よ~」

「え、ちょ、大丈夫なの! 達樹」


 干からびそうになっている俺の方へと酔いがさめたアイリが声をかけてくる。だが、彼女にほとんど血液を持ってかれているのか頭痛や吐き気などが起こり始める。慌てた様子で、彼女は何か呪文を唱えている。


「これでどう?」


 その声が聞こえ、咄嗟に意識が戻ると、先ほどまでの頭痛と吐き気がなかったかのように消えて居た。先ほどの魔法によっての効果だろう。アイリにとっては血液を操ることなど朝飯前だということだ。


「ああ、楽になった」

「そう。よかった」

「一つ提案なんだが………」

「なに?」


 きょとんとしてこっちを見つめているアイリが俺の腹の上に載ってくる。背後の白い月の輝きが彼女の髪を光り輝かせていた。


「綺麗だ………」

「え! えっと………」


 あわあわっと慌て始めるアイリ、素直にきれいだと言ってしまったことに恥ずかしさが生まれ始める中で、先ほど言いかけたことを言い放つ。


「あの洞窟の辺りに、家でも作って一緒に過ごさないか?」

「なんで洞窟?」

「エリシアに連絡取りやすいかなぁって思ってな。あとからあそこを神殿でもすれば、あいつも喜ぶだろ」


 なるほどっと反応するかのようにアイリは俺を抱きしめて「いいよ」っと小さな声で返事をした。これから俺達のスローライフが始めるのかもしれない。

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