第5話 おはよう

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 すぅすぅと息遣いが聞こえてくる。目を開けると、横で俺を抱き枕するかのようにアイリが幸せそうに眠っていた。昨夜に見えた目の下のクマがなくなっていることに気づき、よく寝れているようだ。


「パパ、起きた?」


 部屋の扉が開き、廊下からイアが入ってきた。目が合うと、隣にいるアイリの方へと視線が行き、はぁっとため息をついている。


「最近寝てなかったのか? こいつ」


 背中をベッドの枠で支えられながら、アイリの頭を撫でていると、イアがコクコクッと首を縦に振る。


「ベッドに入るといつも泣いてたから………」

「そうだったのか」

「とりあえず朝ご飯作るから、ママ起こしてよね?」


 そそくさにイアが部屋から出て行ってしまった。とりあえずアイリを起こそうと、身体に触れて左右に揺らす。


「む~………にゃ………すぅすぅ」


 失敗。実際の経験としてアイリがこの作戦で起きたことは一度もない。次に彼女にかけてある布団をめくってみる。


「すぅすぅ? むむ………すぅ~すぅ」


 一瞬違和感を感じたのか、変な表情をしていた。しかし、冬ではないためこの作戦は通用しない。


「これしかないか」


 はぁっと深いため息を付き、アイリの唇にキスをする。ぴくっと反応すると目を開き、目が合い、咄嗟に口を離そうとするが、両手でキスした状態で固定されてしまう。数秒経つと、彼女から離さなさ「おはよ」と笑顔でいう。


「ああ、おはよう」


 ふわぁっとあくびしているアイリを見ながら、木の椅子に置かれていた紙束を手に取る。そこには、今代の勇者と魔王のことについて書かれていた。勇者は二日前に召喚されており、魔王もその日を境に出現したと書かれている。


「へぇーもうこんな資料手に入れたんだ」

「エルシアに渡されたんだ」


 ふ~んと言いたげな表情で資料をじっと見つめていると、突然目の前でアイリが寝間着を脱ぎ始める。咄嗟に視線を資料の方へと向ける。シーツが髪とこすれる音が聞こえる中で、ある一つの文章を見つける。


『あ・な・た・は・見られている』


 どういうことなのかよくわからない。ただ言えるのは、この資料の最初の文書を縦読みにすると、そう読めるぐらいの単純なものだ。何に見られているのかよくわからないが、この書類が危ないことがよくわかる。


「あれ? 燃やしちゃうの?」


 右手の人差し指の上に、ライターをつけたかのような火をだし、それに書類の束を近づけ、燃やし始める。こんなのが現実世界に存在していたら争いの種になってしまう。それに神から受け取った極秘情報など外部に出すわけにもいかない。


「まぁな」


 右手のひらの中で書類が燃え尽きるのを見送る。インクでたまに色が変化する火の姿はいつ見ても面白い。


「あ、ママ起きたんだって………パパなにしてるの⁉」


 背後から叫び声が聞こえ、振り向くとエプロン姿のイアが立っていた。右手の燃える火が見えたのか、すぐさま無詠唱で『水の玉』で消火されるが、全身びちゃびちゃになってしまう。くしゃみが出ると、ほんとに人間なんだなと実感する。


「と、とりあえず着替えるから………さぶ」

「今のは自業自得だと思うよ?」


 着替えを済ませたのか部屋から出て行こうとするアイリ。昨日とは違うフリルと赤色本が付いたドレスでそのまま部屋から廊下へと出て行ってしまった。手伝ってくれるのかと思ったがそういうわけではないらしい。着替えようとするも、そもそも着替えなど持っていないことに気付く。


「着替え貰ってけばよかったなぁ………」


 はぁっとため息を付いているとコンコンッと部屋の扉から聞こえてくる。すっと廊下から物音が聞こえると、気配が消えていた。


「なんだ?」


 気配が気になって扉の外に出ると。アイリが頭を下に向けていた。少ししゃがむと顔を真っ赤にして目の前に立っていた。にこっと笑おうとすると、何かを思いっきり押し渡されて、そのまま家の奥の方へと走って行ってしまった。

 

 渡されてたものは、薄地ではあるが男物の服だった。なぜアイリが持っていたのかわからない。ただ二日同じ服を着ることにならなかったのがまだ幸いと言えるだろう。着替えて家の奥へと向かう。


「やっときた~」


 声が聞こえてくると、リビングの中心に洋式のテーブルと椅子が四つほど置かれていた。椅子には、アイリとイアはお互いの前に座っていた。テーブルの中心には籠にパンが数枚ほど置かれており、二人の前には、白いスープが置かれていた。

 

 無意識にアイリの隣に座るときに、彼女の耳元で「さっきはありがとう」とこそっとつぶやくと、表情が少し明るくなったような気がした。


「「いただきます」」

「いただきまーす」


 勇者として召喚されてから食事のたびにいつも言っていたため、気付いたら仲間たちも次第にいうようになっていた。イアは俺達が言っていることで自然と覚えていった。由来すら彼女は知らないはずだが。


「うま………」


 とっさに言葉が出る。魔王として討たれる前までしか食事をしていなかったことに気付く。身体もそのことすら忘れていたのか、突然ぐーっと大きな音が鳴る。


「ちょ………パパ………そんなに………」


 イアが笑い声を押さえながらいう。アイリは隣でずっとスープを飲んでいるのかと思ったが、スプーンを持っている手が震えていた。一気にスープを飲み干すと音は収まる。


「じゃあ買い出し行ってくるわ」


 貨幣が入った袋を空間魔法で作ったアイテムボックスから取り出す。するとアイリがちゃっかりと俺の隣にいた。背後に指さすと、使った皿やテーブルがいつの間にかキラキラと輝いていた。


「あ、いってらっしゃい」


 リビングからイアの声が聞こえそのまま、外へと出る。

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