第4話 欠片が離れぬうちに

 青い星の結星が心不全で亡くなったのは、二十五歳を迎えた晩のこと。

 両親は、急な娘の死を受け入れらなかった。

 「嘘よ。今まで心臓が悪いだなんて言われたことないもの…夢よ。これは、きっと悪い夢を見てるだけなんだわ」と、母親が赤く腫れた目で娘の亡骸を見つめ、その頬に手を遣り撫でながら声を掛け続けた。

 「ゆら、起きて。ほら、起きて。お願い眼を開けて…お願いだから」

 「もう、よさないか。ゆらが可哀想だ」と、父親の哀しみで沈む掠れた低い声が、現実を突きつけた。

 「あの時、テラと呼んだあの声が、連れ去ったんでしょう。返してよ。私達のゆらを、娘を」と、嗚咽しながら叫び母親が宙を睨みつけた。


 泉を通してみる青い星の娘の魂は、体から抜け出し泣きくれる両親の傍にいた。自身の死を理解しがたい様子で、「私は、ここにいる」と、一生懸命両親に訴えているが、その訴えは届くことなく両親の嗚咽だけが響く。


 直ぐにテラの魂を呼び戻すはずだったのだけど、どうしたものか。

 青い星の両親は娘を厳しく育てた。娘は、そんな両親の態度に自身への愛情を感じられないまま大人になってしまった。

 魂に小さなささくれが出来ている。

 両親の愛情を自分の死後に理解するのも皮肉なものだ。

 だが、このまま両親がどれほど自分を愛していたのかを知らないままに連れ帰るのは、良いことではないだろう。

 娘の魂がいるあちらの世界では、死後四十九日を迎えるまで魂は、その家にいるらしい。

 四十九日の日まで、魂を引き戻すのを待とう。

 魂の中の欠片も何んとか持ちこたえられそうだ。

 「私の欠片、テラから離れてはだめよ。もう少し頑張って」と、遠い世界に向け呟いた。

 傍に立っていた私の父が怪訝な顔をした。テラの魂の帰還のため、駆けつけてくれていた。

 「エスプリの考えもわかるが、危険なことだ。」

 「ええ、お父様。今まで以上に注意深く見守るわ。危なくなったら直ぐに呼び戻しますから」

 

 私は、テラの魂を迎える日まで聖なる泉の傍に立ち続け見守った。

 そして、ようやくその時が来た。

 あちらの世界では、読経という不思議なリズムの声を発していた。テラの魂は結星として両親の近くをうろうろとしているが、両親を含め誰にも見えてはいない。

 深呼吸をして両腕を大きく広げた。

 「聖なる欠片よ。我が娘の魂と共にこちらへ戻る時が来た」

 両手に光が集まり、その光を泉に移るテラの魂に向けた。

 テラの元まで眩しい光りの道ができ、こちらの世界としっかりと繋がった。

 テラの魂の中の欠片がその光に共鳴し光る。光と光が混ざり合い、ぐっと欠片が魂と共に光の道に引き寄せられた。

次の瞬間、

 「あっ…」

 欠片が魂から外れかけている。欠片の光がまるで蜘蛛の糸の様に伸び、わずかに魂に繋がっているだけとなってしまった。

 魂そのものは、あちらの世界の読経により開かれた別の道に導かれるように引っ張られている。

 「だめ、テラ。あなたは私の娘なのよ。こちらの世界に帰ってきて」

 叫びながらできる限りの力をその光に込めた。

 精霊王である父も両手を泉に向け力を放つ。

 いつもは静寂に包まれた旧宮殿の結界内には、強い風が吹き木々の葉がざわざわと揺れ、泉の水面が光の中で激しく波立った。

 泉を通し異世界を繋ぐ光の道は、竜巻の様に虹色の光を回転させ辺りをも染め上げた。

 

 どれほどの時間だったのだろうか。

 長くて短い時が経った。

 虹色の光が消えると、聖なる泉は元の姿を取り戻した。

 そして、結界で隠されたイマージュ帝国の旧宮殿内は、再びいつもと同じ静寂に包まれた。

 



 


 

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