第3話 別離

 イマージュ帝国建国後は、国の基盤を整えるために慌ただしい日々を送らざるおえなかった。

 だが、そのような中でも私たちは、愛を育み双子を儲けることができた。この世界では、父親の額の紋様が子供たちに受け継がれていく。だから、子供たちの額には、夫と同じ牡丹の花の紋様があった。

 ドレイクと同じ紫色の瞳を持つ息子と私にそっくりな碧色の瞳の娘。二人とも精霊である私とは異なり、父親と同じ人間としての肉体を持っていた。


 息子にはデレクという名を授けた。強靭な体と頭脳によってこの国を盤石なものとできるように、その体内に私の欠片を与えた。

 娘にはテラと名付け、同じく私の欠片を与えた。

 ただし、テラには与えた欠片の一部を身を護るために宝石にし、残りはその魂に宿した。そうすることで、魂そのものが私と結びつき肉体が滅んだ後も絆が保たれるから。宝石は装飾品として身に着けることでその身を守ることが出来る。

 

 子供たちは、すくすくと成長していった。

 いつしかデレクは、父であるドレイクよりも背が高くなり逞しく凛々しい青年となった。

 テラは、私と同じウエーブのかかった金髪の輝きが、その白い肌と女性らしいしなやかな体つきをより一層引き立てている。我が子ながら美しい娘へと成長した。

 幸福の中の時間は、とても早く過ぎていった。

 気が付けば愛する夫は年老い深い皺が刻まれていた。

 私だけが、変わらない。

 覚悟はしていたけれど、夫との別れが近づいていることを感じていた。


 「エスプリ、すまない。君に寂しい思いをさせるのは分かっていたのに…」

 ベッドに横たわる夫の声がかすれていた。

 夫の手を握りしめ夫の瞳を覗き込むと、変わらない姿の私が映っていた。確かに寂しい。でも、後悔はしていない。

 「ドレイク、なにを言っているの。私はあなたをずっと愛しているわ。だから、後悔なんてしない。あなたもでしょう」

 優しい眼差しで私を見つめながら夫が言った。

 「もちろんだ。エスプリ、愛している。私の愛おしい人、あ、り、が、と、う…」

 私に微笑みを向けながら夫は、死へと旅立っていった。

 そして、私は最後の口づけをした。

 夫の体内にあった私の欠片が戻ってきた。その欠片は、お日様の様に暖かかった。

 

 息子のデレクが二代目皇帝となり宮殿を古の森から移すことになった。

 私は、たった一人で旧宮殿に残り、邪気の池の封印である聖なる泉を見守ることにした。

 息子たちは、侍女や護衛の者を配置しようとしたが、私は拒否した。

 だって、不要だもの。精霊である私に人間の護衛はいらない。侍女も不要だわ。

 ただ、むやみに人が入らないように霧で結界だけは張った。

 時々その結界を揺らし訪れるものがあった。父である精霊王と私の欠片を受け継ぐ者たち。デレクやテラは孫を伴いよく訪れてくれた。

 しかし、人間の寿命は短く、いつしかこの場所を訪れる者はいなくなった。

 デレクに与えた私の欠片は、小さくなりながらその子孫へとその肉体を通して受け継がれていった。少しづつ肉体を離れた欠片は私の元へ戻った。

 テラに与えた欠片の一部で作った宝石は首飾りとして母から娘へと贈られていった。魂に宿した欠片は離れることなく私は娘を見守り続けた。

 長い時を娘の魂がこの世界しか知らないのは可哀想だと、旅をさせた。

 異世界への転生という旅。

 後に知ったことなのだが、異世界への転生には難点があった。

 異世界への転生は短期間での繰り返しになる。二十年から五十年という忙しない転生だ。

 また、短期間での転生を繰り返し千年を過ぎると、この世界へ娘の魂を呼び戻せなくなる。欠片の力が不安定になり最悪の場合、欠片が魂から離れてしまう。すると、短期間での転生のループから永遠に抜け出せなくなってしまう危険性があった。


 もともとテラの魂に欠片を与えたのは、私のエゴだった。一人残されるのは覚悟していると言いながらも、寂しかったから。

 可愛い娘には転生という名の旅をさせてやりたいというのも、私の勝手に他ならない。

 私は、自身の欲求を満たすだけの毒親なのかもしれない。

 

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