第2話 人間との婚姻

 イマージュ帝国が建立される前のこと。

 私にとっては、それなりの時間。人間にとっては、遥か昔のお話。

 当時この世界は人間の悪行が繰り返され混沌としていた。強者が弱者から何もかもを奪い虐げる。虐げられた人間は自らも悪意に侵され悪に手を染めるという負の連鎖にあった。

 そして、人間から生じた邪な気は邪鬼を生んだ。

 邪鬼は、悪意のある人間をたぶらかしより残忍な行動を起こさせ、清い自然のエネルギーさえもむしばむ。

 精霊王は、邪鬼から森を守るべく自らの力を使った。

 森へ足を踏み入れようとする邪鬼に憑りつかれた人間を迷わせ、入り込んでしまった邪鬼は浄化し、邪鬼により蝕まれた木々や澱んだ水を清めた。

 精霊王の娘である私も、父や他の精霊たちと共に行動した。

 そんなある日のこと。

 胸騒ぎがした私は、古の森近くにあるウルジルという村に急ぎ向かった。ウルジルには、私が懇意にしている人間達が暮らしていた。

 自然を敬い愛し共に慎ましく生きる人たち。

 私がウルジルに駆けつけると、邪鬼に憑りつかれた人間どもが村を襲っていた。

 私が光の矢を放ち邪鬼を浄化すると力を弱めた人間は、村の者たちによって追い払うことが出来た。

 だが、犠牲がなかったわけではなく息絶えた者も幾人かいた。皆、私の顔見知りの気の良い人間たちだった。

 私は、生存している者たちに手をかざし傷を癒していったが、その中に生死を彷徨う若者が一人いた。

 右肩から胸にかけ大きく深い刃傷。その傷からは大量の血がドクドクと流れ、布で圧迫しても止まる気配はなかった。顔色は白く息遣いは、浅かった。

 手で行うヒーリングでは、救えない。

 精霊王に相談する時間の猶予はなかった。

 私は迷ったが、その若者の命を繋ぎ留めたかった。

 覚悟を決め、そっとその若者に口づけをした。血の気の引いた彼の唇は冷たかった。私の欠片をほんの少し彼の中に注いだ。

 眼を開けた彼が私の顔を見上げ名を呼んだ。

 「エ・ス・プ・リ…」

 「ドレイク…」

 再び私たちは、優しいキスをした。

 この時初めて私は、人間であるドレイクを愛していることに気付いた。


 そのあとで、初めて父である精霊王の怒りの声を聞いた。

 「自分の欠片を与えるということは、どのようなことか分かっているのか」

 涙で潤む目を見開き答えた。

 「はい、分かっています。それでも、私は彼を救いたかったの」

 精霊が人間に欠片を与えると、その人間が亡くなり欠片が自身の元に戻ってくるまでその人間に寄り添わなければならない。

 その人間が精霊の欠片を宿したまま悪に侵されると、欠片も悪に染められてしまう。そうすると取り返しのつかない事態になる。

 だから、精霊は欠片を与えた人間が悪に染められぬように、その者の命ある限り寄り添う必要があった。

 

 私の欠片を宿したドレイクは、瞬く間に回復した。

 私はドレイクと共に邪鬼に取りつかれた人間たちから、清い人間たちを守るべく旅に出た。

 ドレイクは、私の欠片によって邪鬼を剣で払えるようになり旅を続けるうちその力を強め、いつしか勇者と呼ばれるようになった。

 だが、人間から生まれ出る邪鬼は限りなく多く、聖なる力の消耗が激しかった。私たちは、精霊王である父と相談した上での元である人間から生じたを集め古の森の奥深くの聖なる泉の下に封印した。

 聖なる泉の水が枯れたり濁らない限り封印が解かれることはない。

 だが、邪気の封印である聖なる泉を見守るものが、必要となった。

 精霊王の父が成すべきことは多く、他の精霊たちもそれぞれの領域を守らなければならなかった。

 そのような事から私がドレイクと共に聖なる泉の番人となるのは、必然であった。


 聖なる泉の番人をするうちに、二人の愛は更に深まっていった。

 「お父様、どうぞドレイクとの婚姻をお認め下さい」

 「な、何を言っておるのだ…」開いた口が塞がらず呆然と父が私を見た。そこには精霊王の威厳など微塵もなく、ただ単に娘を思う慌てふためく父親の姿があるだけだった。

 「ドレイクと新しい国を創ります。聖なる泉のこの場所に宮殿を建て、人間が平穏に暮らせる国を創りたいのです」

 「それなら、なにも婚姻せずともよいではないか。今までと同じで」

 「いいえ、お父様。私達は、愛し合っております。愛のある国を二人で築きたいのです」

 「何を言っているのかわからん。人間と婚姻するなど…我らからすると人間の命など一瞬の灯みたいなものだ」

 「理解しております。精霊の婚姻は一度きり。残された後の長い時のことも…それでも、今この時をドレイクと愛を育みたいの」

 幾度となく同じようなやり取りを繰り返したのち、ようやく父が折れた。

 「エスプリの頑固さには敵わん。ドレイクのことを嫌っているわけではないのだがな。寂しく長い時を過ごす覚悟が本当にあるのだな」と、父は肩を落としながら言った。


 ドレイクと私は婚姻と共にイマージュ帝国を建国し初代皇帝と皇后となった。ドレイクは国の基盤を創り私は聖なる泉を見守った。


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