自惚れと反省
「あまり変なことを想像させないでおくれ。娘が死体になる姿なんて考えただけで寒気がする」
「そりゃ失敬。でもそこまでしてアタイたちに警告を投げた理由はなんだ?」
「お前たちは物事を深く考えすぎる。というか、自惚れすぎているんじゃないのかえ」
母親の唐突な指摘に、リショーは不機嫌な表情を作った。
「なんだよ、自惚れって」
「カラクリを不可思議な現象だと思う連中にも共通することだけどね。物事というのは一つ一つを分離すれば極めて単純なんだよ。それをどう組み合わせるか、が複雑さを生み出すだけだ。なのに皆、その複雑な完成形だけ見るから本質を見ようともしない。難しい数式だって、根本にあるのは四則演算さ」
「だからアタイたちが何を自惚れてるっていうんだよ」
いつもの回りくどい例え話にリショーは口を尖らせる。しかしアリアが答えるより先にチサトが「あっ」と短い声を出した。
「もしかして私たちが神社に行ったから死体が置かれたのではなく、死体が置かれていたところに私たちが行った、ということですか?」
「どういうことだ?」
「つまりですね。私たちは今まで自分の行動を中心に考えていたので、神社に行ったことにより死体が現れたと思い込んでいたのです。ですが逆ならどうでしょう? だれかが死体を神社の電話室に放り込もうとしている時に私たちが来た」
「……ちょっと待て」
リショーは顎に指を掛けて考え込みながら、頭の中で情報を整理した。
「犯人は目撃者を殺して、電話室に隠そうとした。神社にはもう警察もいなかったしな。そこにアタイたちが来て電話室を使ったり、発見現場を見て回ったりした。犯人からすれば「邪魔」でしかない。だからこれ以上神社に留まったり、戻ってこないように電話を使って警告をした?」
「そういうことです。確かにアリア様の言うとおり、私たちは私たちの行動に自惚れすぎていたのかもしれません」
恥じるように頬に手を添えたチサトに対して、リショーは言い様のない怒りを胸中に抱えていた。あの時、右の電話室を開いていたなら、すぐにでも犯人を抑えることが出来たかもしれない。否、開かないにせよ気付いていたならば、もっとやり方はあった筈だった。探偵を名乗りながら、あまりに体たらくな己の様に歯噛みする。
しかしリショーは、それで反省して嘆くような女ではなかった。唇を真一文字に結び、眉間に皺を寄せて思考を巡らせる。電話室のことはもはや済んだ話である。いつまで拘ったところで、誰かが慰めたりしてくれるわけではない。ならば残った謎のことを考える方が有効だった。
「死体はなぜ運び込まれたか」
思考の一端が口から零れる。
「神社のどこかに隠していて、それを電話室に入れた。何のために? 普通なら隠すためだ。でもそれはおかしい」
「隠したいだけなら私たちに警告などしませんからねぇ」
チサトが天井辺りに視線を向けて呟く。
「つまり隠したいわけではなかった?」
「でも、晒したいなら鳥居の下にでも放り投げたほうがまだ世話がない」
いや、とリショーは口に出しながら右手の人差し指と親指で眉間を摘まんだ。自分で先ほど作った溝を伸ばすように動かす。あまり上品とはいえない仕草だったが、それを顧みる余裕はない。
自分たちは自惚れていた。それは認めても良いだろう、とリショーは素直に考える。その知見を得た今なら、あの死体の意味が変わる。最初は自分たちへの警告だと思った。だが実際の警告が電話だけだとすればどうだろうか。
死体はただ、そこにあったことになる。
「死体を電話室に入れることが重要だったのかもしれない」
「電話室に? 死体置き場には使えなさそうですけど」
チサトが不思議そうに首を傾げた。
「まぁ防音に優れてるからといって、防腐に効果があるとも思えないな。そうじゃなくて、死体が電話室にあることが犯人にとっては大事なことだったんだ」
「大事なこととは?」
「そこまではわからない」
あっさりとリショーが答えると、相手は肩すかしをくらったような表情をした。
「こういう時には、探偵さんが慧眼を発揮してくれるものではないのですか?」
「そんな都合のいい話があるか。アタイが持ってる都合のよさは、母親が花魁アリアだってことぐらいだよ」
だがリショーは自分の思いつきは悪くないと思っていた。ヨウガ・タツロウを殺した誰かは、その死体をわざわざ電話室に入れなければならない理由があった。
「そうだよ。ただ死体を入れるだけならアタイたちがいなくなるのを待ってからだっていいわけだ。でも犯人はそうしなかった」
途端に頭の中に散らばっていた思考が、まるで割れた陶器を復元するかのように組み合わさったような感覚がした。
「その時間に、あの電話室に死体を入れておくように誰かに頼まれたんだ。だからアタイたちを急いで追い出さなきゃいけなくなった」
「依頼殺人、ということでしょうか」
「まぁ新聞記者風に言えばそうだな。探偵風に言えば殺し屋だ」
死体は扉に背中をもたれるような形で入っていた。あの格好にするには死体を座らせてから扉を閉める必要があるが、死体というのは当たり前だが脱力している。素直に座ってくれるはずもない。その状態を保ったまま扉を閉めるのは至難の業である。
仰向けに倒れていたあの姿こそが、犯人が本来目的とした格好なのではないか。犯人は誰かに頼まれて死体をあの状態にしたうえで、電話をどこかにかけて報告する必要があったのかもしれない。それには誰かが神社を彷徨いていては台無しになる。
「殺し屋は死体をあぁして転がした状態で、あの電話室でどこかに連絡を取るように指示されていた。だからアタイたちに死体を見られようとも何の問題もなかったし、怯えて逃げてくれれば万々歳だったってことだ」
「殺し屋さん、ですか。確かにお仕事で殺人を請け負ったなら、決められた時間までに連絡をする義務などがあるかもしれませんね」
「義務とか言うなよ。途端に俗世じみてきやがる」
リショーは相手の中途半端に上品な言葉に辟易しつつ、短い髪を掻いた。
「ではなんと言いましょうか」
「何でもいいよ、別に。殺し屋について何か知らないか?」
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