発見と警告

 宣伝材料にしては少々お粗末な出来映えだが、恐らくは「早く刷れる」ことを売りにしているのだろう。生憎リショーは印刷業界にはあまり詳しくない。今この新聞紙を見てわかることは、遺体が麻袋の中で腰を少し屈めたような状態で入っていたということだけだった。その横には発見者の名前まで丁寧に印字されている。


「ヨウガ・タツロウ。作業員の名前か。こいつには会ったのか?」

「それが神経の細かい方だったようで、事件後にお仕事に出てこなくなったと」

「そりゃ結構だな。住まいはわかってるのか?」

「えぇ、一応。定住はしていません。ユウラクチョウの木賃宿で寝泊まりをしているとか」

「ちょっと遠いな。まぁ仕方ねぇか」


 リショーは紙を元通りに畳んだ。他にあまり重要なことは書いていなかったためである。本当にただただ早く新聞を発行するためなのだろうが、神社から遺体が見つかったと書けば終わるものを、ジンム天皇の歴史から始めている有様だった。図以外は役立たずと断じても良い。


「お会いになるのですか?」

「こういう時は目撃者や発見者に話を聞かないと始まらないだろ。大体、いつまでも二人で穴ぼこ見てる場合でもない」


 二人は再び茣蓙を捲って参道に戻ると、鳥居の方へと歩き出した。しかし、途中でチサトが立ち止まる。


「どうした?」

「何か聞こえませんか?」


 そう言われてリショーが耳を澄ますと、鈴を擦り合わせるような音が聞こえた。それは電話の呼び出し音のようだった。


「電話室の電話が鳴ってるのか?」

「おかしいですね。もしかして神社の方が連絡先にあの電話の番号を使っているのでしょうか?」

「馬鹿言うなよ。神聖なる神社に参拝してるときに、神社宛の借金の返済催促の電話が掛かってきたら興ざめだろうが」


 音は並んだ電話室のうち、左側から聞こえていた。リショーが使っていた方である。閉ざされた扉に手をかけて勢いよく引くと、突然何か重たいものが転がり出た。リショーはそれが何かを理解するのに一瞬時間がかかった。黒々とした頭。日に焼けた肌。それにも関わらず生気のない色。

 それは一人の男の肉体だった。着ているものから土木工事に関係する職についているとなんとなくわかる。目を閉じて口を閉ざしているが、寝ているわけではないことは明らかだった。生きている人間なら不自然としか思えない格好で、下半身を電話室に残し、上半身を少し捻った状態で地面に預けている。


「な……っ」


 思わず絶句するが、電話機はそれを許さないかのように鳴り続ける。どうするべきかと悩んでいると、チサトが少し震える声で言った。


「お電話を取った方がよろしいのでは」

「でも」

「この方は私が確認します」


 チサトが男の傍に屈み込むのを見て、リショーは腹を括った。いつまでもここで呆けた顔をしていても仕方がないのは明らかだった。羽織の左袖からハンカチーフを取り出し、それを使って受話器を直接触れないようにしながら持ち上げる。


「もしもし」


 お決まりの言葉をかけるが、何も返事はなかった。それにリショーは気分を害し、少し強い口調で続ける。


「間違い電話なら切るぞ。こっちはそれどころじゃ……」

『手を引け』


 男とも女ともわからない掠れた声が聞こえた。


「何?」

『お前たちは邪魔だ』


 それだけ言って電話が切れた。リショーはかけ直そうとしたが、そもそも相手の番号すらわからないことに気がついて苦い表情になる。


「リショーさん」


 しゃがみ込んでいたチサトが口を開いた。レースの手袋を嵌めた手は、男が着ているツギだらけのシャツの襟を引っ張るようにして裏側を見せている。そこには手のひらで隠れるほどの小さな布が当てられていて、赤い糸で名前が縫い込まれていた。


「この方、ヨウガ・タツロウさんです」

「……嘘だろ」


 今から会いに行こうとしていた人間が、電話室の中から死体となって出てきたという事実にリショーは唖然とした。


「そちらの電話は?」

「切れたよ。何か布でも当てて喋ってたのかな。ガラガラした変な声だった。手を引け、お前たちは邪魔だ、とか言ってすぐ切っちまったよ」

「……邪魔?」


 チサトは立ち上がると、指を顎にかけて考え込む。


「この事件を調べられては困る方がいるということでしょうか」

「そうだろうな。ご丁寧に死体まで用意して。大体、いつの間に……」

「リショーさん、それどころではありません」


 何か思いついたように、チサトは丸い目を見開いてリショーの肩を掴んだ。勢いづいているためか、まるで肩を思い切り叩かれたような衝撃が加わる。


「なんだよ」

「お相手は私たちが二人で此処にいることを知って、お電話を掛けてきたんですよ。そして私たちを邪魔だと。いつまでも此処にいたら危険です」

「危険? アタイたちもこいつと同じようになるってことか?」

「違います。それよりも厄介な……」


 階段のほうから数人の足音が聞こえた。リショーは相手が何を言いたかったのかを瞬時に悟った。


「そうか。死体の通報を警察に……。このままだとアタイたちが犯人になっちまう」

「そういうことです。早く退散いたしましょう」


 リショーは頷きながら頭を回転させる。ただ逃げるだけでは芸がない。今起きた出来事をどこかで整理する必要があった。


「逃げるついでに行きたいところがある。いいか?」

「どちらに?」

「あんたが行きたがってたところだよ」


 足音はすぐ近くまで来ていた。リショーは説明を後回しにして、神社の奥の方へと走り出す。頭の中では、厄介なことになったと毒づきながらも、口元は久々の探偵らしい仕事に笑みの形を作っていた。

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