電話と情報
『二件・以上の・メッセヱジが・あります』
「再生してくれ」
カラクリには短い言葉で話しかけるのが決まりである。わかりづらい回りくどい言葉は命令として処理されない。
二件の伝言は、どちらも大したものではなかった。一件は知り合いからの遊びの誘い。もう一件は借りているビルヂングの定期清掃の知らせだった。それでも今日は連絡が多かったと言えるだろう。個人で、しかも女がやっている探偵事務所への依頼など月に数えるほどしかない。チサトの手前、見栄を張って入ったものの、用事はすぐに済んでしまった。かといってすぐ出てしまうのも癪で、リショーはそのまま少し考え込む。やがてチサトから貰った名刺を取り出すと、受話器に向かって話しかけた。
「公共記録を閲覧」
『閲覧・開始しま・す・大項目を次・からーー』
「新聞社」
『新聞社を閲覧。名称・をーー』
「皇都新聞」
『皇都新聞・を・皇都新聞社・に変換。閲覧』
「在籍名簿から、「サトウ・チサト」を検索」
『一件・あり・ました。サトウ・チサト。生誕・は』
リショーは受話器を置いた。在籍していることを確認できれば十分だった。別にチサトのことを疑っているわけではないが、念には念を入れるのが探偵としての在り方である。それに毎年安くもない契約金を払って、公共記録閲覧権を手に入れているのだから使わなければ勿体ない。
電話室を出ると、チサトがそこで待っていた。リショーを見て口角を少し持ち上げる。
「お仕事の依頼、沢山ありました?」
「あぁ、おかげさまで」
嫌味なのか純粋な疑問なのかわからない相手の問いには曖昧に返す。
「神社に置いておくには勿体ないほど、良い電話機だ」
「あら、どうして勿体ないんですか?」
「神社での最大の話し相手は神様だろうが」
リショーはそのまま視線を参道の先に向けた。本来なら神社の建物が見れるはずであるが、代わりに竹竿と茣蓙で出来た目隠しがある。その周りにツルハシやら縄の束やらが置かれていたが、暫く誰も触った痕跡がなかった。
「現場はこの先か?」
「はい、そうです」
「あの茣蓙は」
「工事用の囲いです。そのまま今は現場保存に使われているようですね」
チサトは話しながら参道を歩き出す。
「警官は引き揚げたようですし、中にお邪魔しましょう」
「勝手に入って怒られないか?」
「見つかった時は逢瀬の真似事でもすれば十分です」
「アタイにそんな趣味はねぇよ……」
呆れて溜息をつくリショーを無視するように、チサトは茣蓙の一辺をまるで飲み屋の暖簾のようにめくりあげて中へ入ってしまった。リショーは一瞬悩んだものの、ここに立ち尽くしているのを誰かに見られるほうが恥ずかしいような気がして慌てて後を追う。
茣蓙の奥にあったのは予想通りではあるが神社の社があった。観音開きの木枠の扉は開かないように閂と鍵でしっかりと施錠され、他にも壊れやすそうな装飾品は油紙で包まれている。神社の下には土台を支えるために設置された真新しい木組みと、大きな穴が広がっていた。
「ここを掘っている最中に、死体を発見したそうです」
「どのあたりだ?」
社の真下に大きな穴が一つ。それを取り囲むように小さな穴が四つ掘られている。大雨でも降れば、社が穴の中に崩れ落ちてしまうのではないか。そんな不安を抱かせた。
「大きな穴のところです。流石にもう遺体はないようですね」
「見つけたのは土木作業員か」
「えぇ。ただ見つけた時には遺体だとはわからなかったそうです。何しろ麻袋に包まれていたようですから」
「で、中を開いた?」
「まぁ神社の社の下から大きな袋が出てきたら、思わず中を覗いてしまいますものね」
訳知り顔でチサトは言った。
「私もよくお仕事で覚えがあります」
「どういう袋かは聞かないでおくよ。ここに死体がねぇ」
リショーは社に近付くと男がするように膝を広げてしゃがみこんだ。それを見たチサトが「あら」と呟く。
「大胆ですわね」
「アタイがお上品な淑女だと思ってたんなら、ブンヤなんかとっとと辞めるんだな」
明かりがほとんど差し込まないため、どこまでが穴なのかわかりづらい。おそらく作業中には蝋燭などの明かりを用いていたのだろう。ほんのわずかに蝋の香りが鼻をつく。
流石に穴の中まで入り込むのは難しそうだった。入ることだけは出来るだろうが、服を泥だらけにするのは避けたい。一張羅のワンピースを泥だらけにしたら、明日は浴衣か何かで過ごす羽目になる。
「何か見つかりまして?」
「遺体はどういう状態で見つかったんだ?」
「ですから麻袋に入って……」
違う、とリショーは眉を寄せて言葉を遮った。
「死体の格好だよ。屈んでいたとか直立状態だったとか、色々あるだろ」
「あぁ、なるほど。それでしたら、記事を読んだほうが早いかと」
チサトは懐から四つ折りの新聞紙を取り出してリショーに差し出した。
「……こういうものがあるならさっさと出せ」
「失念していました。何しろそれ、ウチの新聞ではないもので」
涼しい顔で言う相手にリショーは文句すら出なかった。基本的に探偵業とは相手の動向を観察し、そして不自然な箇所に対して揺さぶりをかけることで真実を導き出す。だがチサトにはその手法があまり通用しないように思われた。抜けているようでしっかりしていて、しっかりしているようで抜けている。しかもそれが無秩序に現れるものだから、未だにリショーはチサトの性格というか性質が読めなかった。
気を取り直して四つ折りの紙を広げると、あまり上等でない印刷機で刷ったのであろう、がたついた活字と掠れた線で出来た絵が目に飛び込んできた。
「新世界新聞? 聞いたことないな」
「速報新聞です。要するに正確性や話題性は二の次で、何か事件が起きたら速攻で新聞を刷ってしまう会社のことでして」
「新聞ってそんなに簡単に刷れるのかよ」
「普通は時間がかかりますが、新世界新聞は印刷所に属する新聞社なのです。記者は毎日皇都を駆け回り、事件があればカラクリを使って会社に記事の骨子を伝える。会社はその骨子に肉付けをして、すぐに印刷所に回すわけです」
リショーはそれを聞いて眉を寄せた。
「裏付けとかはしないのか。随分無責任な新聞社だな。そんなんで儲かるのかよ」
「それなりには儲かっているのではないでしょうか。シオザキ印刷としては、新聞そのものが自社の宣伝になると思っているでしょうし」
「あぁ、シオザキ財閥系列ってことか。あそこは酔狂なことばかりやるからな。いつか、お堀でサーカスでも始めるんじゃないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます