霧立ち込める
江戸文 灰斗
純粋な黒
藻掻いていた。大気中を藻掻いていた。両脚にかかる重力は刻一刻と強さを増していき私の歩みを止めんとする。霧の立ち込める世界の息苦しさが考えるための酸素を奪う。
私は形のない手に阻まれ、喘ぎながら天を見上げた。
霧の向こうに煌めきが見えた。小指の先よりもはるかに小さな光だった。
息を大きくひとつ吐いた。やはりこの意地悪な世界は美しい。
疲労が段々と蓄積していくのを感じた。顎から滴るこの雫は汗なのか霧が集合した末の露なのか。
帰ってしまおうか。そう思う度に脳裏にフラッシュバックする。私はにやりとした。これが夢じゃなかったらよかったのに、と。
昔から空が好きだった。入道雲からひこうき雲まで、空を覆い尽くすあらゆるが私には宝石よりも価値あるものに思えた。暇さえあれば空を見上げ、その果てしない蒼に無限を思い浮かべた。
いま私の上にいるのは黒だ。混じりっけのない真黒だ。私は夜を知らなかった。太陽の偉大さを知らなかった。私はそんな空に一番近い場所へ行かなければならないという気持ちに駆られていた。
濃霧越しに坊主頭のような山頂が見えた。私はそこに向かって最後の力を振り絞った。上を見る余裕なんてない、前すら見られない、暗い土を睨めつけながら一歩一歩足跡を刻んだ。
ふと、脚にかかる重みが消えた。やっと山頂についた事を知る。息を吸いきる前に吐き出して苦しい。
水面から顔を出すように顔をあげた。そこは太陽の気配を感じない。怖いくらいに純粋な真黒だった。
霧立ち込める 江戸文 灰斗 @jekyll-hyde
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