婚約破棄された娘の結婚相手を探しただけなのに
甘い秋空
一話完結 夫人、それは娘さんが言うセリフですよね
** 01.娘の婚約破棄 **
「僕は、マンハッタン伯爵家チェリー嬢との婚約を破棄する」
王宮での夜会で、栗毛の第一王子が宣言しました。
朱色の軍服、金色のボタン、青色のサッシュ、勲章を付け、低めのステージから見下ろしています。
相手のチェリーは、私の一人娘です。
まだ15歳で、デビュタントを済ませたばかりの可愛い娘です。
私の伯爵家は、今は喪に服していることから、ドレスやアクセサリーは質素にしていますが、それが、逆に娘の美しさを演出しています。
この色ボケ王子が「銀髪で顔も美しい令嬢を僕の婚約者にする」なんて言ったのは、先日のことでしょ!
「なぜですか、第一王子様!」
「へ? マンハッタン伯爵家のオリーブ夫人、それは娘さんが言うセリフですよね」
色ボケ王子が困惑しています。
私としたことが、少し頭に血が上ってしまいました。
私は、チェリーの母であり、未亡人のオリーブです。
夫人と呼ばれましたが、33歳になったばかりの、銀髪の、まだまだ美貌が残る元令嬢です。
「お母さま。第一王子様から部屋に来いと言われて、私が断ったのが原因です」
娘が、小声で教えてくれました。
この色ボケ王子が! 令息令嬢保護条例で、16歳未満に手を出すのは禁止されているだろうが。
「今日から、僕の婚約者は」
色ボケ王子は、上着の内ポケットから、名刺を一枚取り出し、令嬢の名前を読み上げました。
この王国では、ダンスを踊った後、名刺を交換するのが流行になっています。
名刺の表には、家紋と当主の名前が書いてあります。
そして、裏に小さく自分の名前やメッセージを書くのが、今の流行です。
「はい、私です」
良く言えば色気たっぷりの、悪く言えば肌の露出の多い令嬢が、色ボケ王子の横に立ち、腕を組みました。
「僕は、この令嬢との婚約を宣言する」
こんなやりたい放題のヤツが、王太子候補だなんて、王国の滅亡が迫っていると、恐怖を感じます。
娘と同級生の第二王子の方が、100倍マシです。
なんなら、娼館遊びで有名な王弟殿下でも、10倍マシです。
でも、今は、娘の新しい婚約者を探すのが先決です。
当主を失った伯爵家は、喪が明けたらすぐに、次期当主を報告する義務があります。
もしも、家督を継ぐ者がいない場合、その伯爵家は、取り潰しになり、夫人や子供たちは、路頭に迷います。
** 02.娘の婿探し **
「伯爵様、ご子息を紹介して頂けませんか」
近くにいた伯爵に声をかけます。
「オリーブ夫人、当家の息子たちには、既に婚約者が決まっておりますので、またの機会にお願いします」
断られました。
娘は若くて美人なのですが、実は、私の伯爵家は金欠なのです。
亡くなった夫の功績で、男爵家から伯爵家へ二階級特進しました。
でも、新しい領地をもらえたわけではなく、領地からの税収は男爵家のままで少ないのに、出費は伯爵家レベルにハネ上がり、金欠になっています。
さらには、爵位を拝命した夫は亡くなっており、家督を継ぐ者を探さないと、当家は取り潰され、私と娘は路頭に迷う運命です。
令嬢の婚活は、まさに命がけなのです。
「男爵様、ご子息を紹介して頂けませんか」
なりふり構わず、声をかけます。
「当家は、第一王子様の婚約者だった令嬢は……勘弁してください」
逃げられました。
第一王子から婚約破棄された令嬢は、評判がガタ落ちします。例え、手が付けられていなくてもです。
最近は、毎日のように犠牲になる令嬢が出ています。
でも、色ボケ王子と腕を組んで、会場を出ていくあのお色気令嬢のように、“第一王子の婚約者だった”というステータスが欲しい令嬢もいます。
夜に浮かぶ半月が、悔し涙で、滲んでいます。
** 03.娘と第二王子 **
「こうなったら、だましてでも、婿を見つけます」
これは、私の決意表明です。横に立つ娘は、あきれています。
「オリーブ、そんな事は、口に出して言うな」
突然、後ろから男性の声が聞こえました。
振り向くと、黒髪のイケメン、国王陛下の弟である王弟殿下が立っていました。
娘と一緒にカーテシーをとり、挨拶します。
「学園時代と比べると、ずいぶんと礼儀正しくなったもんだな」
彼と私は、学園の同級生で、同じサークルの仲間でした。私と夫は、そのサークルで知り合いました。
「王弟殿下のように娼館遊びばかりしている男性よりは、成長いたしました」
彼は、覇権争いを防ぐため、意図して独身を貫いていることを、私は知っています。
「アイツを俺の遊びに付き合わせたのは悪かった。もう勘弁してくれ」
「遊び程度に怒りませんよ」
私は、笑って流します。
王弟殿下が、男爵であった夫の労をねぎらって、遊びに誘ってくれたことに、感謝しています。
夫は、国王陛下の護衛兵であり、国王の贅沢三昧な振る舞いに、心労が溜まっていました。
「王弟殿下、娘に令息を紹介して頂けませんか」
彼に、子供がいないことは知っています。
「第一王子の件は、すまなかった。色ボケ王子には、俺も、ほとほと困っている」
「王弟殿下は、ご自分がエロ親父と呼ばれていること、ご存じではないのですか?」
「俺は外で遊ぶだけだが、色ボケは内部、次元がまったく違う」
そんなこと、私の娘の前で、胸を張って言われても、困ります。
「ジン、ちょうど良かった。この令嬢と踊ってくれ」
王弟殿下が、近くにいた第二王子を呼びました。
「どうしました、ベルモット様」
第二王子も黒髪です。
王族同士なので、名前で呼び合っています。
「チェリー嬢とは同級生だろ。一曲ダンスしてこい」
「はい、喜んで」
第二王子は、意外と素直に応じました。
娘と二人、会場の中央へと向かいます。
「ジンは、友好国との政略結婚に使う道具だ。貴族たちは、それを知っているから、令嬢は誰も興味を示さない。可哀そうなヤツだ」
「そうは言いますが、当家では婿が欲しいのです。第二王子様は、条件から外れています」
「まぁ、練習だと思ってくれ」
そうですね。娘も、誘ってくれる相手がいないので、夜会でのダンスは久しぶりかもしれません。
「意外に、二人ともダンスが上手いな」
「そうですね、意外にお似合いのカップルですね」
王弟殿下と並んで、二人のダンスを眺めます。
「いい雰囲気ですね」
「どうだ、このまま二人を結ばせるか?」
「婿をもらわないと、私たちは路頭に迷うのですよ。どうだと言われても、困ります」
彼の冗談を受け流しました。
学生時代、まだ男爵家だった私は、王族とのダンスなんて、考えられませんでした。
でも、夫によって、伯爵家となった今の私は、王族とのダンスが可能となっています。
貴方は、今の私をダンスに誘っては、くれないのですね。
「そうだな、困ったときは俺に連絡をよこせ」
王弟殿下が、名刺を出してきました。
「ありがとうございます」
私も、名刺を出して、交換します。
第二王子と娘も、結ばれない仲だと分かっていて、名刺を交換しています。
この時、この名刺交換は社交辞令だと思っていました。
** 04.反乱軍 **
「チェリー、土曜日だけど、お母さんは仕事に行くから、夜会で頂いた名刺の方に、ちゃんと、お礼の手紙を書いておくのよ」
娘に今日やるべきことを指示します。
「頂いた名刺は、第二王子様の1枚だけよ。月曜日に、学園で会うから、手紙は必要無いわ」
1枚! はぁ~、当家の存続は、風前の灯火です。
◇
私は、仕事先である王宮、王妃の寝室に入ります。
「おはようございます、王妃様」
仕事は、当家が男爵だった時代から働いている“王妃の侍女”です。
職種を聞いただけなら、最高クラスの仕事だと思うでしょう。
「うるさい侍女ね。私は、昨夜の夜会で疲れているの、もっと寝る」
「本日は、貴族院との食事会が、組まれています」
でも、実際は、気の強い王妃と、貴族との調整が役目であり、王妃からは怒られ、貴族からも突き上げられ、心が擦り切れる毎日です。
「うるさい、体調が悪いって言いなさい!」
「承知しました」
寝室を出て、貴族院の議長の執務室に向かいます。
陰では「夫人や令嬢は、働いたら負け組」と囁かれていますが、私が働かないと食えないのです。
「あの事件以来、反乱軍の動きが静かですね」
「そうですよね、何か企んでいるのかしら」
廊下で、侍女たちが情報を交換していました。
この王国は、今の国王陛下に変わってから、政情が不安定です。時々、暴動が起きるまでになっています。
そんな政情なのに、王族の豊かな暮らしのためだと増税したため、ついに反乱軍が決起したのです。
そして、襲われた国王陛下を逃がした夫が、殉職しました。
秘密ですが、葬儀の後、反乱軍のリーダーが、あれは事故だったと、私へ謝罪しに来ました。
謝られても、夫は帰って来ません。私と一緒に、反乱軍も喪に服すとの、約束を交わし、今に至ります。
反乱の際、第一王子の婚約者も亡くなりましたが、原因は、なぜか毒でした。
もうすぐ、夫の喪が明けます。
** 05.お色気令嬢も婚約破棄 **
「聖女様が、王宮にいらっしゃるそうです」
朝から、侍女たちの間で噂が広がっています。
聖女の素質がある令嬢が、日曜日の礼拝の後に、国王陛下へ挨拶に来るのです。
「僕は、お前との婚約を破棄する」
第一王子が、王宮の廊下で、なにか騒いでいます。
「なぜですか」
あのお色気令嬢も、騒いでいます。
「僕は、聖女様と結婚するからだ」
あ~、よくあるパターンですね。
「ひどいです」
泣きマネをしながら、お色気令嬢が走り去りました。
あ~、よくあるパターン……ん?
あれ、お色気令嬢が手に大きな袋を持っています。
「待って下さい、中身を確認させて下さい」
後ろから、王子の従者が追いかけていきます。
その従者は、当家と同じく、金欠で苦労している男爵家の方です。
彼は最近、妹を無くしたと聞いていますが、彼を、娘の婿に……いや、今は仕事中です。
** 06.聖女が王宮にやって来た **
午後になって、聖女様が到着しました。国王陛下と王妃、そして第一王子が謁見の間に着席し、準備完了です。
私も、侍女として、壁際に控えます。
第一王子が、期待満々という目をしています。
「聖女様の素質をお持ちの令嬢がいらっしゃいました」
「入室を許可する」
侍従長が扉を開くと、美しい女性が入ってきます。
「聖女を僕の花嫁とする」
第一王子が立ち上がって宣言しました。
「あれ?」
女性は、赤ちゃんを抱いています。
「その子が、聖女の素質を持って生まれた赤ちゃんですか?」
王妃が、落ち着いて確認します。
「赤ちゃんか!」
第一王子が座り込みました。15年先まで待てないようです。
内ポケットから、名刺を取り出して、物色し始めました。気持ちの切り替えは、早いです。
私は、赤ちゃんの光魔法の素質のレベルを、密かに見極めます。
確かに光魔法を有していますが、普通レベルです。
娘のチェリーの方が、赤ちゃんよりも強い素質を持っています。でも、私に比べたら、娘も、まだまだのレベルです。
本物の聖女様は、どこにいるのでしょうか?
** 07.妹に盗られた婚約破棄 **
「僕は、お前との婚約を破棄する」
第一王子が、王宮の廊下で、また騒いでいます。
「なぜですか」
今朝、婚約破棄された令嬢は、まぁまぁの美人です。
「お姉さま、負けを認めたらどうですか」
まぁまぁの可愛い令嬢が現れました。
「なぜ貴女が」
「妹の私の方が、可愛いということよ」
はぁ~、妹が姉の婚約者を盗るパターンですね。
泣きマネをしながら、姉の令嬢が走り去りました。手には、大きな袋を持っています。
「待って下さい、中身を確認させて下さい」
後ろから、王子の従者が追いかけていきます。
** 08.教会での小銭稼ぎ **
今日は、王宮からの帰りに、街の教会に寄る日です。
教会の裏側に、娼館があるので、王弟陛下が遊びに出る日に合わせ、私も街に出ます。その日は、街の治安が良いからです。
伯爵家の馬車の中で、平民の服に着替えました。顔は、ベールで軽く隠します。
「これは、ずいぶんと患者さんが多いですね」
教会の扉を開けると、長椅子が病人で埋まっていました。
一人ひとり、光魔法で治癒して回ります。費用は無料じゃありませんが、薬代よりは、ずっと安い金額に設定しています。
私の伯爵家は、金欠なので、小遣い稼ぎです。
なお、街の教会の神父様は、反乱軍のリーダーに、よく似ています。
今日は人数が多かったので、教会を出ると、少し暗くなっていました。
馬車との待ち合わせ場所に急ぎます。慌てていたため、道の角で、誰かにぶつかりました。
「あ、申し訳ありません」
「いや、貴女にケガはありませんか?」
「「え?」」
「オリーブ」
「ベルモット君」
なんと、ぶつかった相手は、平民の服を着た王弟殿下でした。
少し離れた角で、影が動きました。たぶん、護衛兵です。私だと分かるよう、ベールを一瞬上げて、銀髪と顔を見せます。
「こんな遅く、女性一人じゃ危険だろ、送っていくよ」
彼は、ワルぶっていますが、実は心優しいジェントルマンです。学生時代から変わっていません。
「自分に身体強化の魔法をかけているので、私は何かあっても逃げきれますよ」
「そうか、学園時代の仲間で、身体強化の魔法をマスターしたのは、俺とオリーブ、そしてアイツだけだったな」
「そうですね、でも、身体強化しても、最後尾を護って、後ろから刺されては……」
不覚です。ずっとこらえていた涙が……
「すまなかった……」
黄昏時、ベルモット君が、軽く抱きしめてくれました。
彼に、馬車まで送っていただきました。
「よぉ、じいさん、久しぶりだな。奥様を、ちゃんと送り届けてくれよ」
御者さんとは、昔の遊び仲間だったようです。
** 09.可愛いよりも巨乳 **
「僕は、お前との婚約を破棄する」
第一王子が、王宮の廊下で、今日も騒いでいます。
「なぜですか」
昨日の可愛い妹さんが、声を荒げました。
「見て解るだろ、新しい婚約者を!」
第一王子の横に立つのは、一目でわかる巨乳です。
こんなクズ王子を見ていると、王弟殿下の娼館遊びが、まともに見えてきますから、不思議なものです。
可愛い妹さんは、泣きマネをしながら、手に大きな袋を持って走り去りました。
「待って下さい、中身を確認させて下さい」
後ろから、王子の従者が追いかけていきます。
あ~、またこのパターン……
「ん?」
新しい婚約者の、巨乳の揺れ方が不自然です。
そうでしたか、ピンときました。この巨乳令嬢は、持って三日だと予想します。
「なんだこれは? 婚約は破棄だ!」
第一王子が驚きの声を上げます。あらま、もう、巨乳を触ったのですか!
胸の詰め物に、気が付いたようで、速攻で婚約破棄しました。
予想を上回り、3分すら、持ちませんでした。
** 10.真実の愛は王子を狂わす **
「素晴らしい! 僕は、真実の愛に出会った。この美人騎士を婚約者にする」
また、第一王子の病気です。王宮の廊下ですれ違っただけの、赤いリップを付けた美人騎士を、婚約者だと宣言しました。
今日は、内ポケットの名刺も見ないです。これは重症ですね。
「第一王子様、見染めていただき光栄です。私は、身も心も男性ですが、女装が趣味なので、大丈夫です」
何が大丈夫なのかわかりませんが、美人騎士が、第一王子にキスを迫っています。あっ!
「……僕が間違っていた。婚約は破棄だ」
唇に赤いリップを付けた第一王子が、弱弱しい声で、宣言します。
なんと、クズ王子が、自分の間違いを認めました。
この発見を王妃に報告したい所ですが、今、国王陛下と王妃は、突然の病に倒れ、危篤状態です。
** 11.国王陛下と王妃の逝去 **
午後に、恐れていたことが起こりました。国王陛下と王妃が、息を引き取ったのです。
国王陛下の寝室に、王妃を移し、最後は二人並んで休ませます。
王弟殿下、第一王子、第二王子が集まり、今後を相談しています。
私たち侍女は、花で二人を飾ったりと、忙しく手を動かしながら、王族からの指示を待ちます。
「父は、引き出しの中に、遺言書を用意していました」
第一王子が話しました。
王弟殿下が引き出しを確認し、手紙を手にします。
「ん?」
封蝋に違和感があるようですが、開封しました。
「第一王子を国王に指名する内容だ」
王弟殿下は感情を出さず、読み上げました。
おかしいです。遺言書は、法に基づいて、貴族院に預けるのが決まりです。
おかしい点は、まだあります。従者・侍女の情報網で飛び交う話をつなぎ合わせてます。
その結果、第一王子と王妃は秘密裏に通じており、国王陛下がそれに気づいたという衝撃の推理が、浮かびあがります。
ということは……まぁ、王族なんて、なんでもアリですから。
だれが何をしようと、私が“王妃の侍女”という職を失う現実に、変わりはありません。もう、夫が残してくれた伯爵家は、終わりです。
一段落して、廊下で飾り付けをしていると、第一王子が扉を開けて出てきました。
私に気が付き、名刺を手渡してきました。
「美しいご婦人だ。今晩、僕の部屋に来なさい」
自分の両親が亡くなったのですよ! なにを考えているんだ、この色ボケ王子は。
たまたま近くを通りかかった、未亡人のメイドおばちゃんに、事情を話して、名刺を差し上げました。
おばちゃんはノリノリで、第一王子に、ざまぁを仕掛けるそうです。
** 12.おばちゃんの功績 **
今朝、私の伯爵家の喪が明けました。しかし、娘の婿は、探し出せませんでした。
「オリーブ様、ご褒美を代わって下さり、ありがとうございました」
王宮の廊下で、昨日の未亡人のメイドおばちゃんに偶然に会い、なぜか、お礼を言われました。
「え? まさか、朝まで……」
第一王子は、朝になって、相手がおばちゃんだと気が付いたそうですが、予想に反し、ざまぁは、起こらなかったそうです。
「今夜も逢いたいと言われたけど、若いだけの男なんて、ダメだね」
メイドおばちゃんは、豪快に笑います。
おばちゃんも、手に大きな袋を持っています。
「待って下さい、中身を確認させて下さい」
王子の従者が追いかけてきました。
袋の中身は、たくさんの金目の物です。
その中に、装飾された小さな箱がありました。
「これは何でしょうか?」
見たことのない品です。
私はそれを手に取り、ふたを開けます。
中には、薬を包んだ紙が、いくつか入っています。
「おばちゃん、大きな袋の方は全てあげますので、第一王子様との事は誰にも言ってはダメですよ」
おばちゃんに口止めして、帰します。
「従者様、鑑定の魔法を使える方、そして王弟殿下、第二王子様を呼んできてください。これは事件です」
困惑している従者に、私はお願いしました。
** 13.断罪 **
鑑定の結果、薬を包んだ紙の中身は、やはり毒でした。
第一王子を呼んで追求すると、この毒を、両親と、婚約者だった令嬢に使ったことを認めました。
「仕方ないだろ」
犯行理由は、盗み見た国王陛下の遺言書に、第二王子を国王にすると書いてあったからだそうです。
あの時開いた遺言書は、やはり偽物でした。
第一王子は、そのまま投獄されましたが、すぐに胸を刺され、絶命しました。
反乱軍の犯行らしいです。
でも、私は知っています。刺した剣が、王子の従者のものであること。従者は、なぜか毒で亡くなった、あの令嬢の兄であることを……
彼は、その日の午後、王宮の仕事を辞め、領地に帰りました。腕に、白い布で包まれた小さな箱を抱きながら……
** 14.娘の婚約と私 **
もう夜になりかけているのに、また、国王陛下の寝室に集められました。
花に埋もれたベッドの前に、王弟陛下のベルモット様、第二王子のジン様、貴族院の議長、そしてなぜか私と娘のチェリー……
私たちは、伯爵家の取り潰しまで、もう時間がない状況なので、王族のゴタゴタに、もう巻き込まないで欲しいというのが本音です。
今は、娘の婿が欲しいのです。いえ、こうなったら、せめて娘だけでも、嫁ぎ先が欲しいのです。
貴族院の議長が、国王陛下の、本物の遺言書を開封しました。
「第二王子様を、国王に指名する内容です」
議長が、読み上げました。
第一王子が盗み見た内容と同じです。
「早速だが、新国王のジン。今回の事件を、どう国民に知らせる?」
王弟殿下が、新しい国王に問いかけます。
「事件の全てを、真実を公表します。国を建て直すために、ウソで塗り固めることは、もう終わりにします」
新しい国王の決意がうかがえます。
「あの~、先ほどの遺言書を、ちゃんと聞いていましたか?」
議長が、申し訳なさそうに言ってきました。
「「え?」」
二人とも、何のことかわかっていないようです。
これは、二人とも、ちゃんと聞いていませんでしたね。
「遺言書には、ご結婚されたら国王にするとの条件が書かれていること、私、読み上げましたよね」
議長は呆れています。
「よし! ジン、すぐに結婚しろ。交換した名刺から、今すぐ令嬢を選べ」
ベルモット君が、無茶ぶりしました。
「交換した名刺は」
新国王が、上着の内ポケットから、名刺を一枚取り出します。
「この一枚だけです」
「たった一枚だけなのか! その令嬢は誰だ」
なんだか、ベルモット君は芝居じみていませんか?
「マンハッタン伯爵家、チェリー嬢です」
新国王は恥ずかしそうに読み上げました。
娘の顔も、真っ赤になっています。
これは、ベルモット君に一本取られたようです。
「ベルモット様は、どうなんですか、何枚持っているのですか」
新国王が食らいつきます。
「そうですよ、もう王弟殿下ではないのですから、ご結婚すべきですよ、ベルモット君」
私も援護射撃します。
「俺も一枚だけだ」
ベルモット君は観念し、上着の内ポケットから名刺を1枚取り出しました。
「マンハッタン伯爵家のオリーブだ」
え! 私の名刺です。
「俺と貴女の爵位の差は、アイツが無くしてくれた」
学生時代、男爵家の私は、王族との結婚なんて、考えられませんでした。
「貴女のアイツへの想いを含めて、俺が貴女を護っていくことを、ここに誓う」
夫によって、伯爵家となった今の私は、王族との結婚が可能となっています。
「オリーブ、今度こそ、俺と結婚してくれ」
ベルモット君は、顔を真っ赤にしています。
「……はい、よろしくお願いします」
娘に背を押され、彼の胸に飛び込みます。
私の喪が明けるまで求婚を待っていた彼に、真摯に応えました。
昇ってきた満月が、うれし涙で、滲んでいます。
━━ FIN ━━
【後書き】
お読みいただきありがとうございました。
婚約破棄された娘の結婚相手を探しただけなのに 甘い秋空 @Amai-Akisora
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