第20話 心残り④

 便座の蓋の上に座り、未央に手を口で塞がれながら、秀一は未央の話を聞いた。


「秀ちゃんは、あの部屋の時間を止めたけど、その魔法はどのくらいもつの?」


 秀一は首を振った。

 そんなこと聞かれてもわからない。


「つまり、宇佐美さんたちの死体はすぐに腐っちゃうかもしれないんだよね。はやく元に戻すなら、人の助けがいるよ。正語しょうごさんに全部話そう。秀ちゃんの従兄弟なんだし、きっと分かってくれるよ」


 秀一は首を振りながら、未央の手をほどいた。


「正語には相談しない」


「なんで?」


「——夏休み、オレの身体は一度バラバラになった」


「……あの時の爆発?」


「それが一晩で元通りになってから、正語はオレを不気味がってる……」


 本人は認めないだろうが、秀一には正語の奥底の思いが感じ取れてしまう。


「……オレは、正語の目を見るのが嫌だ」


 未央には解るまい。

 何万年もかけて、たった一つの魂を追いかけていることなど。

 自分は今回も、あの男を得ることをしくじったのだ。


「未央はもう帰って」


 秀一は立ち上がった。


「後は、オレ一人でやる」


 秀一は未央の返事を聞かなかった。

 トイレから出て、高森が座る店の奥のテーブルへ向かう。


 呪われた高森の命はあと数日。

 他の三人も同じような状態なら、魂を奪う仕事も罪悪感が少なくてすむ。


 それでもそのわずかに残された命を奪う仕事は気が引けた。

 未央を巻き込むわけにはいかないし、警察官の正語に迷惑がかからないようにしなければならない……。


 秀一は足取り重く、高森に近づいた。


 秀一が近づくと、高森はゆっくりと秀一に顔を向けた。


 暗がりの中、痩せた青白い顔は、いっそう白かった。


「——あの子に謝りたい……」


 高森は立ち上がった。


「——あの子の遺体を掘り起こして、供養したかった」


 高森は秀一の手に何かを握らせた。

 秀一がそれを確かめようとすると、高森は強い力で秀一の拳を握った。


「——弘一は……」


 低く、苦しげな声を出しながら、高森は秀一に覆いかぶさってきた。

 

「——多恵子さんの双子の弟だ」


 秀一は高森を支えきれず、そのまま床に倒れた。


「高森さん?」


 驚いて身体を起こすと、高森の首の後ろにナイフが刺さっているのが見えた。


「大丈夫ですか!?」


 ついナイフに手をかけた時だった、何かが割れる音がして、秀一は顔を上げた。


「人殺し!」


 店の店長が驚いた顔で、スマホを操作していた。

 店長の足元には割れたグラスと氷とアイスクリーム。


「警察ですか! すぐ来て下さい! 人が刺されてます! 学ラン着た男の子がナイフを持ってます!」


 秀一は自分の手を見た。

 高森の首に刺さったナイフを触れているのだから『持っている』と言われてしまうのか……。


 ぼんやりそんなことを考えていたら、その手を掴まれた。


「逃げるよ!」


 未央だった。

 未央は秀一の手を取り、店のドアを開けた。

 ドアに付けられた鈴が重く響く。


「人殺し! 待て!」


 店長の言葉を背に、秀一は未央に手を引かれなが走った。


「隣の駅まで走ろう!」

「——未央、高森さんが……」

「ベルが、ならなかった」

「ベル?」

「僕たちが店に入ってから、店のベルはならなかった」

「?」

「僕たち以外誰も、あの店には入ってないんだよ! 秀ちゃんがやってないなら、さっきのおじさんが犯人だ! 秀ちゃんに罪を被せようとしてんだよ!」

「えっ? なんで?」

「三十年前の事件を探られたくない人がいるのかもしれない」


 何台ものパトカーのサイレンが近づいてきて、未央と秀一は建物の影に隠れた。

 スマホを操作しながら、未央は秀一に囁く。


「秀ちゃんは、正語さんを頼りたくないみたいだから、他の応援を頼んだ」


「他の応援?」


「秀ちゃんの友達! みんな来てくれるって!」


「みんな?」


「高森さん、死ぬ前に何か言ってた?」未央はスマホを片手で振った。「犯人のこととか言ってたら、警察に匿名情報で流すよ」


「これ、もらった」


 秀一は高森に握らされたものを未央に渡した。

 

「なに、これ?」


 カフェの紙ナプキンにボールペンで書かれた文字を見ながら、未央は考え込んだ。


「暗号なの?」


 そう聞かれても秀一には、さっぱりわからない。


 紙ナプキンには、


『私たちは、ほとんど自由だ』


 と書かれていた。


 


 



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