第19話 心残り③

 高森がカフェの扉を開けると、鈴の音が低く鳴った。

 高森は扉を支え、未央と秀一を先に店内に通す。


「すいません! お手洗い、お借りします!」と未央は、店の中に駆け込んだ。


 カウンターの中にいた白い髭を生やした小太りな男は愛想よく笑い、どうぞと店の奥を指さす。


 スマホを片手にトイレに急ぐ未央を見て、高森は微笑んだ。


「さすが高校生だな。どんな時もスマホを手放さないんだな」


 秀一は店内を見回した。

 店は駅近にも関わらず、他に客の姿はなかった。


「向こうに座ろう」と高森は店の奥の四人がけのテーブルへと秀一を誘う。


 薄暗い店内の奥は、さらに暗かった。


「私は紅茶にするが、君は?」


 高森に訊かれて、秀一はメニューを見ずに即答した。


「チョコアイス」


 注文を取りにきた男は、すまなそうな顔で笑った。


「すいません。バニラしかないんです」


「バニラでいいです」


 秀一が言うと男は軽く頭を下げてカウンターの中に入って行った。


「未央には聞かれたくないんだけど」と高森と二人っきりになると秀一は声を小さくした。「多恵子さんは、幸恵さんにネズミを食べさせたの?」


「わからない」と高森は首をふった。「文さんは、そう言っていたが……」


「ふみさん?」


「あの家の家政婦さんだ。私と友人の都筑があの家に行った時、階段下に倒れている幸恵さん以外には、多恵子さんと文さんしかいなかった」


「あなたは、都筑さんと二人で死体を埋めたんだね」


「……後悔している……都筑にも悪いことをした……」


 高森はうつむきながら水を口に含んだ。


「——都筑を巻き込んでしまった……私は多恵子さんとは幼馴染だったんだが、それを都筑に話したら、彼女と近づきになりたいと頼まれたんだ……あいつは昔から、上昇志向の強い男だったから——」


「もういいよ」


 秀一は高森の話しを遮った。


「言い訳はいらない」


 必要なのは四つの魂だけだ。


「都筑さんとは、会える?」


 ああと高森は怪訝な顔をした。


「会ってどうするんだ?」


 当時のバスの運転手は調べればすぐにわかるだろう。

 残るは——。


「幸恵さんを騙した弘一って、どこにいるの?」


 コップを持つ高森の手が震えた。


「幸恵さんだけじゃないよね。あそこには他にも二十人位の女の人が、埋められてるよね?」


 秀一は冷ややかに高森を見つめた。


「みんな、あなたたちがやったの?」


 高森は驚いた顔で固まった。


「若い女の子を妊娠させて、胎児を悪魔に捧げる儀式でもしてた?」


 まさかと、高森は青ざめながら掠れた声を出す。


 未央が近づいてくる姿が見え、秀一は話しを止めた。

 あの家で行われていた残虐行為を未央の耳には入れたくない。


「秀ちゃん、ちょっと来て」と未央は秀一の手を引っ張った。「おトイレ汚しちゃったから、掃除手伝って」


 未央に手を引かれてトイレに向かう途中で、トレイに紅茶とバニラアイスを載せた男とすれ違った。


「お客様、ご注文は?」


 男にきかれて、未央は立ち止まった。


「クリームソーダー、お願いします」


 ペコリと頭を下げると、未央はまたトイレに向かって歩きだした。




「宇佐美さんと連絡がつかないって、大騒ぎになってるみたい」


 トイレに入り、どこが汚れているんだとキョロキョロしていたら、未央が囁いてきた。


「宇佐美さん、あの状態になる前に謎のメッセージを正語しょうごさんに送ったみたいなんだ」


「謎のメッセージ?」


「三十年前の事件に高森さんは、関わってるんでしょ?」


「……多分」


「秀ちゃんは、怪しんでるんだね?」


「……まあ……」


「正語さんに全部話して、あとは警察に任せた方が早くない?」


 秀一は急に頭に血が上った。


「なんで正語に話さなきゃならないんだよ! 警察に頼らないで、二人だけで解決しようって言ったじゃないか!」


 未央は秀一の口を抑えた。


「しっ! 高森さんに聞かれたら、逃げられちゃうよ!」

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