第三章

第21話 ミステリー研究会発足①

 鮎川がファミレスに入った時、未央たち六人は全員、コの字型のソファー席に座っていた。


 未央みお秀一しゅういち怜司れいじ、ハル、篤人あつと多聞たもん

 この六人とは、夏休み中に校内で起きた殺人事件をきっかけに近しくなったが、二学期が始まった途端に学校にいかなくなった鮎川にとって、皆と顔を合わせるのは二ヶ月ぶりだった。


 鮎川が近付くと、端にいた多聞が詰めるよう篤人とハルを促し、鮎川の座るスペースを作ってくれた。


「髪、伸びたな」と鮎川を見ながら多聞が言う。


「おまえ、毎日、何やってんだよ」と奥に移動しながらハルが睨んできた。


「自宅警備」と鮎川は腰を下ろす。

 正面には未央と秀一が並んで座っていた。

 いつも無表情の秀一はともかく、未央の表情が固いのが気になる。


「『ウチのまひるちゃんが、帰って来ませんの。ハル君と一緒じゃありません?』って、おまえの親から、昨日電話来たぞ」


 ハルは鮎川の母親のモノマネをしたが、笑ったのはハルの横に座る怜司だけだった。


 その怜司は顔も上げず、ずっとスマホを見ている。

 仲間といるのに怜司がスマホをいじるとは珍しい。

 よほど大事な用なのか?


 秀一が困っていると未央からLINEが来たのは、沈んでいく夕日の最後の光に見惚れていた時だった。


 古い屋敷の除霊を頼まれた秀一は、三十年前に失踪した女の子の霊と交信したらしい。だが彼女の殺害に関わった四人の人物を探し出さなければ屋敷から出ていかないと、少女の霊は言ったそうだ。


『みんなで、秀ちゃんを助けようよ!』と未央は仲間に招集をかけたのだが、『みんな』の中に自分が入ることに、鮎川は軽く驚いていた。


「久しぶり」と鮎川は秀一に笑いかけた。


 秀一は全体的に色素が薄い。

 精巧に作られた人形のように整った顔は白く、血の気がなかった。ガラス玉のような灰色の目はどこをみているのか全くわからない。


「体調はもういいの?」


 鮎川が訊くと秀一は、コクリとうなずいた。


 秀一は夏休み中、殺人犯がしかけた爆弾に巻き込まれて、手足が吹き飛んだらしいが、奇跡的にそうだ。


 バカバカしい噂話だと、鮎川は一笑に付した。


けんさんと連絡ついたよ!」秀一の隣で怜司が顔を上げた。「会ってくれるって」と秀一を見ながらニッコリする。


「怜司の叔父さん、ジャーナリストなんだよ」と篤人が鮎川に説明してくれた。「『神隠しにあった少女たち』って本を出していて、秀一が会った幸恵さんのことも書いてるんだ」


 篤人と怜司は共にバスケ部員。

 学校の外でも仲良くつるんでいるようだ。


「剣さんは、本当はつるぎっていうんだけど、子どものときから言い間違えられて、面倒だから訂正しなくなったんだ」と怜司はニコニコしながら言った。


「有名な映画俳優の名前だもんね」と篤人。「顔も似てるし」


 怜司の名字は高倉という。


 秀一が立ち上がった。「怜ちゃん、すぐその人に会いに行こう」


 秀一に言われて怜司は立ち上がりかけたが、篤人が首を振って止めた。


「僕も行く」と未央は目の前のドリンクを飲み干す。


「未央は、都筑さんの居所を探して、オレに教えて」と秀一。


都筑雅人つづきまさとの居場所も必要なんだってよ」と多聞が鮎川に言った。「どうやって会いにいけばいいんだと思う?」


「テレビのコメンテーターやってる人?」


 鮎川が訊くと多聞はうなずいた。「三十年前の事件に関わってるらしい」


「順を追って説明してくれる?」と鮎川が言うと、秀一は腰を下ろした。


「オレが会った幽霊は——」


 秀一が話し始めた途端、多聞は両手で耳を塞ぎ、下を向いた。

 多聞は、ホラーや幽霊話の類が苦手だった。


「階段から突き落とされて、埋められた。関わった四人の人間を探し出さなきゃならない。一人いなくなったから、あとは三人だ。その子を騙した弘一と階段から突き落としたバスの運転手、死体を埋めた都筑雅人。怜ちゃんの叔父さんにきけば、弘一とバスの運転手の身元は分かると思うから、残るは都筑雅人の居所だけだ」


「探し出してどうするの? 警察に自首させるの?」と鮎川。


「幸恵さんは、自分を酷い目に合わせた人たちに反省してもらいたいんだよ」と未央。「そうじゃないと成仏できないし、除霊を頼まれた秀ちゃんは、お金が貰えないんだ」


「秀一は、実家の借金を返すのにお金がいるんだ」と怜司が気の毒そうな顔をした。「だから、みんなで協力しようよ」


 怜司の横でハルが腕組をしたまま深くうなずいた。


「俺は警察に行った方がいいと思う」と篤人。「秀一には警察官僚の従兄弟がいるんだから、相談すれば——」


「警察には行かない!」


 篤人の言葉を秀一がさえぎった。


「あっちゃん、秀一が嫌がってんだから、警察はナシだ!」とハルはテーブルに手をついて、篤人に頭を下げた。「頼む!」


 相変わらずハルは、秀一の絶対的味方のようだ。

 共にテニス部でダブルスのパートナーというだけでなく、複雑な思慕がハルにはある。

 気持ち悪いという前に、鮎川はハルが気の毒だった。


「人が殺されてるのに、通報しないつもり?」と、篤人は全員を見回した。


「どういうこと?」と鮎川。


「秀一たちが探している四人のうちの一人は、殺されたらしいよ。それも秀一の目の前で」篤人は秀一をじっと見た。「君は早く警察に行ったほうがいい。このままだったら、殺人事件の容疑者にされてしまう」


 やれやれと、鮎川は苦笑いした。


 ——この連中と関わっていると、ホント退屈しない。


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