第12話 魂を四つ①

 家に入った途端、天井からネズミの鳴き声が喧しく聞こえた。

 だが、秀一しゅういちにしか聞こえないのか、宇佐美は何も言わなかった。


 秀一が二階への階段を上がると、階段上に少女が現れた。


 肩の辺りで切り揃えた真っ直ぐな黒髪。丈の短いチエックのスカートにルーズソックス姿の少女は、腕を組んだまま秀一を見下ろしている。


 秀一は立ち止まり、後ろを振り返った。

 階段下から心配げに見上げる宇佐美と目が合う。


「本当に、お一人で大丈夫ですか?」


 やはり宇佐美には、少女の姿が見えないようだ。

 

「平気。早くみんなを家に入れて、扉を閉めて。外の方が危ない」


 秀一が言うと宇佐美はハッとした顔をした。

 分かりましたと、玄関に向かい駆けて行く。


 秀一は再び階段を上がった。




「あなた、誰なの?」


 腕を組んだまま少女が言う。

 少女のスカートのポケットからは、白クマのぬいぐるみが顔を覗かせていた。


「みんな、あなたを怖がってる。あなた何者?」


「君、石塚幸恵さんだろ。さっきいた人、刑事だよ。君を殺した犯人、捕まえてくれる。何があったか話してよ」


 言いながら秀一は、屋根裏に上がる階段を探した。


「そういうの間に合ってる。あたしにひどいことした奴らは、ずっと苦しみ続けるように呪いをかけてんの」


 ——人間ごときがそんな術、使えるわけないだろ。


 秀一は幸恵を無視して、二階の一番奥の部屋のドアを開けた。

 そこは机と本棚しかない殺風景な部屋だった。


「ねえ、あなた誰なの?」


 幸恵は秀一の後をついて来る。

 

「あたしの事知ってんなら、あなたのことも教えてよ!」


 秀一は本棚の本をチラリと見た。

 占星術や魔術、オカルト関連の本が並んでいる。


 天井に扉があった。


「オレは、色んな名前で呼ばれてきた。女の姿だった時は『滅びの魔女』と呼ばれた」


「へーっ、魔女さんなんだ」と幸恵はニヤニヤ笑いながら、引っ掛け棒を秀一に手渡す。


「人間は見たい姿でオレを見て、呼びたい名をオレにつける」


「他は? 何て呼ばれてたの?」


「サマエル」


 秀一が引っ掛け棒を使い天井の扉を開けると、無数のネズミが降ってきた。

 頭からネズミの大群を浴びせられた秀一を見て、幸恵が笑い転げる。

 ネズミたちは床を走り回り、何処かへ散って消えていった。


 落ちてくるネズミがいなくなると秀一は、はしごを下ろし、屋根裏に上がった。




 屋根裏にはやせ細った女がネズミに囲まれていた。

 女は両手に生きたままのネズミを掴み、交互にかじっている。


「多恵子さんだね」


 秀一が言うと女は、手や口の動きはそのままに暗い目だけを向けてきた。


「悪趣味だな」


「その女は私にネズミの肉を食べさせて、私の赤ちゃんを死なせたの」


 秀一の横で幸恵が言った。

 だが、秀一は幸恵など相手にしていない。

 幸恵の背後には、この家の主『怨嗟の悪魔』がいた。


「悪魔と契約したのか」


「そうよ。私の身体を食べさせる代わりに、あいつらみんなを呪ってるの」


 身体一つで、悪魔の力を得ている気になっているが、幸恵自身も操られ、恨みつらみを延々続けさせられているのだろう。


「『ご遺体』がいるんだ。この人はもう死なせる」


 秀一が言うと幸恵はムッとした顔をしたが、『怨嗟の悪魔』はうなずいた。


 秀一は幸恵の手を取り、ネズミを食べ続ける多恵子に近づいた。


「何するの?」


「力を授けてやる。この人を自分の力で赦してやった方が、君も少しはラクになるよ」


 秀一は嫌がる幸恵の手を多恵子の額に当てた。

 一瞬で多恵子の身体が崩れ、細い骨に変わる。

 ネズミたちも消え去り、周囲は静まり返った。


 幸恵は信じられないといった顔で自分の手を見つめる。


「……私、あの女の魂を吸い取ったんだね?」


「恨み続けるより、ちょっとは気分がいいだろ」


 幸恵はにっこりとうなずいた。「もう、戻せないの?」


「入れ物がこんなんじゃあ、無理だ」


 秀一は足元に転がる骸骨に視線を落とした。

『ご遺体』を見たがっていた宇佐美には、これを見せればいいだろう。


「私が呪ってる人、あと四人いるの。そいつらの魂も欲しい」


 秀一は顔を上げた。

 幸恵が何を言っているのか理解できない。


「あたしを階段から突き落としたバスの運転手と、あたしの身体を埋めた男二人。それから弘一! あたしを騙した男! 全員ここに連れてきてよ!」


「——オレに、その男たちを殺す手伝いをしろって言ってるのか……」


 秀一の怒りを察した『怨嗟の悪魔』が姿を隠した。

 とばっちりを受けて消されないために。



 





 


 

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