第17話 不死鳥

「———あ、あの……」


 シャドウウルフを倒してから1時間が過ぎた頃……中心部に差し掛かった辺りで突然マリアが声を上げた。

 その顔は少し強張っており、険しい。


「どうした?」

「そ、それがですね……先程から何故か悪寒が凄くて……」

「奇遇だな、俺もだ」

「えっ!? ユーさんも何ですか?」


 驚くマリアに俺は同意する様に頷く。


 そう、俺も先程から何故か悪寒がしていたのだ。

 しかし【全能眼】で辺りを見渡しても何の反応すらなく、ただこの森が寒いのかと思っていたのだが……。


「お前がそう感じるなら……この辺りに何かいる」

「何故私が感じると信じるのですか……?」


 それは勿論、お前がゲーム内で1番危険に敏感だったからに決まっているだろ。

 大体マリアが何かしらの違和感を訴えたらその後で隠しボスとか野良の強敵に出会ってるからな。


 ただそんな事本人には言えないので……。


「……勘だ」

「か、勘ですか?」

「そうだ。何となくお前の感覚に頼った方がいいと、俺の勘が告げている」

「そうですか……」


 取り敢えず勘で押し倒すことにした。

 勘ほど、曖昧なのに何故か誰しもが信じるモノはない。

 きっと全人類、誰しもが一度は自らの勘に行動の選択を委ねたことがあるだろう。


 マリアは俺の言い分に若干納得していない様子だが、深く訊くことはなかった。

 再び2人の間で沈黙が流れる。

 まあそもそも初対面なので当たり前と言えば当たり前なのだが。


 静かになると……周りの環境音が否応なしによく聴こえる。


 シャドウウルフと思われる狼型モンスター達の遠吠え。

 青々と生い茂る木々のざわめき。

 鳥型モンスターであろう鳥の鳴き声。

 まるで何者かが呼吸する様な『ヒュー』と言う風の音。


 確かに『深淵の森』と呼ばれるに相応しい何とも不気味な森である。

 ただ……その様々な音の中で1つ、明らかに他とは違う不可解な音が聞こえた。


「———キュルァアアアアアアア……」


 その音が聞こえた途端———全身の産毛が逆立つ感覚に襲われた。

 俺達は同時に戦闘態勢に入る。


「ゆ、ユーさん!」

「分かっている……———来るぞ!!」


 焦りながら剣を構えるマリアを他所に、俺のフル稼働した【全能眼】は、いち早くその姿を捉えていた。 

 まるで……自らの縄張りに入ってきた余所者を消し去らんと怒り狂う———。



「キュルァアアアアアアア———ッッ!!」



 ——— 真っ赤に燃える巨大な鳥の姿を。











「……不死鳥フェニックス……」


 俺は目の前に現れた、翼を広げれば全長10メートルはありそうな巨大な炎の鳥を見上げて、威圧感に耐える様に呟く。

 横のマリアはあまりの威圧感に圧倒されて声を出ない様子だった。


「キュルァアアアアアアア!!」


 その威厳溢れる真紅の神鳥は、怒りの叫びを上げる。

 フェニックスが現れた途端、少しでも触れた木々は一瞬にして燃えて灰に変わり、明らかに場の温度が上がった。

 全身から滝の様に汗が出てくる。


「くっ……凍えろ———【氷雪】」


 俺は、俺とマリアの周りだけに極寒の氷雪を降らせる。

 これにより、何とか呼吸しても痛くない程度に場の空気の温度が下がった。


「はっはっはっはっ……」

「おい、マリアッ!」

「———はっ!? ゆ、ユーさん……」


 過呼吸気味のマリアの肩を揺さ振り意識を覚醒させる。

 マリアは未だ真っ青な顔色のまま、目の前のフェニックスを見上げてガチガチと歯を鳴らす。


「む、無理です……私……あんな……」

「おい、今更怖気付くつもりか? お前の母親の命が賭かっているのだろう!?」


 俺が言葉を強くして語りかけるが……依然として戦意が瞳に宿る事はない。

 そして———俺達の事情など知ったことかとばかりにフェニックスが襲い掛かる。


「キュルァッッ!!」


 フェニックスが一声鳴くだけで、空中に突如魔法陣も介さず巨大な炎の塊が無数に現れた。

 その威力は……1つ1つがエドワードの【暴竜の息吹】と同等の威力があると直感で理解出来るほどの代物だった。


 これは……本気でやらないとられる。


「【模倣ストック:暴竜眼・全開】」


 片目が金色に光り輝き、仮面を押し上げる様に額の右側に角が現れて仮面が外れ、右腕に竜鱗のガンドレッドが生み出される。

 更に俺の身体の周りを赤黒い暴力的な魔力が渦巻き、全身に力が漲る。


「あっ…………」


 横からマリアの驚く声が聞こえた気がしたが……今は気にしている余裕はない。

 俺は更に魔法を発動。


「我等の身に力を———【筋力増強】【防御増強】【敏捷増強】【魔法威力増強】」


 詠唱を少し改変して、俺とマリアに気休めにしかならないかもしれないが、一応付与魔法を掛けておく。

 そして俺は、上空の炎の塊とフェニックスを見据え———マリアが吹き飛ばぬ様に抱き寄せながら自ら生み出した魔法を発動した。




「荒れ狂う竜の怒りを思い知れ———【暴竜の怒号】」




 真ん中に直径10メートルの魔法陣と、それを取り囲む様に直径5メートル以上の幾何学的な魔法陣が出現し———極大の破壊のエネルギー波が放たれた。

 

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