第36話

『まずいな』

突拍子もなく彼はそう告げる。

「どうしたんだ?」

『外、見てみろ』

そう言われ、窓のほうへ目を向ける。

「!?」

なんだ、あれ。街がぐちゃぐちゃだ。

『いないはずの存在のせいで、世界が辺になってるんだ』

「いないはずの存在って…彼女のことか?」

『…そうだ』

彼が書いていた日記によると、彼の知っている世界では彼女…華山花蓮は存在しなかったそうだ。

もしいたとしてもあんな派手な見た目のやつ、見逃すはずがないとの事。

「つまり…バグってわけ?」

『まぁ、そう考えていい。バグが発生すれば、当然ゲームはエラーを起こすからな』

「じゃあ、どうするんだ」

『そりゃあ…修正するしかないよな』

…!

つまり…それは。

「大事な人、なんだろ」

『…そうだな、とっても大切だ』

「…いいのか?」

『多分、もうそれしかない。やるしかない』

どうやら彼は覚悟を決めたようだ。彼の言葉にはもう迷いがない。だが、

「俺に…できるか?」

彼女をこの手で、殺せるのか。

きっと他の選択肢もあっただろう。でも、俺では…

神崎勇也の姿をしているだけの俺に…できるのか?

『そう思うんだったら早く記憶取り戻してくれよ』

「…できたらやっている」

『ですよね』

なんども聞き飽きた台詞を軽く受け流す。

…分かっているんだ。俺では彼女を振り向かすことは無理だ。

知っている。彼女の見せる笑顔は全て偽りであったことも。

それでも。

「俺は、神崎勇也として…まだやることがあるはずだ」

『そうかい…じゃあもう少しだけその役譲ってやるよ。美味しい所は全部貰うけどな』

「言ってろ」

俺はいつか消える。もともと無かった人格だ。

消えるのが道理だろう。でも、だからと言って全てを投げ出す訳には行かない。目の前のことを放ってはおけない。

…彼が言っていた。


(アイツらはNPCなんかじゃない。れっきとした人だ)

『急にどうした?NPCって?』

(前にいたんだよ、周りの人達を機械扱いする奴が)

『機械?』

(読んだだろ、俺の日記。それで知ったろ?この世界のことも)

『まぁ、なんとなくは』

(アイツらと過ごす内に気付いたんだよ。アイツらは、決められたプログラム通りに動くんじゃなく、自分の意思で動いているって……あれ、前にも言ったかな?)

『ふーん…生きてるんだな、皆も』


彼─神崎勇也は守りたいと言った。

彼らを、この世界に生きる人たちを。

ならば、俺もそうでありたい。神崎勇也であるならば。

純粋にそう思ったから。

皆を…俺なんかでも大事に思ってくれる人達のことを。

『兄さん…もう離れないでください』

『僕が勇也を守るんだ』

…ならば、俺は決断しなければならない。

彼女の、修正を。


「大丈夫、俺ならやれる。俺だって神崎勇也だ」

『…ま、精々頑張ってくれ。お前も神崎勇也であるなら…きっとやれる』

終わりは近い。そんな気がした。

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