四章 星神

第31話 星神の島

安雲都に向かい二日が過ぎた。

山を覆う雪道をかき分けて進みようやく到着し門をくぐって中に入った。

都の人たちは屋根に積もった雪をみんなで協力して落とし、よく見ると貧しい着物を着ている人と豪華な模様が入っている着物を着ている人など身分なんてないかのように和気藹々と作業をしている。


 すると小切童子は思い出したかのように声を出した。


 「あ、そういえばなのですが私のような卑しい身分の者が国造にお会いしてもよろしいのでしょうか?」


 「えーと……あー」


 そういえば小切童子は本人の希望で奴婢としてのツバキさんに仕えているんだった。確かに目上のものの顔を奴婢が見るというのは出来る限り避けたほうがいいのかもしれない。

 だけど彼は別に冷遇されたわけでもなく、至って健康的な姿だから無人と言っても普通に通ると思う。


 小切童子は私の沈黙が不安に感じたのか首を傾げる。


 「あの、マカ様?」


 「ううん。大丈夫。その代わり目上の人には武人と通してね?」


 「う、嘘はいけないと思いますが……」


 「嘘は受けないことだけど何事にも正直に過ごすのもダメだよ。ね、ナビィさん?」


 突然話を振られたナビィさんは一瞬驚く。


 「まぁ、そうですね。外交の場でも正直に早く死んでくれなんて言わずに最初は従えと言いますしね」


 「——話の規模が違いません?」


 ナビィさんの予想街の返答に小切童子はついツッコミを入れる。

 もしかしたらナビィさんの口ぶり的に実際に見てきた可能性が高いのはひとまず置いておこう。


 それからしばらく歩くとようやく天河の屋敷に到着した。

 屋敷のくると守衛の兵士たちが私に気づく。


 「あ、マカ殿! 宗介様! 族長様!」


 兵士の一人は屋敷の扉を開けて大きな声を出す。

 すると中からドタバタと音がしたと思えば中から宗介さんが慌てた様子で飛び出した。


 「おぉ! マカ殿! それから皆様も!」


 「宗介さん!? オトシロさんのところにいたんじゃないのですか?」


 宗介さんは笑いながら私たちに近づくと軽く咳をした。


 「実はチホサコマ様より今後天人と大戦だろうと言われまして天河の同胞たちに挙兵を促していたのですよ。もしかしてマカ様もそのような感じでしょうか?」


 「えぇ、私もその予定だったのですが——」


 宗介さんの後ろを見ると続くかのように屋敷からチホオオロさんが出てきた。


 「あ、チホオオロさんまで!」


 チホオオロさんは私を見ると少し嬉しい顔をするとお意義をした。


 「皆さまここまでご苦労様です。マカ。ここまでくると言うことは結界はできたのでしょうか?」


 「はい、なんとか。ですがアハバをなんとかしない限りは結界に穴が空いている状態なので彼女をどうにかしないといけないのです」


 チホオオロさんは私の言葉に少し考える。


 「やはりそうなりますよね。ではこれからどう言うことを?」


 それから少し宗介さんとチホオオロさんに現況を説明する。

 二人は納得できたのか宗介さんはチホオオロさんを見る。


 「族長。確か今国造さまの宮殿に物部様もいらっしゃいます。星神様を祀る島を治めているのは源氏と物部です。マカ様だけですと信頼されにくいでしょうしタニマ様を共にはどうでしょう?」


 「——それもそうですね。イヌナリ様も聞いていた話と実際のマカ様は異なっていたようですし」


 「ん?」


 実際の話とは違う?


 まぁ、とりあえず国造様の宮殿に行くか。

 私は宗介さんを見る。


 「分かりました、宮殿は私だけの方がいいでしょうか?」


 「そうですな。イヌナリ様は身分など気にしないお方ですが……万が一のことを考えた方がいいでしょう」


 私は後ろに立つ三人を見るとナビィさんが代表して首を横に振る。


 「大丈夫ですよ。マカ様もだいぶ成長しましたので」


 なんだろう、かなり気恥ずかしい。

 それから宗介さんは街の中央に見える宮殿に手を向けた。


 「謁見は日が出ている間でしたら可能なので、昼頃の今なら出来るはずでしょう」


 「なるほど。では、とりあえず行ってきます」


 「その方がいいでしょう。族長。これは私目も向かった方がよろしいですよね?」


 宗介さんにチホオオロさんは頷く。


 「そうですね。一応証人として宗介もついて行かせます。念のため着物も高貴なものに着直しましょう。今のマカ様ですと旅人と思われてしまうので、名家らしく権威を喪失させないように」


 「——この服装、やっぱりまずいかな?」


 「えぇ、村同士での交流だからと私に気に留めなかったのですが流石に国造様の前には正式な着物で。——もしや大王とのご謁見でもその服装で?」


 私はチホオオロさんの鋭い視線に目を逸らす。

 いや、あの時はしょうがないと思う。無礼なのは承知だけど時と場合があるし。


 「とりあえず宗介さん行きましょう。早く行った方があちらも対応しやすいはずですし」


 「ふむ、それもそうですな。では族長様。少しばかり言って参ります」


 「えぇ、お気をつけてくださいね」


 ————。


 それから私は宗介さんに国造の宮殿に案内された。

 宗介さんはやはり顔が広く、門番は宗介さんを見ると直ぐにニコニコと笑い門を潜らせ待合室に案内し、それから程なくして私と宗介さんは国造のいる大広間へと案内された。


 大広間の中に入ると上座には国造——イヌナリが堂々とした風貌で座り私たちを見ると隣に座っている中年の男が座るように促した。

 私たちはそれに従って座るとイヌナリはゆっくり話し始めた。


 「マカ殿。それから宗介、よくぞ来た。タニマ様は今少し席を外していますが近々戻られる。——ところでマカ殿が来られると言うことは天人についてですかな? 天神が本格的に襲うようになったことは宗介より聞いておる。もしやそれ以上のことで?」


 「はい、天人の攻撃と同時に大王から私が受けた指示についてです」


 私が大王と口にするとイヌナリは息を飲む。

 よし、そのまま話そう。


 「ただいま私は大王の指示で天地の結界を強める旅に出ておりました。そこで全てを回った上で決壊は機能しているものの災いの神の力が邪魔をして穴ができてしまっているのです。そして

その穴を開けているのがアハバと言う女です」


 「——アハバ。古の時代に現れた禍の神を甦らしたと言う悪女か。その者、まだ生きていたのか」


 イヌナリは顎髭を撫でる。

 一見考えているそぶりに見えるけど目つきは心から信頼してくれているのがわかる。

 そして再び私の目を見るとニヤリと笑った。


 「が、そう言うことを伝えると言うことは何か策があって我に頼みに来たのでしょう? 兵の提供? それとも食料の提供ですかな?」


 「——え〜と」


 私は宗介さんを見る。

 戦を知らない私と違って宗介さんは現役の武人。宗介さんは私の目で把握してくれたのか少し頷くとイヌナリと視線を合わせた。


 「えぇ、兵と食料の両方です。如何せん天神との決戦場は星神を祀るあの島です。狭い島の中で大群をのんびりさせることはできませんのでわがままを申していいのであれば食料の方を多めにお願いしたいです」


 宗介さんは私の懐に手を向ける。

 あ、そうか。


 「国造様。我が狛村の徳田イナメが描いた増援要請の書面です」


 私が懐から文を取り出すとイヌナリの隣に座っている中年の男が受け取るとイヌナリに私た。

 彼はその文を読むと大きく頷く。


 「なるほど。ではマカ殿。二百の益荒男からなる兵を国中からかき集めましょう。タニマ様へは我が直々にお伝え申す」


 「ありがとうございます。では、これで——」


 「——マカ殿、少し二人で話したいことがあるのですがよろしいですかな?」


 「え?」


 ————。


 イヌナリはその後人払して大広間の中には私と二人だけになる。

 彼は少し顔を床に向ける。


 「マカ殿。天人との戦から徐々に禍の神との戦になりつつありますな」


 「——はい」


 「禍の神はユダンダベアを幾度も滅ぼそうとし、世界の安寧を脅かし続けた。その存在が我々では登っても近づけぬ月にいる。降りるのは簡単だが登るのは難しい。天人は降りるしかできぬ我々と違って上下どこにでも行けるのだ。この戦、本当に勝てるのか? もし国を挙げて戦い大敗したら悠久の果てまでの笑い物になるのではないか? 源氏であるお前も、物部のタニマ様も天河もそれから大王まで……」


 ——イヌナリの表情から彼は純粋な悩みを私にぶつけていた。

 人は極端で粗探しが好きだ。信望している人のいいところばかりに目を向けたり嫌いな人の悪いところばかりに目をむけ、良くも悪くもないと言う評価にしたがらない。


 もし勝てば神話の如く称えられるが負ければ国を荒廃させた悪として書かれてしまう。

 ましてやカグヤまで遠い未来では世界を滅ぼしかけた存在と言われかねない。


 だから、私にもイヌナリの気持ちが分かる。


 「大丈夫です、国造様」


 「——どうしてそう笑みを浮かべて言える?」


 例え、未来の人々がそう言おうとも——。


 「そんな未来ですとその戦いを見た人はいません。戦は昔からそうです。ずっと無謀と悠久の果てまで言われてますけど武人は心が狭いと思って戦ってますか?」


 「——」


 「私たちは今を信念を持って生きているんです。そして遠い昔から生きた神や妖怪、人に会いましたが彼らも彼らなりの信念で生きているのです。結局はのちの未来というのは逃げなんです。逃げてばかりでは何も始まりません」


 「——逃げてばかりか。そう言われたら何も言えぬ。お主は、その様子だと何度も逃げようとしていたのだな」


 「——なんなら、私は道の存在と戦う恐怖でほんの少しカグヤを見捨てたくなったしまったこともあるんです。今思えば最低ですけどそれを乗り越えたからこそ今があるんです」


 「面白い女だな」


 イヌナリは表情でこそはわからないで何か思いが吹っ切れたのか満足そうな感じがする。


 「分かった、兵を出そう。のちの未来などクソ喰らえだ。もし何かあればのちの未来……お前の子孫がなんとかするのだろうな」


 「——私には子供がいないので、何かがあれば末代にはなりそうですね」


 「——子を残そうとは思っていないのか?」


 「——」


 そう言えばまだ兄さんがいた時が好きな人と結婚して子供を作りたいとは思ったけど兄さんがいなくなってからはそんなことを考えたりすることは無くなってる。

 子供はいらないかと言えば嘘になるし、正しくはそれまでは子供を作らず兄さんの代わりをしようと思っていただけ。


 だけど兄さんがもう帰ってこれないと分かった今、昔らしく女の子のようにしてもいいのかな……。


 「まぁ、良い。お主には許嫁のユミタレ様がいらっしゃったでしょう? ユミタレ様が実はほんの少し前にこちらに来られたのだ」


 「ユミタレさんが!?」


 「あぁ——」


 ——————。


 大王が動いていた。

 私は宗介さんと駆け足で天河の屋敷に向かう。

 宗介さんは息を見出さず私の横を歩く。


 「マカ殿。要するに大王は東国の戦が終わったことから天人打倒に向けて星神、月神、禍の神に関する要所を調査するべく兵を派遣しているということですな?」


 「はい。ユミタレさんは大王の指示を受けて安雲の調査に来ているんです。そして目的地も私が向かう島——小尾島(オビノシマ)です」


 それから私たちは天河の屋敷に到達して中に駆け込んだ。

 そして今の前に来ると宗介さんがとを少し開けた。


 「チホオオロ様。ただいま戻りました」


 宗介さんの言葉に程なくしてチホオオロさんの「お疲れ様です。どうぞ」という声とともに中に入った。

 中に入るとどうやらカグヤとナビィさん、ツムグさんと談笑していたのかチホオオロ含めて四人がいた。しかし、小切童子だけは見当たらなかった。


 カグヤは私と目が合うと嬉しそうな表情を浮かべる。


 「マカ、どうだった?」


 「——まぁ、色々あったよ。それと小切童子はどこに行ったの?」


 「買い出しに行ったの。マカのことだから翌日に出発するかもしれないからって」


 だいぶ当たっているのがどこか悔しい。


 ————


 それから私は四人にイヌナリと話したことを伝えた。

 四人は特に疑問を感じなかったのか最後まで聞いてくれた。

 そして話し終えたのと同時に大きな袋を肩に乗せた小切童子が帰ってきた。


 小切童子にも同じように話すと大きく深呼吸した。


 「つまり、これからは天人と禍の神との戦いとなるわけですね」


 「うん、けど私は天河の兵も五人は出すべきかと思う。実際天人と戦った経験があるのは数少ない。なのでチホオオロお願い。何人か兵を出してくれる? 今度は絶対に死なせないから」


 チホオオロは水を飲むと当たり前かのように頷いた。


 「私ももとより出すつもりでした。天河は狼です。戦いに長けて天神など一度戦えばお手の物です。ね、宗介?」


 話を投げられた宗介さんは照れ臭そうに笑う。


 「あははは。そうですな。天人は未知の術やら不可解な動きをしますが何せ我々と違って細かい動きが下手くそです。我々でやればなんとかなりまする。ただ、悔しいのは妖怪たちの冬眠の季節でなければもっと楽でしたがな」


 宗介さんの愉快な笑いに釣られてつい私も笑みを浮かべた。

 結果はどうなるのかはわからないけど未来のことを考えずにただいまの大敵、天人に剣を向け用。


 ————。


 それから翌日、小尾島(オビノシマ)に向けて出発した。

 小尾島(オビノシマ)までの経路としては天河村の近くにある海養の里に向かい、そこから向かい感じだ。

 ツムグさんは船を嫌がっていたけどナビィさんの説得で諦めて四日ほどかけてようやく到着した。


 カグヤは新天地に楽しそうに降りて私も続けて降りる。


 後続として意気揚々の天河の兵や国造の兵も降りてくる。

 そしてツムグさんは顔を真っ青にして宗介さんに背中を撫でられながら吐いている。

 続々と食料を下ろしていると港の長らしき老人が私の元に駆け寄ってきた。


 「あ、あんた。この軍の長か?」


 「え、いやまぁ……」


 老人は手をプルプルと震わせ血管を頭に浮かばせると顔を真っ赤に叫んだ。


 「こ、この島に来たのは……お前たちも我々のか、神様を殺すためか!?」

 

 「——え? あの、話を聞かせてもらっても良いですか?」


 それから老人は私に色々と話してくれた。

 どうやら予想していた通りこの島の反対側にユミタレさんとタニマさんの軍勢が勝手に駐屯しており星神を祀る神社に来たかと思えば宮司と一戦交えるところまで対立してしまっているらしい。そんな時に私たちが来たから色々と混乱が起きているみたいだ。


 私は老人から目を逸らしあたりを見渡す。


 うん、確かにみんな私たちを警戒している。ここは誤解を解いておこう。


 「安心してください。私たちはむしろ星神様の助けを借りたいのです」


 「——ほ、本当か? 妖怪の娘?」


 「——本当です。後私は妖怪ではなく源マカです」


 老人はなんとか冷静になったのか私の後ろを見る。

 そもそも連れて来たのが少数だったのが幸いして既に船から下ろし終えていた。ナビィさんは私に近づくと老人に目を合わせた。


 「あら? この港の長ですが?」


 「えぇ、そうですがとりあえずマカ殿から襲来して来た蛮族でないのが分かったので良かったです。この島は源氏と物部様の島と言っても実情は星神様のもの。このお二人によるこのような強硬手段は許せませぬ!」


 老人の叫び声に周りの注目が集まる。

 どうしよう、気が立っているようだし下手に説得をしたらどうなるのか……。

 いや、逃げちゃダメだ。一応するだけしてみよう。


 「あの、ちょっとだけ説明しますと天人との戦いが——とは言っても月の民との戦ですね。その協力に星神様の偉大なるお力が必要なのです」


 「——月の民だぁ? なーにバカな事を言っとる。けど、そう言えばユミタレとタニマの二人も言っていたなぁ。まぁ、良い。なら勝手に宮司様を説得してみろ。あの人はいい歳した自堕落おじさんだ。暇な時には女遊びか酒飲みか食って寝るだけ」


 老人は諦めたかのように私に背を向けた。

 それを見たナビィさんは頭を掻く。


 「まぁ、この島の宮司はとても杜撰な方というのは耳にしてましたので気にしないでいいと思いますよ」

 だけどこの人、宮司に様付けしている。


 「あの、宮司様は島の人たちからはどう思われていますか?」


 老人は足を止めると肩の力を抜く。


 「お祭り好きの困ったお人だよ」


 老人はその一言だけ言うとこの場からさって行った。


 ——なるほど。


 「ナビィさん。どうやら宮司さんはなんだかんだ言って好かれているようですね」


 「——えぇ、なら早速向かうとしますか」


 私はナビィさんと一緒に船から降りて和気藹々としているみんなの元に戻っていった。


 ————


 ————月の都。


 マカたちが小尾島(オビノシマ)に到着したのと同時に月の都の大宮殿の一室にてアタベはテレルイに呼び出されていた。

 テレルイは上座に座り、アタベは頭を下げる。

 テレルイの仮面下の表情は分からないが、ただアタベを見下すような視線を向けていた。


 「アタベ、お主はなぜ我に呼び出されたのかわかるか?」


 「無断で地上を襲撃した事ですかな? なら、問題はありますまい。カグヤを返さねばそうなるという見せしめです」


 アタベは淡々としゃべるが、その反応をテレルイは疑心の目で見る。


「——お前、本当にアタベか?」


 「——? 何を言っておられるのか。我がアタベ以外に何に見えるので?」


 「——」


 テレルイはゆっくりと立ち上がるとアタベに向かって手を伸ばした。


 「アタベ。お前は地上の者どもを殺しすぎた。これではカグヤ姫はこちらに帰る気も失せるであろう。だから命ず、もうお前は地上に行くな。他のものを差し向ける」


 テレルイの言葉にアタベ七にも言わず、ただ静かに頷いた。



 ——ひっそろと仮面下で笑みを浮かべて。

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