第30話 決戦に向けて
先日、チトセから禍の神が月にいることを聞き、それに関する策を聞いた。
結論から言えば決戦だ。
負けたら何もかも終わり。カグヤを救うことすらできない。翡翠の剣——本当の名前は太平の剣城と呼ばれる四年前に失った剣。
その話は昨日帰った後イナメさんがカグヤ以外を起こして行なった。
ナビィさんは頷きながら聞いてツムグさんはやはり長い付き合いだった神が失礼を働いたことへの申し訳なさからは私に目を合わさずとも聞いてくれた。
この剣があれば禍を沈めることができ、アハバを倒すことが出来る。
私はその翌日の早朝の冷えた風に体を震わせると手に持っていた剣を床に置く。
すると後ろからゆっくりと歩く音が聞こえたため振り返るとナビィさんが眠たそうな顔をしてやってきた。
「——おはようございます。ナビィさん」
「えぇ、マカさんもおはようございます。こんな朝早くから剣の手入れですか?」
「はい。戦いに備えないといけないので」
ナビィさんは懐かしそうに微笑む。
「そうですが。熱心ですね」
そう言うとナビィさんは私の隣に座る。
そして少し間を開けると私はナビィさんの手を握る。
ナビィさんは困惑した表情で私を見る。
兄について聞いても良いのかがわからない。正直言っても怖い。だけどナビィさんになら大丈夫だろう。不思議とそんな気がした。
「あの、ナビィさん。今から話すことを奇怪なことを言う狂人だと思いませんか?」
「思いませんよそんなこと。長く生きてくると奇怪なことばかりです」
ナビィさんの言葉に少し安心感を覚える。
そこで私は勇気を振り絞ってチトセのこと、太平の剣のこと、そして、私の兄、ゼロのことを話した。
————。
私は話の途中で何度も吐き気や目眩がするなどして今すぐにでも辞めたかった。だけどナビィさんにだけは伝えたいと言う思いで乗り切る。
ナビィさんは私の話を否定せず、全て肯定して背中をさすってくれた。ようやく話し終えるとナビィさんは私を抱きしめると小声で「大丈夫、大丈夫ですよ」と口にした。
「そう言うことでしたか。これで全てが分かりました」
「分かった……て?」
ナビィさんを見ると少し涙を浮かべており、視線は私ではなく縁側に座る私の前にいる人物——いつの間にかそこにいた源再護男(ミナモトノサガノオ)に向いていた。
源再護男(ミナモトノサガノオ)は口から白い息を吐くとナビィさんに会釈する。
『——全ては星神の元で。ナビィ。お前に任せる』
彼はただその一言を呟くと光の滴となって消えた。
するとナビィさんは涙を拭い、光の雫が散って行った方角を見つめた。
「貴方がそういうのでしたら」
ナビィさんはただその一言だけを口にした。
————。
それから今日含めて三日間は大規模な遠征をするための支度をした。
本当はカグヤに構ってあげたかったけど出来そうにもない。
食料と矢の補充、それからイナメさんが書いてくれた各地の豪族に天人に対しての挙兵を嘆願する書類。
一応大王の元に戻るか相談したところ流石に現状天人より攻撃を受けている今下手に動けないというところで私の代わりにイナメさんの娘のシズクとミゾレさんの二人が向かうことになった。もちろん、タキモトさんの護衛で。
そしてようやく支度が整った明朝、私は徳田神社の前で体を伸ばした。
後ろではツムグさんとナビィさんとカグヤの三人がいる。
——そういえば小切童子はどうしたんだろ?
村に帰ってから一度も見ていない弓を巧みに扱える少年のことを気付けば考えていた。イナメさんはそんな私に気づいてか思い出したかのように話した。
「あぁ、あの小童ならマカが帰ってくる前に村に帰ったぞ」
「へ?」
「何やらツバキ殿が倒れたとか言ってな、お前はその道は通らなかったのか?」
「あぁ、えっと。少し近道をして今回は通らなかったんですよ」
「なるほど。そう言うことだ。なんならあれだ。一度ツバキ殿の見舞いに行っておやり」
「分かりました。では、行ってきます」
私はイナメさんに向かって手を振ると三人と一緒に小切谷村に向かった。
————。
まだ雪化粧に包まれた山道を歩くのは危険だけどしょうがなく、雪解けの後なら昼に着く距離が夕方になってようやく着いた。
村の入り口に来ると顔見知りの門番が懐かしそうに手を振った。
「おぉ! マカ殿!」
「お久しぶりです。今ツバキさんに会っても大丈夫ですか?」
「あぁ大丈夫ですよ! 童子の検診な看護のおかげでつい昨日元気を取り戻しまして!」
「ありがとうございます!」
元気に挨拶をしたのが良かったのか門番は気を良くして私たちを村の中に入れてくれた。
後ろの三人も一度通ったからかあまり警戒されずすんなりと入れたのが不思議だ。
それから村の奥に進んでいき、神社まで来ると小切童子が大慌てで鳥居から飛び出した。
「うわぁ!」
童子はそのまま止まれず私の体にぶつかった。背後によろめきつつも体制を整えると童子は顔を赤くして離れた。
「す、すいません……マカ殿!?」
童子は驚きのあまり声を上げた。
「久しぶり。ずっと警備をお願いしててごめんね」
「滅相もございません。村の恩人である方からの頼みを聞かないと言うことはできませんので」
童子との久々の会話にどう切り出せば良いのかを悩んでいると後ろからカグヤが顔を覗かせた。
「あ、小切童子。ツバキさんは大丈夫だったの?」
カグヤの声に童子は反応すると「あ、はい。そこはなんとか」と私より気兼ねなく返答した。
今のカグヤは私ぐらいの年頃の見た目をしているけどそう言えば中身は小切童子よりまだ幼かったな。
カグヤも安心したのか安堵の息を漏らす。
「マカ。ツバキさんが倒れた話を聞いた時の童子凄く焦った顔をして村を飛び出して行ったの」
「まぁ、私もカグヤがそうなったら飛び出すよ」
「——そうなんだ」
カグヤは予想通りの返答だったのが嬉しかったのか頬を赤くする。
するとナビィさんは小切童子に近づく。
「ところで童子。今日はこの村に泊まってもよろしいですか?」
「はい。もちろんです。ツバキ様はずっとマカ様のことを心配していたのでむしろ喜ばれると思いますよ」
「え、そうなの?」
それは意外だったな。ただ単に私は村を助けただけの人のつもりだったからそこまで心配されているとは思ってもいなかった。
————。
それから小切童子とともにツバキさんに久々に会い、泊まる事を許された。
袖に時が夕方ということもあり、ツバキさんと小切童子と食卓を共にする。
その時久々に会ったツバキさんの娘のフキさんとその息子のフキカゼから質問攻めを受けた。
特にフキカゼは私の旅の話が楽しみだったのか気づけば膝の上に座ってきたためフキさんからのゲンコツを受けた。
多分あの子は将来大物になると思う。
それから食事を終えると寝床に案内されて眠りについた。
それからどのぐらいの時間が経ったのかが分からないけどまだ空が暗い時間帯に目が覚めてしまった。
出発は日の出と共にの予定だったのだけど眠れない。
私は起き上がり着物を着て神社から出ると鳥居の前に見覚えのある大猿。サルタケノミコトが月明かりを見つめている。そんな彼の隣には運んできたのか大木が置いてある。
ゆっくり背後から近づくとサルタケノミコトは振り返り私を見下ろした。
「あぁ、マカか」
「お久しぶりです。あの、どうしてこの場に? 滅多に現れないと聞いていたのですが」
サルタケノミコトは月に指を差す。
「昔の月は綺麗だった。夜に安寧をもたらす象徴そのもの。しかし、禍の神をあそこに封じてからはその安寧を脅かすものになってきた。マカよ。夜になると恐ろしいものが出てくると言われたのも禍の神を封じてからだ」
「そうなんですか?」
サルタケノミコトは頷く。
「夜は本来、残酷で美しいものであった。しかし、禍の神が月に封じられてからはただ残酷なだけ。かつての我が主人が好んだ月の夜を取り戻したい」
サルタケノミコトは大木を握るとゆっくり立ち上がる。
「マカよ。天人との戦。我も参加しよう。それに合わせて各地の妖怪どもにも兵を出させる」
「えと、それはなんというか無関係なのに申し訳ないというか……」
「気にするな。今の天人は穢れていると言えども人では倒し切れない。だからこそ水子の神の血肉で生まれたものどもの力が必要だ」
「——分かりました。ありがとうございます」
「今のお前がすることは天人への対策と、後継者の育成だろう」
「え?」
サルタケノミコトは私の後ろに指を差す。振り返ると建物の影に隠れたフキカゼがこちらを見ていた。
彼は気づかれたと思ったのか私と視線があった瞬間にまた影に隠れた。
そして後ろからサルタケノミコトがゆったりとした声を発する。
「禍の神に唯一争うことが出来る剣術を伝えるものは片手に収まる数しかいない。あの変える妖怪のアマと狛村のタキモトに教えられた剣術こそが禍の神に唯一争うことが出来るものだ。だがあの二人はすでに老体。唯一身につけているのはお前だけだ」
——私だけ?
「えっと……あれ? サルタケノミコト様?」
いつの間にかサルタケノミコトは帰ってしまったようだ。
かつて勇者ちゅらと旅に出た猿神は時を超えて再び誰かのために何かをしようという気持ちがきっと湧き出してきたんだろう。
「……あ」
東の空を見るとぼんやり明るくなっている。
そんなに話し込んだ記憶はなかったけどそもそももう少しで朝になる時間帯だったのかな。
私は振り返りフキカゼが隠れている方向を見る。
その時何かが足に当たり見下ろすと木の棒が落ちていた。それもフキカゼがモテるぐらいの大きさのものが。
——もしかしてサルタケノミコトはあの子に何かを感じているのだろう。
私は木の棒を拾う。
「フキカゼ。剣術を教えてあげるから出て」
フキカゼはひょっこりと建物の影から顔を出すと少し嬉しそうに目を輝かしている。
「ほ、本当!?」
「うん、お日様が出るまで。みっちり教えてあげるよ」
「やったー!」
フキカゼの喜びの声が辺りに響き渡った。
——————。
あれからしばらくして私は小切童子を加えた五人で小切谷村を日の出と共に出発した。
今日は少し暖かく、雪がましなのか昨日よりは道を進めそうだ。
後ろではカグヤは小切童子と楽しそうに話している。
カグヤも気づけば私に依存せずに自立してきているのは嬉しいけどどこか寂しいな。
そう思っているとツムグさんが私の隣に来る。
「なんか今日のマカ。どこか嬉しそうだね」
「そう?」
「あのフキカゼって子と何かあったんじゃないの?」
ツムグさんはニマニマ笑う。
「——大したことはしてないですよ。ただ……」
「ただ?」
私は空を見上げる。
昨日のサルタケノミコト様の言葉に何を感じたのかあの子を見た瞬間に何か残しておかないといけない気がしてしまった。
たったの一日だけどもし合間ができたら彼に剣術をしっかりと教え込もうかな。
ツムグさんは無視されたと思ったのか私の前に来ると頬を膨らませた。
「たーだ?」
「——いや、子供って可愛いなって」
「ふーん。カグヤ。今の意見どう思う?」
「え?」
突然話を振られたカグヤは少し戸惑った様子で私とツムグさんを交互に見るとトテトテと見かけによらない子供みたいな落ち着きのない走りで私の着物の袖を掴むと上目遣いでこちらを見た。
「私のことはもう可愛くないの? 私はマカのことを可愛いお姉ちゃんって思っていたんだけど」
カグヤは拗ねているのか腕にしっかりと抱きついている。小切童子はそれを面白そうに見つめ、ナビィさんは呆れている。
無論、カグヤは私にとって可愛い妹だから可愛くないはずないしね。血が繋がっていなくても大切な妹分なのには変わりはない。
私が頭を撫でるとカグヤは幸せそうに目を細める。
とりあえずは今は安雲都に向かおう。
————。
のちの歴史書に突如として安雲から糸麻(イトマ)に来たという青年が現れた。やがて彼は吾妻大将軍(アズマタイショウグン)に任じられ、蝦夷を制した後、蝦夷の地を治める『火高見吹風(ヒタカミノフキカゼ)王』と名乗ったと言う。
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