第21話 安雲内乱

 ——冬の夜の凍てつく寒さに抱かれる。

 鳥取(トリトリ)のヨナコから湖を伝って天谷村に向かって二日ほどで到着した。

 その時コノワシとシシハゼさんと再会したものの、タニマさんが時間がないと言ったため簡単な挨拶とツボミさんは今何をしているのかを伝えて村を後にした。


 カシさんはと言うとヨナコから泳いでここまで来たのにも関わらずあまり疲れを見せていない。カグヤはすでに疲れてしまい、ツムグさんが代わっておんぶをしてくれた。


 私は暗闇の中一睡もせず、他の物部の兵士たちと同じように剣が揺れる音を耳に聞かせる。

 そんな退屈な私に気を利かせてかツムグさんが隣を歩きあたりを見渡しながら私に声をかける。


 「それにしてもマカはボクがいない間結構長旅をしたんだね」


 「はい。船旅も物部様の元にいくので二回目ですね。ツムグさんはここまでの長旅はないんですか?」


 「ないよ。本当に山登ぐらいだけで海や湖を船で渡る事なんてなかったよ」


 「へぇ〜。あ、そう言えばカシさんは物部様の元に行くまでは何をしていたんですか? 参考にしたいのですが」


 「ん? 物部様の前のことですか?」


 カシさんは突然のことに少し驚いた顔を見せた後、懐かしそうに語り始めた。


 「物部様の元に行くまでですと話は長くなりますな。何年前からがよろしいですか? 我(ワ)は長生きのあまりについ長話となってしまうのですよ」


 そんな雑談をしていたせいか私たちの前を歩いていたタニマさんが不満げな顔で振り返ると私の視界を手で塞ぐ。


 「マカ殿、戦場に向かっている道中にそう言うことはよしなされ。途中で話を切られたらたら気になるあまり戦に集中できませんぞ」


 タニマさんは少し名残惜しそうな顔をしながらそう口にすると前に向き直ると再び歩き始めた。


 それからしばらく歩き、日が山の頂から顔をお披露目した頃合いで目の前に天河安雲都(アマカワアクモノミヤコ)が見えてきた。

 都の門に近づくと「止まれ!」と言った大きな声と共に物見櫓と門の中から続々と守衛が槍や弓を持ってぞくぞくと十人ほどが一斉に飛び出した。


 その中でも一番年老いて落ち着きを保っている老兵が前に出る。

 老兵は私たちを じっくり見る。


 「——その甲冑にある紋様は物部様?」


 老兵の言葉にタニマさんは堂々と前に出ると胸を張って大きな声を出した。


 「我こそは大王の祖神たる日向神(ヒムカノカミ)が三男、日飛角命(ヒビカドノミコト)が祖神の物部大連(モノノベノオオムラジ)一族にして鳥取(トリトリ)に住まう物部守谷(モノノベノモリタニ)が嫡男、物部谷間(モノノベノタニマ)である!」


 タニマさんの言葉に老兵はハッとした顔で後ろを向くと大声を出す。



 「——お前たち! 武器を下ろせ! そして膝を地につけろ!」


 老兵は今まで焦った様子を見せなかったのか、後ろに立つ守衛たちは一斉に武器を手放すとその場に膝をついた。


 老兵が息を荒くするとタニマさんは老兵に近づく。


 「老人よ。通してくれぬか。天人とやらが天河村に襲って来ているとの話が入ってきた。あそこはお前たちの神域であるため、国造と共に向かいたい」


 「——え?」


 「なんだ。居ないのか?」


 「い、いえ、いるのですが……少し狩りに出ていて」


 「ほう、どこに? こちらとしては早急に対応したい案件なのだがな」



 老兵は徐々に顔が真っ青になっていく。

 それもそのはずだ。なぜなら国造は天河村に戦争を仕掛けているからだ。

 だから老兵がここで出来ることは言い逃れしかない。

 できて天河村が反乱を仕掛けて来ているためその対処に向かっていると言うだろう。

 だけどその心配はない。事前に天人に攻められているということを知らせているのだから。


 老兵はしばらく唇を噛み締めた後、地面に膝をつくとタニマさんを見た。


 「タニマ様。実は国造様は月を模した仮面を被った化け物に操られてしまったのです」


 ——あれ? 思ったより早く折れてくれた。


 それからしばらく老兵は罰が悪そうな顔でゆっくり話し始めてくれた。

 

 国造に異変が応じたのは二ヶ月ほど前で、私が丁度狛村で天河村と小切谷村の助けを借りて戦っている時に月を模した仮面の男が屋敷に襲撃し国造に取り憑いたみたいだ。

 顔に仮面が張り付き取れない。そんな状態が続いた時、唐突に天河村に攻めると言い始めたのと言うことだ。


 老兵の言葉を聞いたタニマさんは頷いた後ゆっくり私を見た。


 「マカ殿。その月を模した仮面、私は天人と考えるがどうですかな?」


 「はい。天人で間違いないでしょう。彼らは皆つきを模した仮面を被っているので」


 「そうですか。では援軍というのは国造を食い止めて取り憑いた天人を払うために国造の兵からの囮のためと言うことですな?」


 勘が鋭い。いや、これはもうバレても致し方ないだろう。むしろ帰って嘘をつく方が仇になってしまう。

 しかし、意外なことにタニマさんは咎めず逆に笑みを浮かべた。


 「いえ、気にしないでくだされ。むしろ好機です。ただマカ殿だけが天人に襲われたと言えば狂言とされますが、他の村や安雲の国造、そして大王の仕える物部一族のものまでもが進言すれば大王も動かざる得ない」


 タニマさんは長々と喋ると後ろに立つ側近と思わしき細細とした老人を見ると老人はうんうんと頷き老兵に近づいた。


 「では老兵よ。国造の三人の息子、一人の姫は無事なのだな?」


 「はい無事です……」


 「では代理の当主に伝えよ。半日までに少数の兵を出せと。——いや、まず余力はあるか?」


 「——百人であれば大丈夫です」


 「分かった。であれば安心だ」


  タニマさんは頷くと腰にかけていた剣を鞘から抜き取ると高く掲げた。


 「皆の者! これより天河村に向かい、国造に取り憑いた天人を討ち取る! 続け!」


 「「「おう!」」」


 タニマさんの声に老人含めた全ての兵士たちが大きな声を上げた。

 その光景に私は自然と心が躍り、声には出さなかったが自然と剣を鞘から引き抜いて高く掲げていた。


 ——————


 それから天河安雲都(アマカワアクモノミヤコ)に入りつつも宮殿には向かわずそのまま通過し、途中までの道のりにある川に沿って天河村へと向かう。

 空はそろそろ日が傾き西の山の頂が徐々に紅色に染まっていく。

 タニマさんは辺りを警戒し見渡しながら兵士たちに指示を出す。


 「山は狼の棲家。即ち天河人狼の独壇場だ。下手に山に入らずあたりの情報収集を進めながら国造の軍勢に追いつくぞ」


 兵士たちの顔に緊張が走る。

 ある兵士は手足が震え、ある兵士は息を荒くしている。


 その時タニマさんの側近で、都を出た後、門番をしていた老兵から馬を借りて情報収集に行っていた老人が馬を走らせて近づく。


 「タニマ様。このトリシロ、百姓どもより国造について聞いたところあの山を迂回した先のようです」


 どうやら老人の名前はトリシロと言うらしい。

 トリシロさんはそういうと東に指を差した。


 「今国造の軍勢はなぜか進軍を止めているみたいですので叩くのなら今のうちですぞ」


 

 タニマさんの言葉にカシさんは突然吹き出しタニマさんの前に出た。


 「ではタニマ様。ここは我(ワ)が前に出ましょう。いくら屈強な兵士と言えども我(ワ)の口から出る炎を見れば皆恐れの余り降参いたしますぞ」


 「押し通るのか」


 「えぇ、全力で押し通りまするぞ。我(ワ)がいるからに交渉しないという手はありませぬ」


 そう言ってカシさんは前に出ると軽い足取りで前に進む。

 すると道中ずっと後ろにいたツムグさんとカグヤが私の後ろに来るとツムグさんは私の耳元に口を近づけ私にしか聞こえない声を出す。


 「マカ。とりあえずだけどその剣で仮面だけ器用に斬れる?」


 「——え〜と手元が狂わなかったら行けますけど」


 「多分国造と遭遇したら兵士は正気だから動かない。だけど反対に国造は一気に向かってくるから注意してね」


 「——それも神様のお告げですか?」


 「うん、そうだよ。信じてくれたら嬉しいな」


 「——ありがとうございます」


 「マカ殿とお付きのもの、何を話していらっしゃる」


 前を見るとタニマさんとカシさんがこちらを見ていた。

 とりあえずここはツムグさんの言葉を信じてみようかな。ここは一つ芝居を打とう。


 「いえ、何でもありません。タニマ様もあまり女子の内緒話には口を出さないでください」


 「そうか、それはすみませぬ」


  タニマさんは意外なことにすぐに謝った。

  カグヤが珍しくクスッと声に出して笑うとタニマさんはため息をつく。カグヤは少し興味を抱いたのかタニマさんの袖を引っ張った。


 「タニマ様って結構子供っぽいね」


 「む、付き人はあまり前に出ては行けませぬ。ほら、下がりなさい」


 「ふーん。なら事が済めば少し遊んでも良い?」


 「——はぁ、考えておきます」


 カグヤはそれを聞けて満足なのかトテトテと私の後ろに戻る。


 その時カシさんは足を止めると顔だけをこちらに向けた。


 「もう目前ですぞ」


 かなり短いその言葉にこの場の全員に緊張が走る。


 気づけば兵士たちは全員臨戦体制に入っている。

 私はカグヤを背に剣を抜く。 


 カシさんの脇から前を覗き込むとかなり向こうに砦が立っており、屋根の穴から煙が上がっているため確実にあそこに国造の軍勢がいるのが分かる。


 砦にいる軍勢も私たちに気が付いたのか遠くから太鼓の音が聞こえてくると砦の門が開くと続々と兵士たちがこちらに向かって走り出した。

 タニマさんは手をあげて陣を作り迎え撃とうとしたがカシさんが両手を広げて「我(ワ)だけで十分ですぞ」といつになく真剣な口調で指示する。


 「——皆の者口と鼻を抑えろ!」


 タニマさんの声とほぼ同時にカシさんは目を透明な膜で覆うと力一杯息を吸い、次の瞬間炎を大空に向かって吐き出した。

 カシさんが吐き出した炎の風はこちらにまで熱が伝わるほど熱く同時に足元の雪が湯気を立てて一気に蒸発する。

 前から向かってきている敵兵たちはあまりの熱さに耐えれなかったのか急に咳き込むと血を吐き出してその場に倒れ始める。


それから十秒ほどカシさんは炎を吐き出し終続け、息が切れたのかゆっくり止めて牙を敵兵に向ける。

 敵兵はカシさんを見るとあまりにも恐ろしかったのがその場に尻餅をついて動けなくなっていた。


 「ふむ、怖気付きましたが」


 カシさんは残念な顔をする。多分あのまま敵兵が突っ込んでいれば彼らを一網打尽に焼き殺していたのだろう。


 「恐れるな馬鹿者」


 敵兵は何か恐ろしいものを見る顔になりすぐその場から立ち上がって道を開ける。

 そして敵兵をかき分けながら豪勢な鎧に身を包んだ小柄な人狼の男が歩いてきた。

 男は体格に似合わない大きな蛇の様に刃が曲っている剣を鞘から取り出す。

 よく見るとその剣は国造様に宗介さんがユミタレさんに言われて渡したはずの剣を持っている。

 なるほど、この人が国造か。

 タニマさんはカシさんの前に出ようとしたが、カシさんに止められ諦め、カシさんの背中に隠れながら大きな声を出した。


 「お前が国造である天河(アマカワ)高千穂(タカチホ)犬也(イヌナリ)か」


 「如何にも、我こそが国造の天河(アマカワ)高千穂(タカチホ)犬也(イヌナリ)であるぞ。——大柄な亀妖怪の背でしか威張れぬ軟弱者めが」


 

 私が咄嗟にタニマさんとカシさんの前に出るとイヌナリは鼻で笑った。


 「娘が何ようだ? そうか、主人を殺されぬように先んじて身を我に捧げに来たのか! フハハハ!」


 「——マカ殿、イヌナリ様は操られてますな。会ったのは数年前の一度だけですがあの様な馬鹿ではないです」


 イヌナリさんの視線の先を見るとカグヤがいる。

 カグヤは視線に気づいたのか私の背中に隠れ身構える。物部の兵士たちは何も言っていないのにカグヤが狙われていると思ったのかカグヤを後ろに隠してくれた。

 やはり天人で間違い無かったのかイヌナリさんの顔についている仮面が揺れ始めるとぽろんと外れ宙に浮かぶと目が輝き始めた


 「なるほど。銀髪のせいで妖と間違えたが……カグヤ様を背中に隠したということはお前が源マカであるか」


 「——そうですけど。あなたの名前は? イヌナリさんではないのは分かるけど」


 「ふふふ、我……仮面が本体にして名はツキシなり。いざ、尋常に勝負!」


 ツキシは大声を出すと私に向かって飛びかかってきた。

 ツキシは一寸の隙も見せず剣を振り下ろすと私は両手を使って盾で塞ぐ。


 「ぐっ!」と剣の重さで肘に痛みが走ったのも束の間ツキシは次々と切りかかってきた。

 私は盾でただ防ぐばかりで攻勢に出ることが出来ない。

 

 盾はしばらく剣とぶつかる音を発し続け真っ二つに割れると私は後ろに飛んでツキシの斬撃を頬に受けながらも間一髪で避ける。

 私は頬の血を拭う。するとその時私の剣が緑色に輝き始めると頭の中に声が響く。


 『——この光を仮面に突き刺しなさい。ただし国造の頭までは突き刺さないように』


 その声は女性の声そのものだ。

 やがて声は聞こえなくなるとツキシは笑い始めた。


 「実に、実に良いぞ! あのアタベが苦戦しただけはある!」


 ツキシは再び斬りかかる。

 こいつの動きはアタベと違って油断もせず本気で殺しにきている動きだ。

 私は斬撃を剣で受け流しつつ仮面に剣をさすかを考える。


 「逃げ腰ばかりでは我に勝てぬぞマカ!」


 ツキシの剣が私の右の脇腹に当たる。

 脇下から温かいものが流れる感触を感じると右手から力が抜ける。


 「止めだ!」


 「はァァっ!」と私は歯を噛み締めて力を振り絞ると左手に持ち替え一気に振り上げた。


 そして剣と剣がぶつかり合う音があたりに響き渡ったその時ツキシの研磨でも輝き始めた。

 「しまっ!」とツキシが声を上げたその時突如仮面を掴むと地面に叩きつけると年相応に息を荒くした顔中に傷をつくっている男が私を見た。


 「——我輩は……何を」


 「イヌナリ様がお戻りになられた!」


 ずっと傍観していた国造この兵士たちは声を上げる。

 私は咄嗟にイヌナリさんに近づくと仮面から離すべく押し飛ばすと仮面だけとなったツキシは中に浮かぶとこちらを見た。


 仮面だけで表情はわからないがどこか寂しそうな感じで私を見る。


 「——我の負けか……アタベは弱いと言っていたがかなり強い」


 「いたたた」よイヌナリは尻をさすりながら立ち上がると私の方に手を置きツキシを睨んだ。


 「天人よ、貴様はなぜここに降りてきたのだ? 月の民は日の神が見ている時は降りてはならぬと慣わしがあっただろうに」


 「——地上の民よ。お願いがあります」


 「は?」と私が呆気に取られているとツキシは目から光を私に向けて出す。すると私の体の傷口は塞がり血が止まった。

 そしてツキシは体から光の粒を出すと徐々の下面が透けてくる。


 「地上の民よ、この地に月の民が降りぬために結界を張ってください。月の都はじきに滅びますので、早く……早……く」


 ツキシはただその言葉だけを伝えると光の粒となって完全に姿を消した。

 

 「あっ」


 私の視線が急に低くなる。尻が冷たい。

 そう、力が抜けたのだ。

 先ほどまで下がっていたタニマさんは私に近づくと肩を貸してくれ私は甘んじてゆっくり立ち上がる。

 するとイヌナリさんと天河の兵士はタニマさんの前に来ると頭を下げた。

 

 「——も、物部様。我輩は何を?」


 「操られていた。それも天人にな」


 「やはりそうですか。夜、皆が寝静まった時天神と名乗る仮面から体を少し借りたいと言ってきたので貸したのですがその時からの記憶がないのです。ただ……どうしてこの状況になったのかは予想はできます」


 イヌナリは自身を支えてくれる部下たちを見る。


 「皆の者すまなかった。もう大丈夫だ。ところで……マカ殿ではありませぬか」


 イヌナリさんは私に笑みを浮かべる。


 「もしやマカ殿も某をわざわざ助けに?」


 「はい、こちらにも事情がありまして——ってやはり私のことを知っているのですね」


 「それはもちろん。マカ殿の父君には助けられてきましたので。えーとまずなぜ我輩が鎧を着て兵士を連れ出しているのかを聞きたいのですがな——」


 それからしばらく天河村に物部と国造の兵士たちを連れて行きながら経緯を話した。

 イヌナリさんは威厳のある怖そうな顔とかなり一致した。

 その性格を一言で表すのなら馬鹿真面目だろう。

 自分の思う通りであれば機嫌がよく、でなければ悪くなるそう言った人間。


 やがて天河村に着き、私が事情を話すとしばらくして門が開きチホサコマさんと宗介さんがやってきた。


 「マカよ。よくぞ戻ってきた。大変では無かったか?」


 「はい。大変でした」


 チホサコマさんは私の後ろにいるカシさんやタニマさん、そしてイヌナリさんを見ると5本と一度わざとらしく咳をすると冷静を保ちながら口を開いた。


 「とりあえず物部様と国造様。お話ししたいことが色々あるでしょう?」


 イヌナリさんはゆっくり頷くと真っ先に口を開いた。


 「まず、聞きたいことは天人についてだが中で話そう。流石にこの歳だと外は寒いからな」


 「承知いたしました。ではマカは今日はもう休んでくれ。妹が心配していたから寝る前に顔を出してくれると助かる。お前が言ってから眠っていないからな」


 「分かりました。あ、兵士たちはどうしますか?」


 「あーそうだな……」


 チホサコマさんが悩んでいるとイヌナリさんは振り返って兵士たちを見る。


 「護衛は五人で良い。残りは物部様の兵士たちをお連れし都に帰ってくれ」


 「ハハッ!」


 イヌナリさんの指示を聞いた兵士たちはすでに暗くなっている夜道を都に向かって戻って帰って行く。

 松明はと思ったけどもしかすれば人狼は目が良いため大丈夫なのかもしれない。


 門の前にただ残された私とツムグさんとカグヤはお互いの顔を見合わせると真っ先にカグヤが私に飛びついた。


 「マカ。怪我はもう大丈夫? いくら塞がっても無理したら開くから安静にして」


 「うん、分かったよ」


 「さて、じゃマカ。ボクはここで暇させてもらうね」


 「え、どこか行くんですか?」


 顔を上げるとツムグさんは門に立てかけたままの火がついてない松明を勝手に手に持つと火を灯した。


 「うん、糸麻(イトマ)に一足先に行かないとだからね」


 「場所は分かっているんですか?」


 「あぁ、分かってるよ。じゃ、またどこかで」


 ツムグさんはどこか不気味な笑みを浮かべるとただ闇の中に入り徐々に灯が小さくなった。

 実に呆気ない別れ方だ。


 「カグヤ、とりあえずもう寝よう」


 「うん、ヘトヘト」


 私とカグヤは宮殿に入りチホオオロさんとナビィさん、それからツボミさんやヒルコさんなど沢山の人に心配されながら寝床でゆっくり眠った。


 ——翌日。

 何度も繰り返した日をまた拝むと簡単なご飯を口にする。

 この日はどことなく緊張しながら私は大広間の中にいる。


 大広間の中には上座にはタニマさんが乗りその下にはイヌナリさんやチホサコマさん、チホオオロさんやカグヤ、ナビィさんやオトシロさんと言った天人と関わった人物だけがこの場にいる。

 狛村にいるイナメさんや小切谷村にいるツバキさんには後々情報を共有するということでこの評定が開かれた。


 まず私が最初に天人と戦った経緯を改めてタニマさんとイヌナリさんに伝える。

 片方は事前に説明し、もう片方は直近で被害が出たため難色を示さずただ会釈だけした。

 私が話し終えるとタニマさんは考えるそぶりも見せず口を開いた。


 「なるほど。天人はそこのカグヤを狙って襲ってきている訳か。それにしてもマカ殿。なぜ天人がカグヤを襲うのか知っているか?」


 「いえ、知りませんが関係ありません。理由を話さずこちらに攻撃を仕掛けたのですから彼方が講和を言ってこない限り妥協などする気はありません」


 タニマさんは私の言葉にどこがおかしかったのかクスッと笑う。


 「確かにマカ殿のおっしゃる通りですな。イヌナリ殿はどうですか? こちらとしては天から敵が来るだけでも国難だと思いますが」


 「えぇ、我輩もここは戦うべきかと。月の神に不穏な動きに出るということは何かしら近く厄災が起きようとしているのではないかと考えます。賢明な大王様でしたら既に動いていそうですが……」


 「しかしだな、今東方の蝦夷諸国がユダンダベアから離反する動きがある。天人たちに兵士を振り分けられるのかが問題だ——無論、安雲と筑紫それから隼人諸国と月予(ツキヨ)は余裕があるからな」


 なるほど。どうやら問題が山積みなようだ。

 それからチホサコマさんを中心に私が大王に渡す直訴文の内容を話し合った。

 この話し合いは私にとって専門外すぎ他あまり一つも提案ができなかった。

 取り敢えず直訴することとして三つのことが決まった。


 ・一、天人外寇に備えての十分な支援を要請

 ・二、支援をして頂く代わりに蝦夷諸国の懐柔は天河に仕えている蝦夷(オトシロ)に任せる。

 ・三、天人についての情報収集の要請また、月神を降ろすための儀式の依頼


 この三つを大王に直訴。

 確かに大王はユダンダベアで一番偉いためやる分には良い。だけどそもそも直訴とはこちらが一方的に言うこと。

 まず私が糸麻(イトマ)に行く理由は大王からの依頼によって大幅に変えないといけない。

 


 「すみません。交渉は私なのでその三つを軸に大王との交渉自体で少し変えても良いですか? 大王からの命令で糸麻(イトマ)に行くのなら直訴自体を大王からのお願いを果たす代わりの褒美にするのはどうですか?」


 私の言葉にタニマさんが考えているとチホオオロさんは感心してくれた様な明るい笑みを浮かべる。


 「そうだな。タニマ様そうしましょう。そもそもこれは大王の元に向かう代償に天人に抗する手駒が減る。そのためこちらの要求を聞き入れてもらうと言うことにするのが一番です」


 「分かった。イヌナリ殿は?」


 「我輩も異論はありませんがしかしマカ殿一人で糸麻(イトマ)に……」


 イヌナリさんの言葉にナビィさんが手を挙げる。


 「でしたらワタシが同行します。あとはカグヤさんも一緒に」


 突然のナビィさんの言葉にタニマさんとイヌナリさんが困惑していると先ほどまで静かだったチホオオロさんがようやく重い腰を上げるように意見を述べ始めた。


 「それでしたらタニマ様が共に行くべきかと存じます。タニマ様は聞くところによりますと幼い頃は大王の御子息様に仕えていたと言うことなので糸麻(イトマ)では顔が広い筈ですが以下下ですか?」


 タニマさんは顎に手を当てる。


 「族長殿安心してくだされ。元からその予定です。では評定はこのぐらいで大丈夫ですか?」


 タニマさんのその言葉と共に評定は終了した。

 この時の私はどこかおかしかったから気づかなかったのだろう。




 ————天人との戦いは一国だけでは済まされなくなっていた。

 

 

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