第20話 物部

真冬の深夜で凍える潮風に体を震わせ、荒れる海の波を見事に浴びて体を震わせるツムグさんをカブカセさんは優しく布を被せる。

 私は天河村がある山を海養(ウミカイ)の集落でカブカセさんの力を借りて船で鳥取(トリトリ)に向かった。あれから1日半が過ぎた。


 ツムグさんは当初はかなりカブカセさんのことを怖がっていたけど今では船酔いで気分を悪くして膝枕をして介抱されていた。


 「き、気持ち悪い……」


 ツムグさんは息を荒くしてそれを見かねたカブカセさんは優しくツムグさんのおでこを撫でる。


 「無理をするな。慣れないうちはしんどいからな」


 「もう船は懲り懲り……」


 「帰りも乗らないとだろ? ならあと少し耐えるんだ」


 「嫌だぁ……乗りたくないぃ……」


 珍しいというか元のツムグさんなのかいつも通り子供っぽくカブカセさんは孫を見る目でツムグさんを見ていた。

 多分だけど今の状況だと嫌がる余裕もないのかもね。


 月が徐々に満月に近づくのを実感しながら私は膝の上で眠るカグヤの頭を撫でる。

 すると首にかけていたナビィの勾玉が青白く輝くと頭の中にナビィさんの声が聞こえた。


 『マカ様。これは単なる報告ですので今から話す言葉に返さなくても大丈夫です』


 ——報告? どうしたんだろう。


 『先ほど国造の軍の使者の一人が天河村にやって来て交渉に乗り出しに来ました。そこで分かったのですがどうやら全ての兵士は別に天人に操られていないみたいで、今は国造様を抑えようとしているようです』


 頭の中に響き渡るナビィさんの声はどこか疲れているようだが、続けて喋った。


 『そこでマカ様にお願いしたいのは国造と天河の戦争は伏せてください。天人に襲われていると言うようにしてくださいね。チホサコマ様からのお願いです。言い方を間違えると私たちが国造の地位を奪おうと国を乱したと間違えられるので』


 ——なるほど。


 『ではマカ様、お願いしますね』

 

 この言葉を最後に勾玉の輝きは消え、それと共にナビィさんの声は聞こえなくなった。

 思えば天人との戦いも規模が大きくなってきた。最初は小切谷村と天河村と協力から天谷村も加わり挙句に宇賀夜(ウガヤ)と筑紫までがこの戦いに関わろうとしている。


 私は膝の上で眠るカグヤを見てそのまま空を見上げると空に浮かぶ月を見る。


 「——カグヤを守るだけだったのに気づけば見ず知らずの大人数の手が必要なんて思いもしなかったな」


 「——ん? どうした?」


 突然の声に驚きのあまり獣のように素早く声が聞こえた方向を向くとカブカセさんが眠そうな顔をゆっくり上げて私を見ていた。

 私は一呼吸置く。


 「いえ、ここまでしてくれるのに何もお返しできないのは申し訳ないと思いまして」


 「その必要は無いぞ。今回は天河の命だろ? ならお返しを要求することはない。それに久々に元気な若者を見れてアタシはとっても満足だよ!」


 カブカセさんは嬉しそうに笑うと周りの他の男たちも笑い出した。

 すると私の隣で船を漕いでいた若い男は私を見ると鼻の下を伸ばしたような目に変わった。


 「お返ししたいならオラは歓迎だぞ? こんな若い娘と話せるなんて久しぶり——」


 若い男の言葉に他の男たちが船を片手で叩き怒声を叫び始めた。


 「何を言っている馬鹿なことを言うな!」


 「お前行く先々で旅人と他の村の娘を孕ませたり挙句に我慢できなくなったら美男子を連れ込んだりと面倒ごとを起こしてるだろ!」


 「調子に乗るなよ下っ端! 何度テメェのケツを拭いてやらないとダメなんだ!」


 若い男は怒鳴り声に驚くと肩身を狭くてボソッと本当すいませんと口にした。

 それを見た老人、ノリナマさんは大笑いするとビシバシと何度も私の背中を強く叩く。

 あまりの痛さに私は「うぐっ!」とつい声が出てさっき食べたものまで吐き出しそうになった。私はヒリヒリと痛み背中を撫でる。


 ——少しは加減して欲しい。


 ————————。


 そんなことがありながら二日が過ぎた日の昼。

 ようやく鳥取(トリトリ)に到着した。

 港につくや否、ツムグさんは船から陸に飛び移ると急に明るい表情に変えて嬉しそうに手を伸ばした。


 「マカついに着いた! この地獄から解放された!」


 ツボミさんは子供のように体を揺らす。

 カグヤはその光景を少し微笑みながらツボミさんを見守る。


 「——ようやく、着いたんだ」


 カグヤは神妙な顔ぬながらツムグさんのようにそそくさに船から降りる。

 本当に飽きていたんだろう。


 それから私も続いて船から降り、カブカセさんや船乗りも次々と降りる。

 私は体を伸ばして与那子(ヨナコ)を見渡す。

 ここは私が見た町の中で一番大きく、人が溢れんばかり行き来していた。

 行商人や妖怪に至るまで活気に溢れ、至る所から大きな声が聞こえてくるほど賑やかだ。

 カグヤとともに驚いているとノリナマさんが笑いながら私の隣に立った。


 「マカのような田舎娘はこの町を見たらみんな固まるんだわははは! 無論ワシも固まったわ!」


 興奮するノリナマさんの言葉に乗っかるように他の船乗りたちも大騒ぎし始める。

 その光景をカブカセさんは呆れて見るとノリナマを小突いた。


 「あー取り敢えずノリナマよ。この馬鹿どもはお前に任せたよ。アタシはこの子達を物部様のお屋敷に案内するからね」


 「分かりました!」


 「女遊びもほどほどにな」


 「分かりま——ワシはしてないですぞ!?」


 カブカセさんはノリナマさんの悲痛な叫びを無視すると突然後ろに回って私とツムグさんの尻を勢いよく叩く。


 「——いたっ!」と痛みで私が声を上げると隣にいたツムグさんは可愛らしい悲鳴をあげる。

 そしてツムグさんは顔を真っ赤にしてカブカセさんを睨む。

 

 「ちょ、痛いじゃないですか!」


 「すまんすまん。迷子になりそうだったからな」


 その言葉に周りを見るといつの間にか歩いていたようで最初いた場所から遠のいていた。カブカセさんの隣ではカグヤが呆れた様に私とツムグさんを見る。

 そしてカブカセさんはゴホンと咳をすると少し遠い所の丘の上にある大きな屋敷に指をさした。


 「ほら行くぞ。物部様はこのぐらい時間であったら絶対に出向いてくれるんだよ。ほら行くよ」


 ツムグさんは痛かったのか不満げな顔で先へと進むカブカセさんを見る。

 取り敢えずようやくここまで来たんだ。

 下手なことをしない様に気をつけないと。


 私はカグヤの手を握り、ツムグさんと共にカブカセさんの後ろを歩いた。


 それからしばらく歩き、お日様も西に傾き始め黄昏時がそろそろやって来そうだ。

 物部の屋敷は街を見下ろしている小さな丘の上にあり、一言で表すのなら天河村の大きさが一つの屋敷と言っても良いほど大きい。


 屋敷は堀の囲まれカブカセさんと共に門の前に来ると一人の大柄や年老いた門番がこちらを睨む。

 門番の顔には傷がある。恐らく歴戦の戦士だ。

 門番は私たちに近づくと一人一人じっくり見る。


 そしてカブカセさんの前に来ると門番はようやく硬い口を開いた。


 「——カブカセ殿。此奴らは? 始めて見ますが素性が知らない者はお断りですぞ」


 「安心せい。赤毛の娘はワシの弟子で銀髪の娘は源氏の一族の者。その源氏の袖を握っているのは付き人だ。他に怪しいところはあるか?」


 「——いえ、何も」


 門番は小さな声でそう告げると門を少し開けてボソボソと喋る。

 てかカブカセさん流れるように嘘をついたな。

 隣にいるツムグさんが露骨に嫌がってる。

 しかし、嘘も方便と言うべきか門番は疑いもせず笑顔になる。

 やがて門の中から激しい音がしたと思えば一人の服が乱れた顎髭が特徴的な小柄な男が飛び出してきた。

 男は息を絶え絶えに私たちを見ると笑顔になる。

 気のせいか男は私を一瞬驚いた顔をしたがすぐに目を逸らしてカブカセさんを見る。


 「こ、これはカブカセ殿。それと——源マカ殿でお間違い無いですか?」


 「——どうして名前を?」


 「格式の高い家は父上に嫌と言うほど学ばされるからですな。安雲の源氏なら尚更覚えないといけないもので」


 男は息を整えると元気な声を腹から出した。


 「取り敢えずマカ様。私めは物部守谷(モノノベノモリタニ)が嫡男、物部谷間(モノノベノタニマ)。気軽にタニマとお呼びくだされ」


 タニマさんは子供の様な健気さで笑い声を上げると私に近づいた。


 「いくらマカ様が力があると言っても荷物持ちは感心しませんな。そこの後ろの付き人に持たせるべきでは?」


 「え!? あ、あぁ……」


 確かに荷物を持ったまま謁見はまずいな。

 申し訳ない気持ちで荷物を下ろすとツムグさんが剣と盾を持ち、カグヤが食料などが入って袋を代わって持ってくれた。


 「あ、ごめん。ありがとう」


 「ううん。マカだけに持たせてたのが悪いから」


 カグヤの言葉にツムグさんも同意するかのように頷く。

 ——後でカグヤにご褒美に何かあげようかな。もちろんツムグさんにもだけど。


 ————。


 それから私たちはその後何事もなく屋敷の中に案内される。

 前ではカブカセさんとタニマさんが賑やかに話してその後ろを私が歩く。

 ツムグさんとカグヤは下人と同じ扱いなのか、私とカブカセさんとはタニマさんの家来に客室に案内された。


 屋敷の中は天河村のものと比べて大きいが、かなり質素だ。

 

 それからしばらく進み、大広間にようやく着いた。

 大広間の上段には物部の主であろう物部守谷(モノノベノモリタニ)らしき人物が胡座で座っている。

 モリタニは威風を感じさせない弱々しい見た目だが、威風を強く見せようと思ったのか髭だけはしっかりと伸ばしている。


 服装は赤色を基調とした着物を身に纏っていた。

 タニマは大広間に入り、すぐにその場に座ると頭を下げた。


 「父上、カブカセと源マカとその付き人立ち参りました」


 父上、やはりあの男の人がモリタニで間違いないだろう。

 モリタニさんは先ほどまで別のことをしていたからか疲れが溜まった顔でこちらを見ると下段で座っていた一人の家臣に何かを口にする。

 そして家臣はこちらを見る。


 「よくぞ来た。さぁ、前に座るが良い」


 カブカセさんは家臣の言葉にお辞儀をすると前を歩いた。

 私も同じ様に歩きカグヤとツムグさんも続こうとするとタニマさんは急に立ち上がり二人の手を掴んだ。


 「——下々はここで座りたまえ。父上の近くで座れるのはあのお二人だけです」


 「——分かった」とカグヤは諦めた顔をすると大人しく座り、ツムグさんも下手な騒ぎは避けたかったのか大人しく座ってくれた。


 前を向きモリタニさんの近くにカブカセさんと共に座り、頭を下げた。


 「カブカセとマカよ。よくぞ馳せ参じて来た。詳しくは知らぬが源氏と海人(ウミヒト)の主人の二人が来るとは一大事なはずだ。頭を上げて話してみよ」


 私はモリタニさんの言葉に顔を上げると一度カブカセさんを見る。

 カブカセさんを何も言わず私を見て微笑むと視線をモリタニさんに戻した。


 「物部様。政(まつりごと)の最中での急な訪問をお許し頂き誠にありがたきことでございます」


 「構わぬ。で、今回はどうしたのだ? 安雲の天河との交易で新しく必要なものができたのか? 鉄が欲しいのか? それとも翡翠か?」


 「いえ、その二つではなく異族来襲を受けておりましてその援軍をお頼みしに馳せ参じた次第でございます」


 ——異族来襲、天人来襲。流石にバレそうな嘘な気がする。あってはいるけど信じてくれるのかが分からないな。


 モリタニさんはあまり想像できないのかむずかしい顔で考えている。

 

 「異族来襲か。北海の果ての大地にいると聞くモノどもか?」


 「いいえ、天からの異族です」


 「は?」


 モリタニさんは呆気に取られた声を出すと拳を強く握りしめて震わせる。

 まぁ、正直見慣れた反応だ。

 すると後ろで座っていたタニマさんが前に出てモリタニさんに近づく。


 「父上。鎮まってください。源氏もいますし下手に出ると糸麻(イトマ)に伝わります」


 「——そうであるな。ではマカよ。その天人とやらを詳しく教えてくれぬか? お主が直々に来ると言うのは即ち、お主が直々に戦ったからであろう?」


 ——感が鋭い。それなら大体のことは信じてくれそうだ。


 「はい、お話します」


 私は嘘偽りなく真実だけを伝えた。

 まず後ろにいるカグヤが天人に狙われており、二度は近隣の村と協力して撃退に成功したがその被害が尋常ではなかったこと、そして次は流石に勝てないと判断し糸麻(イトマ)の大王の力を借りようとしていた時に天人が襲来して来たことを伝えた。


 最初は大丈夫だとは思ったが、途中不安になりつつもモリタニさんは予想に反して心身に話を聞いてくれて相槌を打ってくれている。

 これは予想通りだけどタニマはやはり信じがたい目でこちらを見る。

 

 その時、カブカセさんは額の目を開くとケラケラと笑った。


 「タニマ様よ。アタシを誰だか知っておられるでしょう? 心を見れる妖怪がそうそう嘘をつくと思いでしょうか?」


 その言葉にタニマは露骨に不機嫌な顔をする。


 「心を見れるからでしょう。見れると言うことは相手の心の状況に応じて話を変えたりできるからです。一見味方と思わせて実は敵で策略にはまって滅ぼされた王族がまさにある!」


 「——吉備のことですかな。タニマ様よ。前々から聞いてみたかったのですが犬が人を殺したら全ての犬が危険とお考えですかな? 」 


 「それとこれとは話は別です。我々も信じたいのは山々ですが見返りがなくては困ります。それも軍を動かすとなれば無論こちらの守りが手薄に——」


 「タニマ、黙っておれ」


 「父上!?」


 モリタニさんはタニマの会話を遮ると私を見る。


 「マカよ。我の父はお主の祖母の兄弟、すなわち親戚だ。歳も若いハトコであるマカに厳しい見返りなど求めるはずがなかろうて」


 「——え?」とつい声を上げてしまったけど私のお婆ちゃんの兄弟の子がモリタニさん? 

 タニマさんを視線を送ると知っていたのか反応はない。


 モリタニさんは頬杖すると私を見る。


 「まぁ、最後に会ったのはお前が生まれたばかりの頃に一眼見ようと安雲に一度足を運んだ時だけだ。気にするな」


 「——は、はい」


 「父上」


 そしてタニマさんはモリタニさんに声を掛ける。


 「ですが見返りは? 吉備との国境を守らねば奴らが略奪しに来ますぞ。大王が手を出すなと言っているとは言え……守りだけは堅くせねば」


 「——ふむ、ではこうしようか」


モリタニさんは私にとって厳しくなく、そして鳥取(トリトリ)にとっても得のある見返りを私に求め、謁見の間を後にした。


 ————。


 謁見が終わったあと、私たちは家臣に客室に案内された。

 カブカセさんとは大広間を出たあと心を読んだのか残りはモリタニさんがなんとかするだろうなと言ってそのまま仲間と共に故郷に帰ると口にした。

 わざわざ引き止める理由もなかった為、精一杯の感謝の言葉を伝えた。

 今後絶対再び頼ることになるからこの感謝の気持ちは絶対忘れないでおこう。


 しかし意外なことにツムグさんは寂しそうな顔を浮かべて見送った。

 あとで聞いてみると意外と優しく、まるでお婆ちゃんのような感じだったかららしい。


 それから客室に入りしばらく時が過ぎた。

 客室はかなり質素だが冬の凍てつく風が入らないように工夫を建物に凝らしているのかそこまで寒くはない。s

 

 すると急にツムグさんは立ち上がると私とカグヤに背中を向け戸をじっと見つめ始めた。


 「どうしたの?」


 「——何か来る。神様がそう言ってる」


 また神様?


 ツムグさんがそう口にしたのも束の間、戸はゆっくり開けられ中に人のように歩く図体がデカく変えに傷が入っている亀の妖怪が入ってきた。

 その妖怪は腰に剣を携え手足に水掻きが付いており、口はクチバシで目は気怠そうな感じだが視線をしっかりこちらを向いている。

 

 ——見ただけで分かるこの亀妖怪は歴戦の武人だ。


 妖怪はこちらを見ると私が腰に巻いている毛皮をじっと見た。


 「あ、あの〜どちら様で?」


 妖怪は手をギュッと握りしめ震える小声で「お前も死んだのか……」と口にすると我に帰った顔をし改めて私を見るとお辞儀した。


 「——あぁ、失敬。我(ワ)は数ヶ月より物部様の元に住まわせてもらっております亀妖怪のカシと申す。源氏とは千二百年前の古の時にちゅら様と出会いました頃よりあります。なので気軽にカシとお呼び下さいまし」


 カシは恐ろしい見た目に反して大人しい口調で話して来てくれた。


 カグヤは感慨深そうな表情をしてカシを見つめている。その反面ツムグさんは足を震わせ、カシに視線を向かられるとお慌てで私の後ろに隠れるとあわわと声を漏らす。

 カシは別に気にしていないのか笑っているつもりで牙を口から剥き出す。


 「ちゅら様と旅をするのは本望でありましたがあり得ないと思っていましたよ」


 「——あの、私はちゅらではないですよ? その人は昔の人物ですので」


 「でしょうな。ちゅら様は戦う時に髪が長くて邪魔と平気で切られる男勝りな女子でしたからな。貴殿のような髪を後ろに束ねるだけの娘御と違ってましたよ」


 カシは「クェッ、クェッ、クェッ」と乾いた笑いをするとその場に座る。


 「マカ様。でしたな。天人との戦い協力致しましょう。モリタニ様からのお願いだからと言うのもありますが、ちゅら様の恩返しとあの人との約束を果たす必要がありますので」


 「え?」


 するとカシは急に私の前髪を持ち上げると右に整えた。その時のカシの顔はどこか寂しそうながら嬉しそうな顔にも見えた。


 ——————


 その後カシさんから話を聞いた。

モリタニさんはどうやら見返りとして私に糸麻(イトマ)に行った暁に物部宗家に吉備からの攻撃に備えての国境防衛の援軍を要請もしくは安雲国造(アクモクニノミヤツコ)からの援軍を派兵することを要請しにいくことが条件と言われた。

 確かに兵を借りると言うことは守りも薄くなる分増援がいないと厳しくなるから至極当然だ。


 私はカシさんと物部からの援軍千五百人を引き連れて屋敷から出ると鎧をまとったタニマさんが走って近づいてきた。


 「マカ殿。物部の兵の指揮は私が取ります。良いですね?」


 「はい。むしろお願いします」


 私の言葉に満足したのかタニマさんは気分が良さそうに歩いていく。

 多分この人は自分より若い女子に負けるのが嫌なんだろう。そしてタニマさんが先頭に向かって走り、見えなくなる頃にカシは急に笑い始めた。


 「そういえばマカ様。タニマ様とは親戚でしたな」


 「えぇ、まぁ。私は知らなかったのですが」


 カシはふむふむと考えるように顎を触ると牙を急に剥き出す。多分笑っているのだろう。


 「多分、マカ様に一目惚れしたんでしょうな。だからこそ自分は出来る男と見栄を張りたいのでしょう」


 「えぇ……」


 あの、私一応許嫁がいるんだけどもし嫁になれって言われたらどう言えば良いのだろうか。


 カシの言葉に呆れつつも私はタニマに付いて行き港の到着した。

 カグヤはツムグさんに手を引っ張られながらあたりを興味深そうに見渡す。

 そしてタニマは振り返ると私を見た。


 「マカ殿。これより船に乗って湖を西に渡って天谷村に上陸後、天河村に向かいます。道中の先導はマカ殿でよろしいですね?」


 「はい。大丈夫です」


 「では、行きましょう」


 私はタニマさんに引っ張られてツムグさんとカグヤとは別の船に乗らされる。そして全員が乗ってから船はすぐに動き始めた。

 空を見ればすでに日は西の山に帰り夜になろうとしている。

 天谷村に到着する頃にはまだ日も登っていない早朝だろうな。


 そして東にはそんな私たちを嘲笑うかのように大きな月が見下ろしていた。

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