第22話 我が祖が踏みし道
ユダンダベアの都である糸麻(イトマ)。都の中央にある宮殿の中の大広間にて上座に座るイホブキを一段低い下座に座る十数人の豪族たちは一斉に頭を下げた。
豪族の一人、大源弓足(オホミナノユミタレ)は顔を上げると隣に座る息子のユミタレを少し見た後イホブキに視線を合わせた。
「ユミタレよ。狛村の源氏——源マカはどうであったか」
ユミタレはゆっくり頭を上げる。
「とても美しく育っておりました。それと勾玉はお渡しいたしましたので遅くとも二ヶ月ほどで参られるでしょう」
ユミタレの言葉にイホブキは眉間に皺を寄せ一瞬手を強く握ると呆れたようにため息を吐いた。
「乳母が幼い頃より話していた通りだな。国のことより己のことが大事とは言ったものだ。で、その娘にはあの話はしたのだな?」
「はい。禍の神の話は致しました。それと大王様。父上は何処へ?」
イホブキが顎髭を弄るとユミタレの後ろで座っているクシャッとした大広間の中でも一番年老いている男が顔を上げた。
その男の名は稗田連阿波奈(ヒエダノムラジアバナ)。
アバナはイホブキを見ると「ヒヒヒ」と気味が悪い笑い声を上げた。
「ユミタレ殿。そなたのお父上は大王の名で伊予島に向かっておりまする」
ユミタレはアバナの言葉に少し考える。
「伊予島と言えばつ、月神? お、大王! マカより興味深い話が」
ユミタレはイホブキに向き直すと声を荒げてマカより聞いた安雲で起きていることを全て話した。
最初は疑心暗鬼であったイホブキも話を聞くうちに深刻な表情に変えていきそれに合わせるように周りの豪族たちも顔を険しくすると大広間は騒然とする。
「天人だと……天人とは月神様の民たちでは?」
「まだ小童の頃に天の民は地の民と触れてはいけぬと約束されていると那夜伊(ダヨイ)様よりワシは聞いたぞ!」
「なんだと! 那夜伊(ダヨナ)様は何処じゃ! 詳しいのはあの方だけだ!」
「あの方は高熱でお休みだ。無理に押しかけても迷惑じゃろ」
「そうは言ってもあの方がいないと話にならん! クマソ殿が戻られるまでじっとしておるのか!」
アバナは戦慄する大広間を見て愉快そうに笑うと呆れた様子の大王に近づくと耳に口を近づける。
「——大王様。もしかしてですがご存知だったのでは?」
「——何をだ?」
「おや、大王は今朝方、日の神より神託を頂こうと祈りを捧げておいででしたでしょう。その時僕がそばにいたのお忘れで?」
「——流石は我の指南役だ」
「ヒヒヒ。今は誤魔化しましょう。天人に気づいておいででしたら次するべきことはなんでしょう?」
「——お前たち」
イホブキが大きな声を上げると先ほどまで騒いでいた豪族たちは静まる。そしてそそくさにも説いた場所に戻るといい君に頭を下げた。
イホブキは静かになったのを確認するとゆっくり話していった。
「今から指示を出す。まず稗田(ヒエダ)と物部(モノノベ)は諸国、諸島の主たちに天人の地上への攻撃を知らせよ。卜部(ウラベ)と大源(オホミナ)は古文書を漁り天地の結界を再構築するための術を探れ。それ以外の者たちは古の大戦で用いたトンカラリンを修復し、天からの攻撃に備え洞窟を作り出すのだ」
イホブキの言葉に豪族たちは一斉に声を出して頭を下げた。
それと同時に大広間の外から大きな声が聞こえると大広間に一人の少年と銀髪の少女が入ってきた——。
————今からちょうど二十八日前。
源マカと呼ばれる私は国造であるイヌナリさんを救い天河村のチホオオロさんたちと出会った宮殿で今後の方針を話し合ってすでに夕方を回り眠りにつこうとしている。
そして私はカグヤとくっつき着物を上に羽織って寝ようとすると寝床にナビィさんが入ってきた。
その時一瞬カグヤが寝苦しそうな声を聞いたナビィさんが初めて見る大慌ての顔を見せてくれた。
ナビィさんは再び気持ちよさそうに眠り始めたカグヤを見ると私に手招きをしてくる。
——なんだろう。
私はゆっくり起き上がりカグヤに着物を被せると寝床から出る。
「ナビィさんどうかしました?」
「タニマさんがマカ様をお呼びなんですよ」
「へぇ……」
私はナビィさんが小刀を右手に握っているのを見逃さなかった。何をする気なんだろう。
「あのナビィさん。その小刀は?」
「護身用です。マカ様が夜に発情した男に襲われないようにするためです。私の経験では物部一族は——」
「あ、ありがとうございます?」
多分タニマさんはそんなことしないと思うんだけどなぁ。
私はそういう気持ちを胸にナビィさんと共にタニマさんが泊まっている部屋に向かった。
私はタニマさんがいる寝床に着くと声をかけた。
「タニマ様。来ました」
「マカ殿ですか。入ってください」
「承知いたしました。あとナビィさんも入って大丈夫ですか?」
「構いません。若い男女が二人となるとよからぬ噂を流そうとする輩がおりますからな」
私はタニマさんの言葉を聞いてナビィさんと共に寝床に入ろうと戸を開ける。すると着物を歯だけさせ上半身だけが裸体となっているタニマさんがいた。
タニマさんは何食わぬ顔で私を見る。
「どうしましたか? 入られよ」
「えーと……あ、はい」
とりあえずナビィさんと中に入るとナビィさんは私の前に座るとタニマさんを睨む。
「あの、なんで着物を脱いでいるんですか」
「さっきまで剣の素振りをしていたからです。それで軽く汗を拭っているだけですよ」
「あぁーそれはお疲れ様です。だからナビィさんそこまで睨まなくても」
私は隣で今にでも飛びかかりそうなナビィさんを諌める。
それにしてもナビィさんはどうして物部に対してやけに敵意を向けているのかが不思議だ。
対してタニマさんはナビィさんの行いには咎めず着物を着直すと私に小袋を渡した。
「マカ殿。恐らくですがユミタレ様が天人についてあらかじめ大王にお伝えしているでしょう。なので我々がすべきことは一刻も早く糸麻(イトマ)に向かうことだけです」
「なるほど。それとこの小袋は……」
「天人には穢れが効くとお聞きしたので妖怪の臓物を入れているお守りのような物です。もし道中に襲って来ればこいつを使ってください」
「ありがとうございます」
私は深く頭を下げる。
「そういえばいつ頃糸麻(イトマ)に向かいますか?」
「今から話そうとしていたところです」
タニマさんはそう告げると長く説明した。
まず糸麻に向かうのはタニマさんとカシさん。それから私とカグヤとナビィさんと後は護衛の兵士たち十人。
出発時は七日後の明朝で道中は十二日ほどかかる見込みだ。
——明日は長旅に向けての準備に専念しよう。
————
翌日の朝。
冬の寒さに無理やり起こされた私は隣に眠るカグヤを見る。
カグヤは私にくっつき気持ちよさそうに眠っていた。
「これからも長旅が続きそうだ」
「何?」
つい声に出てしまったせいでカグヤは眠そうな顔をこちらに向ける。
「あ、ごめん起こした?」
「ううん。マカまたどこかに行くの?」
「うん。だけどカグヤも行かないとだから」
「そうなんだ」
カグヤは起き上がると目を掻きあくびをする。
それからカグヤに糸麻(イトマ)に向かうことを伝える。最初は休んで欲しいと反発するものかと思ったけど意外とカグヤは素直に文句も言わず二つ返事で了承してくれた。
そして私が市に向かうと伝えるとカグヤは何も言わずに着いてきた——。
——
宮殿から出ると村はあたり一面雪に覆われ村人たちが協力して屋根に積もった雪かきをしているのが見える。
そして太鼓を叩いて楽しそうに歌っている子供達を見て明日で一年が終わりなことに気づいた。
そうか、もうカグヤと会って二ヶ月か。
そんなカグヤに視線を送ると彼女は白い息を吐き出しながら目を輝かせながらあたり一面を見る。
「寒い。それに冬の間は塩漬けした野菜を食べ続けてるから時には他のを味わいたくなってきた」
「我慢だよ。冬を越せば美味しいものがまた食べられるんだし」
「分かった。あとマカと会ってから二ヶ月あっという間だった」
「うん、本当にね」
カグヤは私と同じことを言う。
この二ヶ月はバタバタしていて一緒に行動できなかったのが悔しい。早く天人をなんとかしよう——。
それから私はカグヤと一日を共に過ごしながら明日の出発しに向けて食糧の調達に入る。
一応タニマさんが長期遠征を想定していたおかげで足りるには足りるみたいだけど念を込めてだ——は建前で本当は理由を付けてカグヤと一緒にいたかったからだ。
それにしてもやはり市はあまり冬は繁盛しないのを分かっているのかどこも開いていない。
通りすがりの村人に聞くと「最近までまともに食えるものがなかったからねぇ」と口にした時津翁の件を思い出した。
確か津翁が死ぬまで草木が黒い液になって溶けていた。
全部が全部そうではなかったようだけどあの感じ恐らく食える物も少なかったに違いない——。
それから出発までの七日間は至って平和そのものだ。
チホオオロさんと話しツボミさんとカグヤと釣りに出かけたり。
新年の祭りに参加したりと短くとも幸せな気分に浸れた。
本当は狛村でカグヤとともに新年を迎えたかったけど無理そうだ。カグヤがいうには絶好調だとはいえ歳が歳なだけに心配だ。
あと驚いたのはヤトノスケはカグヤが話すには結婚したようで新年とともに婚儀をするらしい。
——一言お祝いの言葉を渡したかったけどそれも無理だ。あと一ヶ月かかるということは年を越すのか。
時は私が思っているよりも早く進み気づけば七日が過ぎ、明朝に出発した。
————旅の道中は雪道を無理やり突破するところから始まった。
北風と共に吹雪は私たちの行手を阻む。
吹雪が強くなれば近くの村に泊まりまた晴れるのを待つ。それを繰り返しているうちに三日は過ぎてしまった。
ようやく晴れを迎え長く歩き続けると鳥取(トリトリ)のヨナコに到着したがタニマさんは宮殿に向かい食料を調達すると再び歩こうと口にした。
道のりを聞いてみればしばらくは鳥取(トリトリ)の海岸沿いを歩き途中南の山々を超えて明石国に入り、明石国の南の海に面する姫井津(ヒメイツ)と呼ばれる港に着いた後はずっと道なりに東に進んで糸麻(イトマ)に入るそうだ。
この時期に雪山を縦断とは……誰か倒れそうだな。
私はそう思いながらタニマさんに続いて歩き始めた。
——海岸線に沿って進み始めて二日後。
カグヤが熱を出した。
近くに村がなかったためカグヤをさらに厚着にしてカシさんが抱っこして運ぶ。
気のせいか私まで咳がとまらなくなり頭が痛いフラフラする。
急いで……早く着かないといけないのに。
そして翌日私が倒れて偶然近くに住んでいた鳥取(トリトリ)族という鳥を狩る部族の集落に案内されカグヤと私の体調が整うまで泊まることとなった。
————
——————。
倒れてから二日後ようやくカグヤの熱が下がり私の体調も元に戻った。
私は鳥取(トリトリ)族の長にお礼を言うと糸麻(イトマ)に向かって歩き始めた。
流石は物部の兵というべきが怖気付かずに雪道を歩く。
少しは参考にしよう。
ちなみに出発前に鳥取(トリトリ)族に雪山を越えるならこの装備では行けないと言われかなり厚着にされた。
兵士たちは動きずらそうな顔をしつつも「着こなし私とカグヤ、ナビィさんも着込む。
——動きづらいけどあったかいな。
——それから南の山に入り三日、四日、五日も村があれば泊まり無ければもう少し進むを繰り返して十日が過ぎた。
あの道中で二人の兵士は気が狂ってしまい死んでしまった。一人は凍傷で右足の指を切り落とし一人は途中で脱走した。
幸いにもカグヤとナビィさんと私は無事だけど今ここにいるのは十三人だけ。
この十三人は最初は会話なんて無かったものの旅が続くにつれて気を許し始めた。
今では普通に話すようになれた。
その会話内容は本当にくだらなく、家族の話やそれぞれの故郷の話にカシさんの武勇伝に心を躍らせたりととにかく楽しい空間だ。
そのおかげか山を越えるまでの十日間はなんとか耐え切り今ようやく姫井津(ヒメイツ)に到着した。
あの鳥取(トリトリ)族からいただいた防寒着が無ければ多分全滅は免れなかっただろう。
私たちは一旦宿を取って二日ほど休むことになった。
私は体を伸ばすとカグヤとナビィさんは荷物を下ろす。
「ナビィさん意外とケロッとしてますよね。みんなヘトヘトで借りた広間で大の字に寝ているのに」
「私はむしろタニマさんが夜な夜な発情しないか心配でしたよ。聞けば女に飢えて侍女を寝床に連れ込んで孕ませている常習犯です」
「そうなんですか?」
「物部一族と一時期関わった私の経験の中です」
——ちょっとタニマさんに怒られたら良いと思う。
そんなことを考えていると先に荷物を置いて宿から出ていたカシさんが食料が入った袋を持って戻ってくると荷物をまとめて置いてある所に置いた。
そしてナビィさんを見ると特徴的な笑い声をあげる。
「おやおやナビィ殿は相変わらず警戒心がお強い方で」
「殿なんてやめてください。知っていますよね?」
「——ではお嬢ちゃんが良いのかい?」
「はい……それで良いです」
ナビィさんは大人びた顔つきに似合わず祖父に褒められた幼い孫のような微笑みを浮かべた。
この二人実は知り合いなのかな?
——まぁ、詮索はしないけど。
「あの、私は少し散歩に行ってきます」
「姫井津は異国の港ですので安雲と違いマカ様のことは周知ではないので暴漢が出るので気をつけて下さいね」
「分かりました」
カグヤはどうなんだろう。
カグヤを見ると疲れているのが目の前で大きな欠伸をした。
「カグヤは寝る?」
「うん。もう雪道は懲り懲り」
「は、ははは……」
まだまだ道のりは長いのは黙っておこう。
私は宿を出て辺りを散策する。
やはり港町というべきか商人が多く、交易でやってくる荷物を買い取りに来ているのか大荷物を背負っている。
市も大きく鍛冶や陶芸が盛んなのか鉄を叩く音が遠くから聞こえる。
港がここまで栄えるのは平和の証なのかな。
顔を上げると空は夕陽色に沈んでいる。
ここには少し休憩したら出発だし早いところ宿に戻ろう。
道を引き返そうと振り返ると武装した複数人の男が私に矛先を向けていた。
男たちは両手を震わせながら私を睨み、ジリジリと寄ってくる。
「あの、なんですか?」
「——妖が喋ったぞ! 警戒せよ!」
「銀髪に赤眼……妖に決まってる!」
「あの、これ頼む態度ですか——」
「見慣れない妖怪は危ない、警戒は当たり前だ!」
男たちは急に仲間割れを始めお互いに罵倒し始めた。
これは帰っても良いのかな……。
私は男たちの横を素通りすると一人が私の肩を強く掴んできた。
「——なんですか?」
「噂をお聞きしたのです。安雲から十人ほどの兵が雪山を超えてきたと」
「我々はこの地を収める姫井様の兵。ならず者から街を守るのが義務です」
「あなたのような人離れした風貌をした妖。町のものから聞いた話と同じですな」
「——」
男たちは相変わらず剣や矛をこちらに向ける。
なるほど敵だと思い込んでいるのか。
源氏と言っても銀髪の時点で怪しまれそうだし何をすれば良いのかが分からない。
「聞きたのですけどあなた方は何を望んでいるのですか?」
「取り敢えず大人しく牢獄に入ってください。その時あなたの身元を証明する人を紹介できたら解放です」
「じゃ捕まえてください。宿の場所も教えるので」
「潔し子じゃな」
取り敢えず異国ではどうするべきか今後考えるとしよう。
————。
——————。
それから夜まで姫井津の外れにある牢獄に放り込まれた後、事を聞きつけたタニマさんがわざわざ来て事情を説明してくれたおかげで解放された。
その後鼓膜が破れるほどナビィさんとカグヤに怒られた。
別に素直に捕まっただけなのに。
二日間の休憩は宿から出るのを許されなかった。あの騒ぎを起こしたせいで姫井津の領主がタニマさんを迎えようと宿を手当たり次第探しているようだ。
タニマさんは私のせいで休憩できなかったようでいざ出発の時にはあからさまに不機嫌そうな顔で私に「糸麻(イトマ)に着くまで宿から出ないでくださいね」と命令された。
私達は姫井から見つからずに脱出すると再び歩き始めた。
——それから七日後、ようやく糸麻(イトマ)に到着した。
糸麻(イトマ)は私が見た街の中で一番大きく人も多かった。建物は綺麗に均等に建てられ一寸のズレもない。
そして奥に進んでいき坂を登り続けると道中ずっと目に焼き付くほど大きかった宮殿の門の前に来る。
宮殿は予想を遥かに越える大きさで門を守る兵士たちの甲冑も安雲の兵士とは違い白く塗られている。
そして二人の兵士はユミタレさんの手勢が持っていた隼人の紋様が描かれた盾を持っており私に気づくと門の中に入っていった。
残った一人の兵士は私たちの前に来ると頭を下げる。
「大王がお待ちです。よくぞ参られました」
その言葉で私はここに来てよかったと思えた。
——————。
それからはあっという間だった。
忌部(インベ)ミミと名乗る半妖の少年に私だけが大広間まで案内され、ユミタレさんの前、上座に座る大王と紹介された異風を感じさせる男の人を見て畏れ多くなりつい固まってしまった。
大王は私を見ると困った顔で微笑む。
「源マカよ。ユミタレの隣に座れ」
「は、はい。失礼します」
私はぎこちなく豪族方をかき分けて前に来るとユミタレさんの隣に座った。
大王は私をしばらく見た後ゆっくりと口を開いた。
「源マカよ。我が名はイホブキである。冬の安雲からはるばるよくぞ来た。首を長くしていたぞ」
「も、申し訳ございません!」
「が、別良いのだ。それよりも今は国難の時である。——アバナ」
「ハハッ」
イホブキ様にアバナと呼ばれた長老のようにしわくちゃな顔の老人は胸を張る。
「現在! 神州たるユダンダベアに国難の時が迫っておる! 忌部ミミの祈祷により伊予島の月読国(ツキヨコク)にて月神のお力が弱まっていると分かったのだ!」
アバナは息を荒く興奮したまま間髪入れずに立ち上がる。
「同時にユミタレ殿よりマカ殿が天人と戦っているのを耳にし! 我々は先ほど結束を固めた所です」
「な、なるほど。えっと、私は何をすれば?」
イホブキ様は少しも考える素振りを見せず私を見下ろすと真剣な眼差しで耳に残るようにはっきりとした口調で言った——。
「天人を塞ぐ策はある」
それは私がずっと聞きたかった——。
「ユダンダベアの妖の神々が眠る山に向かうのだ。あの山に住む妖が天と地の接触を防ぐ結界を生み出すのだ」
——そう、天人との戦いを完全に終わらせる為の本当の策だ。
イホブキ様はアバナさんから地図を受け取ると赤い印を入れていく。
「一つはここ糸麻(イトマ)から南に行ったところにある狼山。二つ目は安雲の荒波(アラナミ)山。三つ目は筑紫島の阿我(アガ)山。最後は東の須原国にある不死山だ」
「——」
地図を見ただけでわかるけどすごい長旅だ。これを天人との戦いながらどうにかして行かないといけないのか。
今私は眉間に皺を寄せていたのかアバナさんは私の前に来ると顔を近づけた。
「まぁ、ご安心を。春先までここにお泊まりなさい。大王の御前には天人も現れぬまい」
「けど……」とイホブキ様を見る。
するとアバナさんと同じように「どうせ冬の山は人を拒む。春が良い」と返された。
今日はとりあえず泊まらせて貰おうか——。
——それから私は大広間から出るとミミに寝床まで案内された。
タニマさんは同族の物部の居館に泊まっているようで私とカグヤ、ナビィさんは特別に春まで宮殿に泊まることを許された。
まだ朝方で昼ですらないけど少し眠ろう。
私は重い腰を下ろす。そう心に決めた——。
——————。
————。
誰もいなくなった大広間の奥にある大王が祈祷を捧げる祭殿にナビィは足を踏み入れる。
本来は裁かれる行為だがそれが許されるのは彼女の隣にイホブキがいるからだろう。
イホブキはナビィを見る。
「——あなた様はなんとお呼びするか問題ですな」
「——私の本名はお聞きしておりますよね?」
「聞いております。その上で愛称か敬称かで悩んでおるだけです」
ナビィはその言葉に寂しそうに微笑みを浮かべる。
「大王様と一部の妖怪でしか本当の私は知られておりません。誰も私を知らない知ろうともしない……」
「この国の者は皆受け入れようと致します。訳ありであれば深く詮索をしないのが良いところでは」
「———そういえばマカ様より聞きましたけどあの天人への策、今でも通じますけど古い時代ですよ。対策されている可能性はないと言えますか?」
「ありませんな。話の中での天人はまるで紛い者のようで頭が悪い。人の手でも勝てます」
イホブキの後ろから光が差し込む。ナビィの目にはそう映った。ナビィはその諦めない気持ちに感化されたのかいつもの嬉しそうな微笑みに戻すと深く頭を下げた。
「——分かりました。この私も助太刀します」
これはどの歴史書にも触れられない一節。
本当のことか嘘かは分からない——。
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