第六話 圧倒
久保の打球は、青い空に綺麗な放物線を描いていく。皆が打球の行方を見つめていたが、久保だけは打球から目を離した。バットを放り投げ、ゆっくりと一塁方向に駆けだしていく。打球はそのまま、外野のネットを越えた。
「「よっしゃー!!」」
次の瞬間、大林高校のベンチが湧いた。久保は小さく右手でガッツポーズをしながら、一塁を回った。一方で、斎藤は膝に手を当ててうなだれていた。シニアでならした久保とはいえ、弱小校の代打にホームランを打たれたのだ。そのショックは相当なものだった。
塁上にいた二人に続いて、久保がホームを踏んだ。これで得点は三対〇だ。七回表にして、大きな先制点となった。
「ナイバッチだ、久保!!」
「ういっす!!!」
ホームベース近くで、竜司と久保はハイタッチを交わした。ベンチに帰ると、満面の笑みでまなが出迎えた。
「さすが久保くん!!代打に出して良かった!!」
「まさかホームランとは思わなかったけどな!!」
そう言いながら、二人は喜びを分かち合った。そんな二人を横目に、ただただ驚いている男がいた。
そう、神林だ。まなの予言通り、久保は見事に斎藤を打ち砕いた。神林は、自分の中でその理由を分析していた。
たしかに、斎藤のスライダーは一級品だ。本来であれば、一打席で捉えられるわけがない。だが、いくつか久保にとって有利な点があった。
斎藤が右投手であるのに対して、久保は左打者だ。したがって、斎藤のスライダーは久保から見ればインコースに入ってくる軌道になる。右打者が対戦するより、いくらか打ちやすいはずだ。
それに加えて、斎藤は既に疲労が溜まっていた。ワンアウトを取って調子を取り戻していたのは確かだが、万全ではない。二球目と三球目には抜群のスライダーを投じることが出来た。しかし、最後の四球目が甘く入ってしまったのだ。
二球続けてスライダーを見せられた久保にとって、四球目のスライダーはかなり甘く見えたはずだ。久保という打者が、それを見逃すはずはなかったのである。
神林は自分の中でそう結論付けた。そして改めて、まなに問うた。
「スライダーが甘くなるって、分かってたのか?」
「はい!! いくら斎藤さんでも、三球続けていい球が投げられるわけではないですから!」
「とはいっても、まさか初見で打てるなんて思わないだろう」
不思議に思った神林がそう問いかけると、まなは笑顔で答えた。
「だって、久保くんですから!!」
***
斎藤はなんとか後続を抑え、七回表が終わった。当然久保が守備につくことはなく、ベンチに下がった。竜司は引き続き快投を続け、七回裏、八回裏もノーヒットで抑えてしまった。
三対〇のまま、試合は九回に突入した。八回表から登板した自英学院の二番手投手を打ち崩せず、大林高校の攻撃は無得点で終わった。
「さあ、皆さんここからですよ!!」
「「おう!!」」
守備に就こうとするナインに対して、久保が声援を送った。皆は、それに対して大声で応えた。まなも、マウンドに向かう竜司に向かって声を掛ける。
「おにーちゃん、ノーノーだからって気負わないでね」
「大丈夫だ、まな。点差はあるし、三つアウトが取れればそれでいい」
竜司は落ち着いた表情で、まなに返事をした。三つアウトが取れればいいというのは、竜司にとって紛れもない本心だった。
どちらかと言えば、まなの方が緊張していた。二軍とはいえ、兄があの自英学院に対してノーヒットノーランを達成してしまうかもしれない。そう思うと、なんだか地に足がつかなかった。
久保はふと、自英学院のベンチを見た。そこでは、二軍監督を中心に選手たちが円陣を組んでいる。気合いを入れているというよりは、何か作戦を話し合っている様子だ。久保の心に、少し違和感が芽生えていた。
そして、竜司は九回のマウンドに立った。打順は一番からだが、気にも留めていない。いつもと同じ豪快なワインドアップで、初球を投じた。
それに対して、自英学院の打者がセーフティバントを仕掛けてきた。ゴツンという鈍い音を立てて、打球が竜司の前に転がった。
「ピッチャー!!」
神林が大声で指示を出す。竜司は少しよろけたが、それでも慌てずに一塁に送球した。
「アウト!!」
「おにーちゃんナイスピッチ!!!」
「竜司さんナイスピ―!!」
先頭打者を打ち取り、大林高校のベンチは大いに盛り上がる。竜司は人差し指を掲げ、内野陣とアウトカウントの確認をした。
次は二番打者が打席に入った。竜司が初球を投じると、さっきの打者とは違って見逃した。二球目、三球目と見逃し、カウントはワンボールツーストライク。それを見た久保が、まなに声を掛ける。
「まな、何か意図があると思わないか?」
「ええっ!?」
すっかり浮足立っていたまなは、意表を突かれて大きな声を出した。久保はまなに対して、円陣の件を説明した。それを聞いたまなは我に返り、冷静に状況を振り返った。
「たしかに、初球セーフティの次に待球っていうのは変だね」
「ああ、少し不気味だ」
竜司は大きく振りかぶって、四球目を投じた。ツーストライクとあって打者はスイングをかけてきたが、ボールはホームベースの手前でストンと落ちた。
「ストライク!!バッターアウト!!」
「竜司さんナイスピ―!!」
「あとひとりー!!」
他の部員たちは、変わらず竜司に声援を送っていた。久保とまなは、自英学院の動きに注目していた。ベンチに戻った二番打者が、監督に何かを伝えている。
「あれ、なんなんだろうね」
「さあな、分からん。ほぼほぼ試合も終わりだってのに、一体何を話してるんだろうな」
そうこうしている間に、竜司は三番打者を追い込んでいた。
「竜司さん、あと一球ですよー!!」
「もうひとふんばりー!!」
竜司は大きく振りかぶり、ストレートを投じた。打者のバットは空を切り、ボールはミットに吸い込まれた。
「ストライク!! バッターアウト!!」
「よっしゃあ!!!」
竜司は大声で叫んだ。それに呼応するかのように、部員たちも大声を出した。
「竜司さんすごいっす!!」
「ノーノーとかまじでエグイ!!!」
部員たちの喜ぶ声を聞いて、久保とまなははっとした。
「そうだよ、勝ったんだよ久保くん!! とりあえず喜ばないと!!」
「まあ、そうだな!! お前の兄貴、ほんとすげえよ!!」
違和感は置いておいて、あの自英学院に勝ったのは間違いないことだ。しかも、竜司はノーヒットノーランという完璧なピッチングを見せた。大林高校にとっては、これ以上ない勝利だった。
両校の選手がホームベースを挟んで整列し、審判が試合終了を宣言する。
「三対〇で大林高校の勝利! 礼!」
「「「ありがとうございました!!」」」
そのあと、大林高校は撤収作業を始めた。竜司は二軍監督のもとへと挨拶へ向かい、神林が片付けの指示を出している。まなはスコアブックをまとめながら、今日の試合を振り返っていた。
久保は自分の道具を片付け終え、グラウンドから去ろうとしていた。すると、近くの駐車場にバスがやってきた。何だろうとよく目を凝らすと、そのバスには「自英学院高校野球部」と書いてある。
久保の心に、嫌な予感がした。バスから次々と選手が降りてくる。そう、遠征していた一軍の選手たちが帰ってきたのだ。
最後に降りてきた二人が、久保の存在に気づいた。久保がどうすることも出来ずに立ち尽くしていると、二人が近寄ってくる。そのうちの一人が、久保に向かって口を開いた。
「お前、野球はやめたんじゃなかったのか?」
そう話すのは、自英学院のユニフォームを着た八木倫太郎だった。
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