第30話 決着

「桜子ちゃんを殺させなんて、絶対にさせないんだから!」


 桜子を庇うようにして、祐奈は立ち上がった。足が竦んでしまいそうになるが、ぐっと堪えて一歩前に踏み出す。

 それを見て、月咲は感心したように「へぇ」と息を吐いた。


「あなたに何ができると?」

「…………」


 たしかにその通りだ。

 しかし、だからといって、ここで祐奈が逃げてしまえば誰が戦うというのだ。小学生の桜子がこんなにボロボロになってまで頑張ってくれたのだ。祐奈にもシスターとして、桜子の姉としての意地がある。ただ、意地だけではどうにもならないのもまた事実。


 沙織や桜子ですら敵わない相手に、祐奈が勝てる見込みは薄い。

 正面からぶつかっては、まず勝てない。それに、一人で無謀なことをしては、桜子との約束を破ることになってしまう。


 どうすればこの窮地を脱することができるか。


 目線は月咲へ向け刀を構えたまま、必死に考えを巡らせた。


「口では何とでも言えますわ」


 自分からは動こうとはしない祐奈を見て、月咲はしびれを切らしたらしい。見下すように切り捨てると、血器を構えた。

 祐奈は歯を食いしばって、それになんとか対応しようとする。そのとき。


「――ッ」


 月咲が目を瞠って、顔を少し横へと逸らした。直後、月咲の顔があった空間を刃が通過する。

(い、今のは……)


 祐奈が放ったわけではない。だが、実際に援護するように攻撃が加えられたわけで。

 沙織が援護してくれたのかと思ったが、沙織が倒れている方向とは違う。

 ならば――。


(行くしかない!)


 生み出してくれたこの機を逃すわけにはいかない。

 祐奈は覚悟を決めると大地を蹴って、バランスを少し崩している月咲へ距離を詰めた。


「やぁッ!」


 刀を振り上げたタイミングで、再度後方から援護射撃で刃が飛んでくる。月咲がそれを弾き、隙ができたところで祐奈は力を込めて刀を一閃した。が。


「その程度でッ!」


 半ば無理やり体勢を整えた月咲に受け止められてしまう。にやりと笑みを浮かべる月咲だが、祐奈は落ち着いた表情で刀から手を離した。すぐに身を屈め、髪の毛の僅かに先を血器が通り過ぎると、


「――なッ!?」


 血器を構えている月咲の腕に飛びついた。残っているすべての力を持って、気迫で抑え込む。

 さすがの月咲も予期できなかったのだろう。不意を付かれ、驚愕の声をあげた。


「離しなさい!」


 血器を握っていないほうの手で祐奈を引きはがそうとしてくるが、祐奈は必死に食らいつく。そして後方へ叫んだ。


「桜子ちゃん! お願い!」

「任せて、お姉ちゃん!」


 元気のいい、頼りになる妹の声が聞こえて、


「ていやああ!」


 突き出した刀の切っ先が祐奈の肩の上を通過し、月咲の胸元を貫いた。

 月咲は苦悶の叫びをあげながら後退するも、まだ完全には霧散しない。

 貫かれた箇所から灰が零れ落ちている身体から手を離し、祐奈は右手にリリウムを集中させて銀の刀を生成した。


「お姉ちゃん!」

「うん!」


 桜子の呼びかけに呼応して、祐奈は刀を構えると、


「これで、終わりだぁぁぁぁ!」


 桜子と同時に刃を振るい、月咲の胸を十字に切り裂いた。

 祐奈だけでなく桜子の想いも乗った一撃に、月咲は胸部から灰を散らしながら膝をつく。それでも鬼の形相で踏ん張り、倒れることも血器を手から離すこともなかった。


 敵意のこもった爛々とする瞳でこちらを見上げる。灰が流れ出している胸元を抑えながらも、未だ戦意は衰えていない。


「こんな、ところで……」


 再度立ち上がろうとする月咲に、祐奈は驚嘆の念を抱いた。祐奈と桜子が付けた胸の傷からは止めどなく灰が溢れており、並みの吸血鬼であれば既に霧散しているだろう。

 月咲の気迫に気圧されそうになるが、祐奈はあくまで頭は冷静に刀を構える。

 止めを刺そうと祐奈が踏み出した時、月咲が顔を桜子へと向けた。


「せめて、お姉様の、仇だけでも」


 血走った私怨の炎が燃える瞳に捉えられ、隣にいる桜子が息を詰まらせたのがわかった。桜子が一歩、後ろに下がる。

 月咲には桜子の姿しか映していないようで、桜子を追うようにふらふらと立ち上がった。その姿は糸で操られている人形を想起させる。


「マユリ……マユリッ……!」


 荒く呼吸する月咲は、どうやら周りは全く見えていない。

 祐奈は落ち着いた足取りを進めると、桜子の前で足を止める。向かって来る月咲へ躊躇せず刀を振り下ろした。


「――桜子ちゃんはわたしが守るんだから」

「ぅぁ」


 短く悲鳴のような声が零され、月咲は背中から床に倒れ込んだ。

 ついに血器も手から離れる。体中が霧散していき、半分ほどが灰と化したところで月咲は空を掴むように右手を上へと掲げた。


「あぁ、お姉様。わたくしのお姉様……」


 そして月咲は、すぐそばに落ちていた血器を拾い上げて、


「わたくしは、いつまでも貴方様のお傍に……!」


 ――躊躇うことなく自らの身体に突き刺した。


 一瞬の間に起こった一連の出来事に、祐奈は目を瞠って言葉を失った。桜子も同じように身体を固めている。

 そんな二人とは裏腹に、月咲はうっとりとした満足げな表情を浮かべて灰となって散った。月咲がいた場所には、さらさらと灰が広がる。

 月明かりに照らされた灰だけを見つめて、桜子が小さな声を零した。


「お、終わったの?」

「うん」

「よかった……」


 心から安堵したように言って、桜子は力が抜けたようにへたり込む。


「桜子ちゃん」


 慌ててその小さな身体を支えると、ぐったりと寄りかかってくる。心配する祐奈に、桜子は「平気だよ」とふわりと笑った。


「ありがと、お姉ちゃん」

「こちらこそ」


 祐奈が笑い返すと、桜子は目を閉じて寝息を立てていた。それを見て、思わず頬が緩んでしまう。


「……頑張ったね、ありがとう桜子ちゃん」


 優しくつぶやいて、祐奈はそっと桜子を抱きしめた。

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