第28話 お姉ちゃん

「あなたが、お母さんを……?」

「ええ。ええ、ええ! そうですわ! マユリを殺したのはこのわたくし。でも仕方のないことでしょう? だってマユリはわたくしの麗しいお姉様を殺したのですから、マユリの全てを壊さなければ、わたくしの気が済みませんわ! これは当然の報いでしてよ!」


 目を見開き、唇を歪め、月咲は狂人のごとく声をあげて笑みを浮かべる。そして、心酔しているお姉様こと、血器の切っ先を桜子へと向ける。


「マユリの娘であるあなたの死をもって、この復讐は終焉を迎えますわ」


 少しでも気を抜いてしまえば、腰を抜かしてへたり込んでしまいそうなほどの威圧感。血器を向けられているのは祐奈ではなく桜子だというのに、自分の首が飛んでしまうのではないかと言う畏怖。

 祐奈はごくりとつばを飲み込んだ。

 と。


「――ない」

「桜子ちゃん?」

「よくもお母さんを……許さない!」


 叫んだ直後、桜子が右手に新たな銀の刃を創り出した。今にも飛び掛かろうとする桜子の肩を祐奈は慌てて掴む。


「桜子ちゃん」

「なに! 離してよ!」


 桜子が駄々っ子のように祐奈の手を振り払おうとするが、意地でも離すわけにはいかなかった。


 母親を殺した相手を目の前にした桜子の気持ちがどれほどのものなのか、祐奈に理解することはできない。だが、冷静さを失い、感情に任せてしまっては月咲の思うがまま。

 いつもの桜子ならば、何の考えもなしに突っ込もうなどと行動するどころか思うことすらなかっただろう。しかし月咲を倒すには桜子の力が必要不可欠だ。


 祐奈は諭すようにゆっくりと、そしてはっきりと桜子に言う。


「落ち着いて、桜子ちゃん」

「落ち着けって……あいつがお母さんを殺したの! なんで止めようとするの!」

「止めようとなんてしてないよ。止めるつもりもない」

「じゃあ、この手はなに! 止めようとしてるじゃん!」

「違うよ」

「それなら」

「――約束したでしょ」


 一人で勝手なことはしない。ペアだから、お互いを頼ればいい。

 桜子もその約束を思い出したのだろう。祐奈の手を振り払おうとしていたのを止めた。


「ッ!」

「わたし、桜子ちゃんに心配してもらって、申し訳なかったけど本当に嬉しかったの」


 祐奈は一度目を閉じて思案を巡らせる。

 月咲と祐奈の実力の差はとても大きい。正直、祐奈が何かできるかわからないし、桜子でも勝てるかどうかもわからない。


 だが、祐奈には桜子と共に戦う理由がある。それに、沙織や先輩シスターをあんな目に遭わされて、黙っていることはできなかった。覚悟を決めて目を開き、桜子に告げる。


「だから、約束を守りたい。わたしも手伝うよ。二人でやろう」

「二人で……」

「そう。一人じゃ無理でも、二人なら何とかなるかも」

「いいの? お姉ちゃん?」

「当たり前だよ。だって――」

 

 祐奈が追い付きを取り戻した桜子に微笑みかけていると、前方から面白がるような声をかけられた。


「あらあら、あなたもわたくしと戦うのですか?」

「二対一が卑怯、だなんて言わないよね?」

「ええ、それはもちろん。ただ――」


 月咲はちらと桜子を見、そして祐奈に視線を戻す。表情こそ笑んでいるが、目の奥は笑っていない。


「わたくしとお姉様はマユリの娘だけを殺せるのならば、それで良いのですわ。ですので、あなただけは見逃してあげてもよろしいのですわよ?」


 本来なら、この月咲の進言を受けるのが最もなのだろう。一度ならず二度も祐奈のことを見逃してやると言ってくれているのだ。だが。


「ううん、桜子ちゃんを置いて逃げるなんてことはできない。だって――」


 ちらと桜子を見て、力強く祐奈は宣言する。




「――わたしは桜子ちゃんのお姉ちゃんなんだから!」




 祐奈の言葉に月咲は一瞬だけポカンとしていたが、すぐに堪えきれないと言った様子で笑い出した。


「ふふっ、いいですわいいですわ。とても、とっても面白いですわ」


 ひとしきり笑ったのち、月咲が冷めた目を突き刺してくる。これで祐奈ももう、逃げることはできない。


「ま、構いませんわ。これでお姉様へ捧げる復讐に終止符を打てるのですから!」

「桜子ちゃん!」

「うん!」

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