第27話 桜子と月咲

「宮代、月咲……」

「ごきげんよう」


 にやりと笑みを浮かべて、月咲は右手で掴んでいた沙織を離した。月咲は床に落とされた沙織を気に留めることなく、ドレスの裾を摘んで華麗にあいさつしてくる。


「あなた、どうして」

「あらあら。せっかくあいさつしていますのに」


 わざとらしく肩をすくめた月咲だったが、祐奈は一つも笑うことなく真剣な表情で睨む。それを見た月咲はため息混じりで口を開いた。


「どうしてって、あなたは知っているでしょうに」

「だからだよ」


 月咲の目的はマユリというシスターを探すこと。他でもない月咲本人が言っていたのだから、それは間違いない。そして、水丘市にマユリと言うシスターはいないから、月咲はこの街に用はないはずなのだ。


「あなたの目的はマユリさんを探すことでしょ? 水丘市にはいないのに、どうして――」


 と言う祐奈の言葉に、月咲は柳に風で全く耳を貸していなかった。上の空で、視線も意識も祐奈には向けられていない。


「ちょっと? 聞いてる?」


 祐奈がムッとした表情で言うと、ただ一点を注視していた月咲が、にっと口角を上げた。


「――見つけましたわ」

「え?」

「あぁ! ついに見つけましたわ! お姉様!」


 嬉々とする月咲の視線は、祐奈の隣――桜子へと注がれている。


「その顔立ち、黒髪。あぁ、間違いありませんわ! やはり、ここにいたのですわね!」


 血器の柄をぎゅっと両手で握りしめた月咲は、艶やかで恍惚とした笑みを作った。 

 お姉様と呼ぶ、その刃を身体に抱き寄せて呼吸を荒くさせる。


「あぁ……雰囲気から銀の刃までもが忌々しい程にそっくり。いえ、そのものと言っても過言ではありませんわ」


 桜子をしっかりと捉えたまま、月咲が妖艶に微笑む。探し求めていた人物とようやく出会えた瞬間を確かめるように、幾度となくうなずいていた。

 そんな月咲に、祐奈は思わず口を挟む。


「ちょっと、待って」

「はい?」

「見つけたって、何を言っているの? その子は――桜子ちゃんはマユリさんじゃない。あなたが探している人じゃないでしょ?」


 月咲の探しているマユリと桜子の外見が偶然似ていたのかはわからないが、だとしてもそれは単なる人違い。祐奈は桜子を庇うようにして前に立って、月咲の言葉を否定する。


 祐奈の指摘を受けて、月咲は小首をかしげた。が、何か思い当たることでもあったのか、「ああ」と納得した様子を見せる。


「これは失礼しましたわ。たしか、わたくしはあなたに『マユリを知っているか』と尋ねたのでしたわね」

「……そうだよ」

「ならば、マユリを知っている者以外は、そう受け取っても仕方ありませんわ」

「どういうこと?」

「わたくしが探しているのは、正確にはマユリの娘ですもの」

「娘……?」

「ええ。だって、マユリはすでに死んでいるではありませんか。いえ、その言い方は正しくない」


 一度、月咲は自身の言葉を区切る。それから一呼吸空けて、にんまりと言葉を紡ぎ出した。


「――マユリはわたくしが殺したのですから。ああ、あの死にざまは思い出すだけで、心が震えてしまいますわ」


 まるで旅行の思い出を語るかのようにさらりと言ってのけた月咲に、祐奈は唖然として言葉を失った。


 桜子の母親を殺したのは自分であると、眼前にいる月咲本人が言ったのだ。

 息を詰まらせた祐奈は、ふと隣を見る。いつもは可愛らしく血色のいい桜子が顔を青白くさせて、その手から銀の刀を落とした。刀はカランと音を立てて、光の粒子となって消える。


 桜子は身体を小さく震えさせていた。


「あなたが、お母さんを……?」

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