第26話 襲撃
「……あれ?」
「どうしたの?」
「つながらない」
いつまで経っても、沙織が電話口に出ない。あれだけ桜子のことを心配していたから、着信があればすぐにでも出てくれると思っていたのだが、一向にコールが鳴りやまない。
(通話中なのかな?)
見回りをしているシスターたちに連絡をとっている最中なのかもしれない。
ならばと教会の固定電話にかけてみるが、
「こっちも……」
待てど暮らせど、電話口には誰も出なかった。
スマホだけならまだしも、さすがに固定電話までもとなると、違和感を覚えてしまう。
祐奈だけでなく、祐奈の言葉を聞いた桜子も怪訝な顔をしていた。
「戻ろう」
祐奈は桜子を連れて、早足で教会へ向かった。街灯の白っぽい光に照らされた道を進んでいって、教会が見えてくる。
無事に桜子を連れて帰れたことにほっと一安心する祐奈だったが、教会の門の近くまで来て目を疑った。
「これは、いったい……」
「お姉ちゃん……」
信じられない、といったように桜子もつぶやいて、祐奈の服の袖をぎゅっと握る。
祐奈と桜子の視線の先にあったのは、変わり果てた教会の姿だった。
門は強引にこじ開けられたように歪み、無理やり中に開いている。その奥、教会内部へと通じている扉は乱暴に壊されていた。壁にはひびが入り、ステンドグラスはところどころ割れている。
毎日のようにシスターたちが掃除や手入れをしているため、廃墟とまではいかない。が、強盗に入られたのと巨大な台風に見舞われたのが同時に起きた、そんな被害を受けていた。
ほんの数時間前まで、祐奈は沙織と電話をしていたというのに、短い時間に何があったというのか。
夢でも見ているのかと呆気にとられた祐奈はしばし立ち尽くしていたが、ふいに桜子に呼ばれて我に返る。
「お姉ちゃん、あれ!」
「へ?」
「あそこ、人がいる」
「ほんとだ!」
桜子が指で示した先には、門と教会の入り口とのちょうど中間あたりに修道服姿の女性が倒れていた。弾けたように慌てて駆け寄って声をかける。
「大丈夫ですか!?」
しゃがみ込んで顔を確認すると、桜子とデートをした日にも出会った先輩シスターだった。しかしいつもの人好きのする笑みはなく、ぐったりとしている。
周りを見ると、他にも数人のシスターが倒れていた。
(いったい何が……)
祐奈が桜子を探している間に起きたのか。祐奈は桜子がいる手前、なんとか平静を保って、スマホで救急車を呼ぶ。すると、先輩シスターが薄っすらと目を開けた。
「祐奈……ちゃん?」
「先輩、よかった」
「よくないよ……」
「あの、何があったんですか?」
祐奈の問いに、先輩シスターはゆっくりと首を回して教会のほうへ向ける。小さな声を絞り出した。
「吸血鬼が来て、中に代表がまだ……」
「沙織さんが!」
「わたしたちを、逃がすために……」
教会の中には沙織は一人残って、吸血鬼と二人だけでいるらしい。
だが、戦っているような気配はない。
銀の刀と血器がぶつかる金属音が激しい高い音が聞こえてきてもおかしくないが、しんと静まっている。
決着が付いたのか、それとも互いに睨み合っている状況なのか。
「桜子ちゃん」
「うん」
いずれにしても、すぐに沙織のところへ向かうべきだろう。
先輩に救急車が来ることを伝えて、祐奈は桜子と共に駆け出した。
吸血鬼がいるということなので、右手にリリウムを集結させて銀の刀を創り出しながら教会の中に入ると、荒らされた長椅子や砕けたステンドグラスが広がる奥のほうに二人の影を見つける。
しかし、二人は向かい合って相対しているわけではなかった。一方が相手の喉に手をかけ、締められている方は苦悶の声を漏らしている。
じっと目を凝らして、祐奈は息を呑んだ。
扼殺しようとしている側の手には銀の刃ではなく、吸血鬼にしか扱うことのできない赤黒い剣が握られていた。
つまり。
「まったく、他人を庇ってこのざま。実に笑えますわ」
「……そりゃどうも。でも、アタシ以外のシスターは逃げたんだ。十分アタシの勝ちだと思うが」
「別に構いませんわ。気に入らないから相手をしてあげていますが、わたくしとお姉様の目的はあなたたちではないですから」
吸血鬼に首を絞められ、瀕死の状態になっているのは沙織だった。髪は乱れ、修道服は乱雑に破かれている。そこから覗いている肌の至る所に斬り傷が刻まれ、流血していた。
「沙織さん!」
思わず祐奈が声をあげると、
「あらあら?」
玲瓏な声色とともに長い銀の糸がゆらりと揺れる。
「――ッ」
「またお会いしましたわね」
振り向いた彼女は祐奈のことを視界に捉えて、唇を三日月に歪めた。
「宮代、月咲……」
祐奈がその名を口にすると、にやりと笑みを浮かべて月咲は右手で掴んでいた沙織を離した。月咲は床に落とされた沙織を気に留めることなく、ドレスの裾を摘んで華麗にあいさつしてくる。
「ごきげんよう」
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