第25話 桜子を探せ!

「わたしも桜子ちゃんを探します!」

「祐奈も?」

「はい!」

「だけど、お前非番だし……」


 沙織は休みの日に再び祐奈を働かせることに、抵抗があるようだった。

 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。どうして帰って来ないのかはわからないが、桜子がいない。これは現実として起きている出来事なのだ。


 それに、祐奈はたしかに仕事は休みをもらっているが、


「桜子ちゃんを探すのは仕事じゃないです!」


 そう。

 桜子を心配して、桜子を探すのは仕事じゃない。

 姉として当たり前のことだ。

 沙織も、祐奈の言葉に強い意志を感じたのだろう。お前の言う通りだな、とうなずいた。


「悪かった。桜子を探すのを手伝ってくれ」

「もちろんです! 桜子ちゃんがいそうな場所、適当に当たってみます!」

「え、ちょっ――」


 最後、沙織が何か言おうとしていたような気がするが、祐奈は通話を切って立ち上がる。桜子とのトーク画面を一度確認するも、やはり既読はついていなかった。


(桜子ちゃん……どこに……)


 母親に外へ出るとメッセージを送ってから、家を飛び出した。


 走りながら桜子がどこに行ってしまったのか考え、ひとまず小学校へ行くことにする。何か理由があって、祐奈の家に来ようとして道に迷ってしまったのかもしれない。その可能性も考慮して、色々見回しながらも桜子には会うことなく小学校にたどり着いた。


 沙織の言っていた通り、通っている子供たちはみんな下校したようで少し錆びた門は閉じられている。先生たちはまだ残って仕事をしているのだろうが、小学校とは思えないほどしんと静まり返っていた。


 季節は夏に向かっていているとはいえ、すでに太陽は傾き始めている。

 学校の近くに桜子はいないようなので、祐奈は小学校の周りをぐるっと一周して移動することにした。教会までの道のり――桜子の通学路をゆっくりと歩く。


 よく利用しているコンビニの前を通り過ぎたが、相変わらず桜子の姿は見えない。見落としや見間違いがないように丁寧に探しているつもりだが、気配すらない。もう十分ほど歩けば教会が見えてくる。


 通学路にはいないのだろうか、と祐奈は自身の捜索方針を疑い始める。一度作戦を練り直そうと、綺麗に整備されている児童公園にやって来た。

 小学校が近いということで、夕暮れ時は子供たちのたまり場となっているのだが、今は犬の散歩やウォーキングをしている人が目に入る。


 桜子も、奏や沙弥乃たちとここへ遊びに来ていても不思議ではないのだが、さすがにいないだろう。桜子は連絡もなしに遅くまで遊ぶような子ではない。

 こっちは諦めて、駅の方やショッピングモールの方へ行ったほうがいいのかもしれない。そんなことを思いながら、祐奈が園内を歩いていると、


(……あれ?)


 植え込みの陰に、何やら動く怪しげなものを発見した。


「野良犬? それとも野良猫?」


 距離が遠いためはっきりとは見えないが、それにしては大きいような気がする。それにしても、何をしているのか。不審な影に警戒しながら近づいていき、じっと目を凝らすとそれは何かを背負っていた。


(え、カメ? でも、そんなわけ)


 さらに近寄っていくと、背負っている者はランドセルだとわかった。つまり、そこにいるのは人。そして、その人物は――


「桜子ちゃん!?」


 祐奈が名前を呼ぶと、長い黒髪が揺れてこちらに顔が向いた。


「あ、祐奈お姉ちゃん」

「何してるの!」


 すぐに駆け寄ると、四つん這いになって草をかき分けていた桜子は、手だけでなく膝や服、顔までも土で汚れてしまっている。

 いったいこんな時間まで、何をしているというのだろう。まさか、草むしりのボランティア、というわけでもあるまい。


 桜子が見つかった喜びはもちろんだが、それ以上に強い当惑と入り混じって祐奈は混乱していた。

 祐奈に尋ねられた桜子は、小さな身体をより小さくして視線を落とす。


「いや、えっと」

「何か探しているの?」


 図星だったらしく、桜子は僅かに首を縦に振ってうなずいた。


「うん、遊んでたら落としたみたいで、気づいて戻ってきたの」

「お財布か何か?」

「ううん。でも、この辺りだと思うから……」


 と、桜子は再び植え込みの陰を探り始めた。

 どれほどの時間、そうしていたのかはわからないが泥だらけになった桜子の姿を見るに、短くはないのは確か。桜子がそれほど執着して探すものとは何なのだろうか。例えば、お母さんの写真とか、そのくらい大切なものに違いない。


「あった!」


 横から覗き込むと桜子の手の中には、とり皮次郎のぬいぐるみがあった。数日前、祐奈と桜子がショッピングモールでデートした際、祐奈が桜子にプレゼントしたものだ。


 それを見て、桜子は落とした財布やアクセサリーが戻ってきたような安堵の表情を浮かべている。とり皮次郎についた土を払いながら、桜子は立ち上がった。


「少し汚れているけど、よかったぁ」

「え、桜子ちゃん」

「なに?」

「落としたものって、それ?」

「うん」


 即答する桜子に、祐奈は返す言葉に詰まってしまった。

 祐奈がプレゼントしたものを大切にしてくれたこと、そしてランドセルにつけてくれていたことは正直言って嬉しい。天にも昇る気分だ。


 だが。


 祐奈の心の中に湧き上がってきた感情は、それとは違うものだった。むしろ真逆の感情が込み上げてきて、ぐっとこぶしを握り締める。


「どれだけ心配したと思ってるの!」

「え?」


 まさか怒られるとは思っていなかっただろう。もしくは、祐奈が怒った姿がイメージになったからか、桜子は鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとしていた。


「桜子ちゃん。今、何時かわかってる? こんなに暗くなってきてるの。吸血鬼に襲われたんじゃないかとか、誘拐されたんじゃないかとか、交通事故とか、すっごい心配したんだから!」


「でも、これが」

「そんなの別にいいでしょ! 落としたって言ってくれたら、いつでもまた取ってあげるよ。桜子ちゃん自身が一番大切なんだから!」

「そんなのって……わたし、お姉ちゃんにもらって、すっごく嬉しかったから……それで、落としたって、気づいて……」


 次第に桜子の言葉が霞んでいって、瞳には薄っすら涙が浮かび我慢するように鼻をすする。

 それを見て、祐奈ははっと我に返った。


 桜子は祐奈のために、落としたものを探していたのだ。祐奈が心配でたまらなかったのは事実だが、桜子とはこうして無事に出会うことができた。それなのに、個人の感情で必要以上に怒ったり怒鳴ったりするのは見当違いも甚だしい。


 相手を想って叱るのと、感情に任せて怒るのとはまったく違うのである。

 今の自分の言動はどちらだったか。

 祐奈は自分の胸に手を当てて、心を落ち着かせるため深呼吸する。


「……ごめん、急に大きな声出して」

「…………」

「それと、そんなのって言ってごめん。桜子ちゃんに大切にしてもらって、すごく嬉しい。これは本心だから……」

「……うん」


 桜子は俯いてしまっていて、その表情を窺うことできないが小さくとも確かにうなずいてくれた。


「ごめんなさい、お姉ちゃん」

「反省してるならいいよ。もう二度としちゃダメだからね」

「うん」


 桜子はちゃんと反省しているみたいだし、叱るのはこのくらいでいいだろう。過去を顧みた後は、これからについて話し合わなければ。


「次からはさ、こういうことがあったらわたしに連絡して?」

「お姉ちゃんに?」

「うん。一緒に探すから」

「でも、迷惑じゃ。わたしが悪いのに」

「そんなこと気にしなくていいの。さっきも言ったけど、桜子ちゃんが危ない目に遭うほうが嫌だから。今日みたいに大丈夫だとしても、心配で心配で心臓に悪すぎるもん」


 こんな思いはもう二度とごめんだ。祐奈は苦笑を浮かべながら、桜子の髪をそっと撫でる。

 桜子は一瞬目を大きくさせて祐奈から逸らしたが、振り払うような真似はしなかった。顔を朱に染めてポツリとつぶやく。


「……ありがと」

「いいんだよ。ペアだもん。一人で勝手にしないって約束したでしょ?」

「うん」


 祐奈に撫でられたままの桜子は、まるで雨に濡れた子猫を連想させた。過剰なほど反省している様子の桜子を見ていると、祐奈の心の中にたまらない程の愛しさが込み上げてくる。

 と、桜子が不意に顔を上げ、祐奈の瞳をじっと見つめた。


「お姉ちゃん、本当にごめんなさい」

「もういいって。わたしだって勝手にやっちゃったんだからさ。これでおあいこ。さ、帰ったらお風呂に入らないとね」

「……うん」

「沙織さんもすっごく心配してたんだから。そういえば、どうして電話とか出なかったの?」

「え、電話?」

「沙織さんから何回もかかってきてない?」


 イマイチよくわからない、と言った様子で首をかしげる。それほど集中して探していたのかもしれない。桜子はスマホを確認して「あ」と声を零した。


「充電なくなってる」

「そういうこと……帰ったらちゃんと謝るんだよ? わたしも一緒に謝ってあげるから」

「……うん」


 さっそく教会へ戻ろうと、桜子と歩き出そうとした祐奈だが足を止める。

 すぐに帰って桜子をお風呂へ、そしてあわよくば一緒に入浴といきたいところではあるが、それより先に沙織へ連絡を取らなければ、とスマホを取り出した。


 きっと見回りをしているシスター全員に協力してもらって、桜子を探しているに違いない。桜子は見つかったので、早く報告しなければ。

 MINEを起動させて、沙織との通話ボタンを押す。


「……あれ?」


 しかし、なかなか繋がらず、祐奈は首をかしげた。

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