第3章 たとえ一人では敵わぬ相手だとしても

第24話 桜子がいなくなった!?

 祐奈が桜子とデートをしてから、そして月咲の出現から三日後。


 今日まで見回りは休みなので、祐奈は学校が終わると真っすぐ家に帰っていた。

 といっても、特にやることがあるわけではないので英語のプリントを終わらせると、本格的に暇を持て余してしまう。


(桜子ちゃん、何してるかなぁ)


 ベッドに寝転びながら、スマホの電源を入れる。

 高校生の祐奈と小学生の桜子。シスター以外に共通点もなく、住んでいる場所も違う二人は、当然と言えば当然であるが休みの間に出会うことはなかった。


 とはいえ、MINEでの連絡は取り合っている。

 内容はシスター関連のものもあるが、基本的には学校で会った出来事など日常的なものばかり。桜子が自分のことを話してくれるのは嬉しかった。

 奏や沙弥乃と放課後一緒に遊んだこと、体育のドッジボールで桜子が最後まで残ってドッジボールクイーンの称号をもらったことなど、トーク履歴を振り返ると頬が思わず緩んでしまう。


 この三日は桜子の就寝時間のギリギリまでMINEでやり取りをしていた。

 それも今日までか、と思いながら桜子に『なにしてる?』とメッセージを送る。

 文字のやり取りも悪くはないのだが、やはり桜子本人と実際にあって話すのが一番。桜子と会っていないのはたったの三日だけなのだが、祐奈は明日が訪れるのが楽しみで仕方がなかった。


(……あれ?)


 桜子から返信を待っていた祐奈は、なかなか既読がつかないことに眉をひそめる。

 画面の上のほうに表示されている時間を確認すると、時刻は午後六時の少し前。この時間帯ならば、桜子は教会に帰って来ているはずだ。


 ご飯を食べていたり、お風呂に入っていたり、もしくは他のことをやっていて気づいていないだけだろうか。ならば問題はないのだが、どうしてか祐奈の胸の中では不穏な暗雲のような者が渦巻いていた。

 と、不意にスマホから着信の音楽が流れる。


(桜子ちゃん!)


 しかし画面には桜子ではなく沙織の名前が表示されていた。桜子でなかったことに肩を落としつつも、沙織からの電話を無視するわけにはいかないので、祐奈は通話のマークを押す。


「もしもし?」

『祐奈! 今大丈夫か!』


 沈んだ気持ちの祐奈とは裏腹に、電話口の向こうから聞こえるのは沙織の切羽詰まった口調。沙織の表情を窺うことはできないが、今までに聞いたことがないくらい、沙織の声は焦燥にかられていた。祐奈の脳内に嫌な予感がよぎる。


「ど、どうしたんですか?」

『そっちに桜子行ってない……よな?』

「はい、来てませんけど……」


 そもそも、桜子は祐奈の家を知らない。故に来るのであれば本人から連絡があるはずだ。

 そんなことは、沙織ならば知っているはず。だというのに桜子の所在を尋ねてきたということは。


「もしかして!」

『あ、あぁ。桜子がまだ帰ってきてないんだ』

「え! もう学校が終わってから、けっこう時間経ちますよね!?」


 改めて時間を確認すると、すでに午後六時を回っている。

 祐奈が桜子を迎えに行っていた時間はだいたい三時半から四時の間なので、小学校の授業が終わるのはそれよりも少し前。放課後、奏や沙弥乃らと遊んで、教会までの帰り道をゆっくり歩いて帰ったとしても、帰っていないのはおかしかった。


「そうなんだよ。さっき学校に連絡したら、とっくに帰ったらしくてな。でも、うちにランドセルもないから、帰ってねぇんだよ」

「そんな……」


 桜子がいなくなった。


 沙織の説明を聞いて、祐奈は自身の血の気がさっと引いていくのがわかった。

 真っ先に思い浮かんだのは、吸血鬼に襲われた、もしくは吸血鬼を発見して戦っているということ。休みをもらっているとはいえシスターである以上、吸血鬼がいたのであれば可能性としては大いに考えられる。


「沙織さん、吸血鬼と戦ってるってことは」

「それはない。見つけたら連絡をよこすように言ってあるからな」

「そう、ですよね……」


 見回りで吸血鬼を発見した場合、もしくは吸血鬼と疑わしい人物を発見した場合、すぐに戦闘に入らなければ教会への報告が義務付けられている。桜子がその規則を破るとは考えにくい。

 桜子が教会に帰っていないことに吸血鬼が関係していないとすれば、


(道に迷ってる、とか?)


 しかし、祐奈はすぐに首を横に振って否定する。

 桜子が水丘市に来てから半月しか経っていないとはいえ、あの聡明な桜子が通学路で迷子になるなんてことはあり得ない。万が一に迷っているとしても、近くにいる人に聞いたりスマホで地図を見たりして、解決できるだろう。


 他に可能性があるとすれば、と思案を巡らせて祐奈は目を瞠る。


(まさか……)


 今の今まで、祐奈は桜子が教会に帰ってこないという前提で考えていた。だが、帰ってこないのではなく、帰ることができないのだとしたら。

 つまるところ――誘拐である。


(いや、でも桜子ちゃんだし……)


 しっかりしている桜子のことだから、ほいほいと不審者についていくような真似はしないだろう。だとしたら、交通事故に巻き込まれてしまったのではないか。

 と思った祐奈だったが、少し冷静に考えてあり得ないと否定する。

 交通事故に限らず、動けないほどの怪我や病気ならば、誰かが救急車を呼んでくれるはずだ。運ばれた病院から沙織に連絡が行くはずなので、音信不通と言うのはおかしい。

 となると、やはり。


(やっぱり誘拐!?)


 しっかりしているとはいえ、甘いものが好きな桜子のことだ。駄菓子一つ程度でつられることはなくとも、パンケーキを奢ると言われればついていってしまうかもしれない。それに、下校中はちょうど一番お腹が空く時間でもある。


 というのは冗談としても、心優しい桜子のことだ。道案内などを頼まれて、そのまま攫われてしまった、なんてことはあるかもしれない。

 不安に不安が重なって、思考が飛躍しているとはわかっているが、完全に違うと言い切ることができないのも事実。


 可愛い天使な桜子にハートを誘拐されている祐奈は、じっとしていられなかった。電話口の沙織に言う。


「わたしも桜子ちゃんを探します!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る