第20話 吸血鬼と吸血鬼
ショッピングモールを出て、祐奈は沙織から転送された地図を確認する。
その場所はたしかにショッピングモールからほど近く祐奈に依頼をしたのも納得だった。大勢の人々で大賑わいのショッピングモール周辺、そして大通りを走っていく。道を左に曲がって路地を進んでいくと、段々と喧騒は聞こえなくなっていった。
やがて古い木造家屋やアパートなどが立ち並ぶ、静かな場所へと出る。ショッピングモールから走って十分ほどだというのに、しんと静まり返っていて少し気味が悪い。まるでこの場所だけが世界から隔離されたかのような錯覚に陥った。
依頼された吸血鬼は、こちらに向かって逃亡を図っているらしいが今のところ気配も何もない。
(この辺のはずだけど)
祐奈はリリウムを右手に集結させて、銀の剣を創り出した。そして、そっと耳を澄ませると、こちらへとやって来る足音が聞こえた。
警戒しながら振り返ると、そこにいたのは吸血鬼ではなく祐奈の先輩にあたるシスターだった。
長い距離を走ってきたようで、随分息が上がっている。
「あ、先輩!」
「祐奈ちゃん!」
祐奈の姿を見て、先輩シスターが短い黒髪を揺らしながら駆け寄ってくる。
年齢は祐奈と沙織の中間ぐらいだが、いつも人好きのする明るい笑顔を浮かべているのが印象的だった。
「来てくれたんだ。ありがとう」
「いえ。それよりも、逃げた吸血鬼ってどんな吸血鬼なんですか?」
「細身の男で黒髪のだっさいロン毛。オレンジの目立つ服を着てるから、見つけたらすぐわかると思う」
「わかりました」
「この辺り、少し外れると空き家が多いし、倉庫とかもあるから、そこに隠れてるのかも。とにかく、見つけたら連絡して」
「了解です」
祐奈の返事を聞くと、先輩シスターは背を向けて再び走り出した。
その姿を見送って、祐奈は祐奈で別の道へ歩みを進めて捜索を開始する。
スマホで地図アプリを起動させて、先ほど先輩が言っていた空き家が多く、近くに倉庫がある辺りにやって来た。太陽の光が届いているにもかかわらず、心なしか湿っぽい雰囲気が漂う。錆びた自転車や割れた鉢植え、色褪せた郵便受けなどが不気味さを醸し出していた。
刀を握っている手に無駄な力が入っていることに気づき、祐奈は深呼吸をする。
と、十字路に差し掛かったところで視界の端をふっと何かが横切った。
「今の」
ほんの一瞬だったが、オレンジ色の何かがちらりと見えたのを祐奈は見逃さなかった。追いかけている吸血鬼の特徴である服装と一致しているので、急いで隣の道に向かう。
吸血鬼が駆け抜けていった方向にじっと目を凝らすと、目立つオレンジ色の服を着た長髪の男が脱兎のごとく走っていた。
(……間違いない)
沙織に依頼された吸血鬼だと確信して、祐奈はすぐさま追いかけ始める。
ふと、以前新山と戦ったとき一人では全く歯が立たなかったときのことを思い出した。追いかけるよりも先に、先輩へ連絡をしたほうがいいのではないかという考えが浮かぶが祐奈は首を振って否定した。
目的の吸血鬼は手負いだと沙織は言っていたし、ならば祐奈一人でも十分だろう。
それよりも今は、吸血鬼を見失わないようにするほうが先決だ。連絡はピンチになればすればいい。
桜子にお手洗いに行くと嘘を吐いてしまっている手前、あまり時間をかけるわけにはいかない。きっと桜子は今この瞬間も、なかなか帰ってこない祐奈のことを疑っているだろう。
それに早く帰れば、それだけ桜子とのデートを再開させられるのだ。一分一秒でも桜子と一緒にいるためにも、早く終わらせなければ。
祐奈のことをお姉ちゃんと呼んでくれて、照れたように笑う桜子のことを思い出すと何倍にも力が沸き上がって来るようだった。
やがて祐奈と吸血鬼の距離が縮まってくると、前方を走っている吸血鬼が追撃して来る祐奈の存在に気づいたらしい。ちらとこちらを振り返り、路地を右に曲がった。
細い道を進まれると厄介だと思いながら、祐奈も右に曲がる。吸血鬼を追いかけ、家々の間の細い路地を右へ左へ通り抜け、
「――ッ!」
祐奈は息を詰まらせた。
目の前にいたのは追いかけて来た男性の吸血鬼とは違う、女性の吸血鬼。その女性の吸血鬼が自身の血器で男性の吸血鬼の身体を貫いていたのだ。
吸血鬼同士の争い。
祐奈が息を詰まらせたのはそれも理由の一つだが、あくまでそれは付属的なもの。一番の理由は呼吸を忘れてしまうほど美しい、女性の吸血鬼だった。
太陽の光を浴びて、まるで月光そのものではないかと疑ってしまいたくなるような照り輝く銀糸。宝石が埋め込まれたのではないかと思えるほど透き通った深い紅の双眸。病的に白い肌。
外見から推測する年齢は祐奈とさほど変わらないというのに、およそ現実のものではなく絵画か彫刻と言われたほうがまだ説得力があった。
ただ、その美しさは天使である桜子のように柔らかく純真で触れてしまえば壊れてしまいそうな美しさではない。着ているゴシック調のドレスのせいもあってか、その姿は優艶に闇へと
少しでも気を抜いてしまうと、彼女によって冥界にでも連れていかれそうだと思い、祐奈はごくりとつばを飲み込む。
彼女の細く折れそうな腕の先、しなやかな指には地獄から拾ってきたと言われても納得してしまいそうな禍々しい血器が握られていた。唇を三日月に歪めて血器を引き抜くと、男がどさりと地面に力なく倒れ込む。
そして。
「――あらぁ?」
間延びした、けれど耳の奥までしっかりと残る玲瓏な声を発しながら、彼女がこちらに視線を向けた。紅に瞳を染めた彼女は、視界に祐奈の存在を認めて妖艶な笑みを浮かべる。
「吸血鬼、ではなさそうですわね。どちら様?」
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