第18話 デート⑥
「桜子ちゃん?」
尋ねながら、祐奈はなんだかこの光景に既視感のようなものを覚える。
何かほしい景品でも見つけたのかもしれない。
ならば、「どうしたの」なんて聞くのは野暮というものだ。そんな風に聞いてしまうと、桜子は「なんでもない」と答えるのだと、祐奈は今までの経験から学んでいた。
「ほしいのがあったなら、わたしが取ってあげるよ」
「……いいの?」
「もちろん。どれ?」
「あそこのぬいぐるみなんだけど」
「へぇー、桜子ちゃんもぬいぐるみとか好きなんだね」
小学生の女の子っぽいところが見れて、なんだかほっこりとする。
桜子が欲しがっているのは、可愛い動物だろうか。それとも、有名なアニメのキャラクターだろうか。
祐奈はクレーンゲームが得意というわけではないが、姉として、桜子のためになんとか取ってあげたいと思う。
張り切る祐奈だが、桜子に案内された筐体のガラスケースの中に飾られている景品を見て、目を疑った。
「え、これ?」
「うん。右のほうにあるやつ」
ガラス越しに祐奈と目が合っているのは、カバンに付けられるような手のひらサイズのぬいぐるみだった。
薄い茶色で人の形を模しており、時代劇をイメージしているのか腰には刀を差して、頭には藁の笠をかぶっている。そして、なぜか表情は真顔。正直言って、あまり可愛いとは言えなかった。
奥に貼られているポスターを見ると、これらは焼き鳥を模したもので、焼き鳥三兄弟というキャラクターらしい。ちなみに、桜子がほしいと言っているのは次男のとり皮次郎だった。
焼き鳥自体は祐奈も大好きだとはいえ、桜子と焼き鳥、それもとり皮という想像もつかない組み合わせに、言葉が出てこない。
何かの間違いではないか、と祈りにも近い感情を抱いていると、隣の筐体が目に入った。
その中にある景品は、日曜日に放送されている女児アニメのキャラクターがデフォルメされたぬいぐるみ。変身後の姿のようで、フリルがふんだんに使用された、とても可愛らしいデザインだった。
「ね、桜子ちゃん。あっちのぬいぐるみにしない?」
「え、やだ。とり皮次郎がいい」
「……そっか」
桜子は隣の筐体に入っているぬいぐるみには目もくれず、とり皮次郎にご執心だった。ガラスに張り付くように景品を見つめている。
「……可愛い」
その様子は、恋する乙女を想起させた。
今まで祐奈が一度も向けられたことのないような純粋無垢な目で、とり皮次郎をうっとりと眺めている。
「えぇ……」
思わず祐奈が声を零してしまうと、桜子が振り返って首をかしげた。
「可愛いよね?」
桜子に尋ねられた侑名は改めて、とり皮次郎に目をやる。
やはり全然可愛くない。
どうして桜子がこのようなキャラクターを好きなのか、まったく理解ができなかった。
とはいえ、さすがに桜子にはっきりと言い切るのは憚られる。が、可愛いと嘘を吐くのも気が引けるので、お茶を濁すように返事をした。
「いや、うーん、そうかも?」
「なにそれ、どっちなの」
「あはは……」
どうしてかはわからないが、いつも以上の圧力で桜子が言及してきたので、祐奈は思わず苦笑を浮かべた。誤魔化すために別の話題を探していると、何かが引っかかった。
しばし考えて、はっとする。
「ねぇ、桜子ちゃん」
「なに?」
「初めて見回りに行った日のこと覚えてる?」
「覚えてるけど」
「その日さ、コンビニに行ったよね」
祐奈が桜子と初めて見回りを行った日。桜子の通っている小学校から教会へ向かう途中に寄ったコンビニで、桜子はレジ横にある揚げ物のガラスケースを食い入るように見つめていた。
そのとき祐奈は、からあげやコロッケを食べたがっているのだと勝手に決めつけていた。だが、あの場に並べられていたのは、それらだけではない。あのコンビニでは揚げ物だけでなく、焼き鳥も商品として売られていたのだ。
「あの時さ、レジで見てたのって」
「うん。とり皮」
「やっぱり」
桜子は本当に心から焼き鳥が、そしてとり皮が好きなようだった。
桜子の渋い好みがわかったところで、ガラスケースの中を覗く。
祐奈としては、こんな可愛くないぬいぐるみを取りたくはないのだが、桜子の笑顔を見るためだ。背に腹は代えられない。意地は捨てて、財布から百円玉を取り出した。
「取ってあげるよ」
「祐奈さん、クレーンゲーム得意なの?」
「……まかせて」
ドン、と祐奈は胸を叩いてクレーンゲームと相対する。
ガラスの向こうにいるとり皮次郎が、真顔で祐奈のことを見つめていた。すぐ横では桜子がキラキラと瞳を輝かせて、とり皮次郎のことをまだかまだかと待っている。
二人に見つめられて、祐奈の額から脂汗がたらりと伝った。
(うぅ、やりにくい……)
集中力を高めるために、一度深呼吸をしてから祐奈は筐体に百円玉を入れた。ボタンを押して、アームを操作する。上手く位置取りができ、下りていったアームがぬいぐるみを掴んだかに思えたが、
「あぁ、惜しい」
さすがに一回で獲得とはいかず、アームからポロリとぬいぐるみは零れ落ちてしまった。しかし、少しこちらに移動して取りやすくなっている。
桜子も鼻息を荒くしていた。
「これ、次取れるよ」
「だね! なんだ、意外と簡単じゃん」
簡単な設定になっているのか、知らないうちに祐奈の腕が上達していたのかはわからない。けれど、これならすぐに桜子へプレゼントが出来そうだ。
ふふん、と上機嫌に祐奈は百円を追加する。
だが。
「あ、あれ?」
二回目、三回目とぬいぐるみの位置はほとんど変わらなかった。
楽しくプレイしていた祐奈だったが、途中からそれまでの余裕はどこへやら。無言でボタンを操作する。
「…………」
それから祐奈は何度も――具体的には二千円ほど――挑戦したが、一度目に動いた位置からあまり変わらない。最初はわくわくと見守っていた桜子の表情も段々と曇ってきた。
「祐奈さん、あの、あんまり無理にしなくても」
「だ、大丈夫」
「でもお金が」
「すぐ取れるから!」
今、祐奈を突き動かしているのは意地だった。意地以外の何物でもなかった。
ここまでお金を使ってしまうと、退くに退けない。行くも地獄、戻るも地獄。ならば、と祐奈はお金を入れ続ける。
そして五百円ほど追加したとき、アームががっしりとぬいぐるみの脇を抱え込んだ。奇跡的なバランスを保って、ぬいぐるみが宙に浮く。
「おぉ!」
取り出し口へ順調に運ばれて来るとり皮次郎を見て、桜子が目を大きくした。
落ちないでくれ、と祐奈は祈るような気持ちで見ていると、今度こそ無事に取り出し口の上までやって来た。アームが開いて、ぬいぐるみが落ちてくる。
(よかった……)
おこずかいが尽きる前になんとか景品を獲得でき、祐奈は安堵の息を吐いた。
腰をかがめて、ぬいぐるみを手に取る。
「はい、桜子ちゃん」
祐奈が落ちてきたぬいぐるみを差し出すと、桜子は小さな子供が母親にもらった誕生日プレゼントを大切にするように胸に抱きかかえた。
それから、身体をもじもじとさせて上目遣いで祐奈を見つめる。
「ありがとう……祐奈お姉ちゃん」
「うん、どういたしまし――」
普通に返事をしようとした祐奈は、途中で言葉を止めた。
いや、祐奈の本能が停止させたといってもいい。言葉だけでなく、頭と心と身体も停止した。なんとか思考を巡らせて、桜子が発した言葉を思い出す。
――祐奈お姉ちゃん。
か細い声で発せられた言葉だったが、一言一句を逃すことなく桜子の表情もくっきりと鮮明に、祐奈の海馬に焼き付けられた。
(……お、おおおおお姉ちゃん!?)
祐奈の脳内で、「祐奈お姉ちゃん」という言葉が何度もエコー付きで繰り返される。
顔の緩みを抑えることができず、それを隠すために桜子に背中を向けた。
(うそ、あの桜子ちゃんが祐奈お姉ちゃんって!?)
ちらと桜子を見ると、ほっぺたを桜色に染めてぬいぐるみをぎゅっと抱きしめていた。
祐奈に見られているのに気づいた桜子がこちらを見て、さっと視線を外す。
胸がきゅんと締め付けられて、今すぐに桜子を抱きしめたい衝動にかられた。もちろん、そんなことをしては嫌がられてしまうので我慢するが、そのくらい祐奈の気分は有頂天に達していた。
たった一言。たったの一言なのだが、これだけの威力。威力といっても暴力的な意味合いは一切含まれていない。むしろその逆で、その言葉には肉体的も精神的も癒してくれる、そんな魔法の力が込められていた。
それはまさに天使の歌声。
やはり桜子は天使のようだった。
金銭的に余裕はないが、この流れで何か桜子と協力できるようなゲームをしたい。
もっと仲良く、距離を縮められるのではと思い、祐奈は辺りを見渡す。と、スマホからポップな音楽が流れた。
「電話?」
画面を見ると沙織からの着信だった。
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