第17話 デート⑤

 フードコートへ向かって、少しずつ小さくなっていく奏と沙弥乃の背中を見送る。 

 やがて、二人の姿が見えなくなると桜子が小さな声を零した。


「ねぇ」

「ん、どうしたの?」


 首をかしげた祐奈に桜子は少し思案してからゆっくりと、けれどはっきりとした口調で尋ねた。


「……どうして祐奈さんはわたしにそんなにしてくれるの?」

「へ? そんなにって?」

「だからその、今までもそうだけど、例えば」


 桜子は何かを思い出すように少し閉じている時間が長いまばたきをして、祐奈の目を見据える。


「ずっとかまってくれたりとか、今日のデー……お出かけとか。あと、さっき小糸さんと白木さんに仲良くしてねって言ったりとか。なんで、そんなにしてくれるの?」

「えぇ、何でって言われてもなぁ。仲良くなりたいから、としか」

「それはわたしとペアだから? 沙織さんに言われて、仕方なくやってるの?」

「そうじゃないよ」

「ほんと?」

「うん。誓う」

「じゃあ、なんで?」

「えっと、どう言えばいいのかな……」


 あごに手を添えて、考え込む。

 さすがに可愛いから、とは言えないだろう。ならば無償の愛といったところか。それも間違いではないが、この場合の正答ではない気がする。


 思案していると、次第に桜子の表情が怪訝なものに変わっていくので、祐奈はまだ回答がまとまりきってはいないが、言葉を紡ぎ始めた。


「放っておけないっていうか、ほんとに桜子ちゃん仲良くなりたいから」

「仲良く……」

「ペアっていうのも、もちろんあるよ。でも、沙織さんに言われたからってことは絶対にない。他の誰でもないわたしが桜子ちゃんと仲良くなりたいって思ってるの。理由は説明できないんだけど、初めて出会ったあの瞬間から、なんかそう思ってて」


 懸命に桜子へ言葉を届けようとするのだが、なんだか自分で何を言っているのかよくわからなくなってしまった。

 桜子は一瞬目を瞠ったかと思うと、すぐに視線を下へ向けてしまう。それからぼそぼそとギリギリ祐奈が聞き取れるくらいの声を発した。


「ふーん、そっか……」


 顔を俯けた桜子の表情は窺うことができない。しかし、髪の横からわずかに見えている耳が朱に染まっているのに気づいた。


「桜子ちゃん?」

「……なに」


 祐奈が顔を覗き込もうとすると、桜子はさっと背中を向ける。


「どうしたの?」

「な、なんでもない」

「でも」

「いいから。こっち見ないで」

「う、うん」


 桜子が言うのであれば、と祐奈は余計なことはせず、見守ることにした。

 だが、あまりにも桜子がそのまま背を向けたままなので、心配になってくる。声をかけようと口を開きかけたとき、桜子がくるりとこちらに振り返った。

 若干まだ薄っすらと頬が赤く染まっているが、いつもの桜子の姿にほっとする。


「桜子ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だって。それより」


 桜子は悪戯っぽい小悪魔的な笑顔を浮かべた。


「ねぇ、祐奈さん。わたし、聞いたことがあるんだけど」

「へ? 何を?」

「そういうのって、ロリコンって言うんだよね? 祐奈さんってロリコンなの?」

「え! ち、ちちちちち違うよ!? 何言ってるの桜子ちゃん!」

「ほんとかなぁ」

「ほんとだって。信じて」

「ふーん」


 懸命に無実を訴えかける祐奈に、桜子は曖昧な返事をして愉快そうに笑みを浮かべた。そして「はい」とも「いいえ」とも答えず、ゲームセンターへ歩き出す。


「ちょっと桜子ちゃん! 聞いてる!?」


 祐奈は慌てて桜子を追いかけ、ゲームセンターにやって来た。クレーンゲームの筐体を見て回っている桜子についていく。


 さすがに桜子も冗談のつもりだろうが、このまま変に誤解されていいことは何もないだろう。というよりも、桜子はそんな単語をどこで覚えたのやら。

 沙織辺りが怪しいな、と祐奈が疑っていると不意に桜子が足を止めた。


「桜子ちゃん?」

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