第16話 デート④ 友達

(桜子ちゃんって、学校ではそんなイメージなんだ)


 シスターとしての見回りをしているときや吸血鬼と戦っているときの桜子、休日に沙織と一緒にいる桜子のことは見たことがあるが、それとはまた違う一面をもっているようだ。


 せっかく奏と沙弥乃が目の前にいて尋ねるチャンスがあるのだから、と祐奈は二人に尋ねる。


「ね、学校での桜子ちゃんって、どんな感じなの?」

「えっとね、だいたい一人で本を読んでたりしてるかなぁ」


 続けて、沙弥乃が「うーん」と少し考えてから口を開く。


「でも、別に仲が悪いとかってわけじゃないんです。一目置かれているっていうか」

「穂波さん、みんなができないような難しい算数の問題も簡単に解いちゃうの!」

「それに運動神経もすごくよくて。たぶん、学年で一番足速いと思います」

「へぇ! すごいんだね、桜子ちゃん!」


 パンッと両手を合わせて桜子のほうへ振り返ると、桜子は褒め殺しに合って照れてしまったのか、薄っすら頬を染めていた。いつもの祐奈に対する強気な様子はどこへやら、しおらしく返事をする。


「別に、すごくないし……」

「すごいと思うよ! わたしも――」

「わ、わたしの話はもういいから!」


 さらに祐奈が褒めようとしたのを察したのか、桜子が赤い顔で叫んだ。無理やり話を変えるべく、奏と沙弥乃に話題をふる。


「そんなことより、二人はどこか行こうとしてたんじゃないの?」


 桜子に質問されて、奏は何かを思い出したように「あ!」と大きな声をあげた。


「パンケーキ食べに行くところだったの忘れてた!」

「ほんとだ。人いっぱいになっちゃってるかも」


 沙弥乃がスマホの画面に目を落として、おそらく時間を確認しながら言う。

 パンケーキということは、おそらく先ほど祐奈と桜子が食べたあのお店に行く予定なのだろう。

 桜子も先ほどのことを思い出したようで、ポツリとつぶやいた。


「パンケーキ」


 それは息を吐くのとさほど変わらない小さな声だったが、どうやら奏の耳には届いたらしい。大きくうなずいて、桜子に説明を始める。


「ほら、前に穂波さんにも話したことある人気の」


 それを聞いて、桜子はさっき祐奈と一緒に歩いてきた方向を指で示した。


「あっちにある?」

「そうそう。穂波さん、場所知ってたんだ」

「さっき行ったから」


 桜子が言うと、奏は目を大きくした。

 それを見て、祐奈ははっとする。


(そういえば、桜子ちゃんって一回パンケーキを食べに行こうってさそわれて、断ってるんだよね)


 確信はないが、おそらく桜子をさそった相手と言うのは、奏と沙弥乃のことだろう。

 沙織の助けも借りて半ば強引にデートにさそった祐奈が、クラスメイトよりも先に桜子と一緒にパンケーキを食べに行ったと思うと、少し申し訳なくなる。抜け駆けだと、奏と沙弥乃に嫌われてしまうかもしれない。

 心配する祐奈の心境とは裏腹に、奏は笑みを浮かべる。


「そうだったんだ。美味しかったでしょ?」

「うん、すっごく」

「だよねだよね! だったら、今度はあたしと沙弥乃と一緒に行こう?」

「え」


 返答に言葉を詰まらせた桜子を見て、沙弥乃が奏と桜子の間に入る。


「奏ちゃん、そんな無理にさそっちゃダメだよ」

「そうだよね、ごめん」


 沙弥乃に注意された奏がしゅんと肩を落としたのを見て、桜子は慌てた様子で首を横に振った。


「い、嫌じゃないけど……」

「ほんと?」

「別にいいけど」

「よかったぁ。絶対来ようね」


 奏は顔に笑顔の花を再び咲かせ、桜子は恥ずかしそうに視線を逸らした。

 祐奈は桜子が自らクラスメイトと打ち解けようと、一歩踏み出したその様子を嬉しさと若干の寂しさが入り混じった複雑な心境で見守っていた。


 これが親心、いや姉心というものだろうか。


 とはいえ、桜子が他の子たちと打ち解けて仲良くなるのは良いことに違いないので、応援しないわけがない。

 と、沙弥乃が奏の服の裾を引っ張った。


「奏ちゃん、そろそろ」

「そうね」


 首肯した奏が祐奈のほうに顔を向ける。


「それじゃあお姉さん。あたしたちはもう行くね!」

「うん。気を付けてね」


 奏が沙弥乃の手に自身の手を伸ばし、沙弥乃は慣れた様子でその手を握る。そして祐奈に会釈をして、フードエリアへ歩き始めようとしたとき、祐奈はあることを思い出して二人を呼び止めた。


「あ、ちょっと待って二人とも」


 祐奈の声に反応して足を止め、こちらに振り向いた奏と沙弥乃が不思議そうに小首をかしげる。

 祐奈は財布から先ほどもらったクーポン券を取り出して、奏に差し出した。


「これ、さっきもらったから二人にあげる」

「いいの!?」

「うん、いいよいいよ。桜子ちゃんのお友達だしね」

「ありがとう、お姉さん!」

「ありがとうございます」


 キラキラと輝く瞳でクーポン券を受け取って、奏は大切に宝物でも扱うようにカバンにしまう。

 そのあまりに素直で純粋、子供らしい反応に、祐奈は自然と頬が緩んでしまった。


(桜子ちゃんも、このくらい素直になってくれればいいんだけどな)


 初めて会った時と比べれば、随分素直になってくれたとは思う。

 けれど、それはゼロが1になったから大きく変わったと感じるだけで、本当の姉のように頼ってもらうまでには、まだ遠く及ばない。


 パンケーキを食べていたときの桜子は、奏のように歳相応の女の子らしい姿を見せてくれていた。桜子の性格や振る舞いは桜子自身が決めることなので、祐奈がどうこう言える立場ではないが、頼りたいときに頼ってもらえて、甘えたいときに甘えてもらえるようになりたかった。

 つまるところ、やはりそれは姉のような存在だろう。


(よし、お姉ちゃんしますか)


 もしかすると余計なお世話かもしれないが、祐奈は姉として、桜子と奏、沙弥乃が仲良くなれるように手助けをすることにした。


「奏ちゃん、沙弥乃ちゃん。これからも桜子ちゃんと仲良くしてあげてね」

「ちょ、祐奈さん」


 桜子に再度腕を引っ張られる。

 上目遣いでこちらを見つめるその瞳には、羞恥の情が垣間見え「余計なこと言わないでよ!」と訴えているのがわかった。それに気が付いていないフリをすると、奏が元気よく返事をしてくれた。


「はい! もちろん!」

「わたしも」


 沙弥乃も同調してくれたので、祐奈はほっと安堵の息を吐いた。

 やはり、二人とも桜子と仲良くなりたい、もっと言えば友達になりたいのだろう。ならば、ここから先は桜子次第。来週あたりの見回りで、桜子の口から奏や沙弥乃の話題が出ることを祈るばかりだ。


「それじゃ、またね穂波さん!」

「また学校でね」


 大きく手を振る奏と、胸の前で小さく手を振る沙弥乃に桜子は小さくうなずく。


「う、うん。また」


 ぎこちない桜子の別れの挨拶だったけれど、奏と沙弥乃は満足そうに笑みを浮かべてフードエリアへと歩いていくのだった。

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